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三部9話 親切おにいさんはあばれんぼうお姉さんに靴を履かせましたとさ

「さあ! カインヌ! 頭を撫でるがいい! 私の頭を! 貴族の嗜み『頭撫でられ』だ!」


 頭の上の白い巻き髪を揺らしながらラッタと名乗った白ネズミは、カインに頭を撫でることを要求する。

 カインは苦笑しながら、ラッタの頭に人差し指をちょんと置きゆっくり前後に動かす。

 すると、ラッタは気持ちよさそうに声を上げる。


「おおぉう……久しぶりのカインヌの、頭撫でられ……最高だ……エレガントだな、カインヌ!」

「あははは、ありがとう……」


 カインとラッタのやりとりを物陰で聞きながらレオナは戸惑っていた。


「さっきの、ネズミたちは、やっぱり……あの白ネズミが?」


「……! 何者だ! このラッタを欺けると思うな! 姿を現せ!」


 ラッタの鋭い声に、レオナは観念し姿を現す。

 ラッタはあさっての方向を指さしていた。


「………」


 レオナは、自分ではなかったかと慌てるが、ラッタの指差している方向を見ても誰も現れる様子はない。

 カインはそのことに気付くとラッタの方を人差し指で叩き、


「ラッタ、あの、あっち」


 とその人差し指をレオナの方に向ける。

 ラッタはきょとんとした顔のまま、レオナの方を向き、その姿を確認すると


「……!!!!」


 大きな口を開け驚愕の表情を浮かべる。

 その様子にレオナとカインは苦笑いを浮かべることしかできなかったが、レオナの方はカインの手に持っているものに気付きそれを指差す。


「あ……それ」


 カインの手にはレオナが何処かで脱げてしまいそのままにしておいたはずの靴があった。


「あ、この靴、貴方の、です、よね? 落ちてまし、た」


 流石に脱げてましたよとは言えず、カインは言葉を濁しながらレオナの物であるかを確認する。

 レオナも少し顔を赤らめながら小さく頷く。


「あ、じゃあ、これ、どうぞ。直しておいた、ので」

「え……?」


 カインの言葉にレオナは俯いていた顔をあげる。


「あ、あの、多分ずっと使っていたせい、だと、思うんですけど、せい、というと嫌な感じですけど。その、愛情もって履いて、いた、から。術式が弱まって、いたの、で。あの、組み直し、ました。本当は、貴方の魔力を、調べながらの方がいいんでしょうけど、仮、で」


 カインは慌てて言葉を紡ぎ続ける。そして、女性の靴をずっと持っていたら気持ち悪い奴と思われるかもしれないと、慌てて靴をレオナの目の前に置く。

 レオナはじっと靴を見詰めており、カインは『ああ、やっぱり気持ち悪いよね』と顔を俯かせたが、カインの耳に入ってきたレオナの言葉はカインの予想を覆すものだった。


「じゃあ、アンタが調整してくれない?」

「え?」


 今度はカインが驚いて顔をあげる。


「だ、だって! 調べながらの方がいいんでしょ! アンタ、魔工技師なんでしょ! じゃあ、そっちの方が、早いでしょ! 何? 文句あるの!?」


 早口で捲し立てるレオナにカインは呆気にとられながらもなんとか口を開く。


「な、ないです。じゃ、じゃあ、ちょっと調べさせてもらいます、ね?」

「う、うん」


 カインはレオナのそばに靴を置き直すと、鍵盤を叩き始める。


「〈接続コネクト〉、良し。〈精査スキャン〉」


 カインはいつもの確認を行いながら術式を発動させる。鍵盤から伸びる緑の光の線がレオナと靴に繋がれると、レオナの足が橙に輝き、靴が緑と薄い青に輝き始める。


「レオナ、さんは、土の魔力が強めなので、この風属性の靴と少し相性が悪い、です。なので、水の術式と、俺の魔力摩擦を減らす〈潤滑〉という術式を間に織り込んで中和させ、レオナさんがこの靴をうまく使えるよう調整します」

「う、うん」


 そこからはカインは黙々と鍵盤をたたき始める。


 魔力反響が音を奏で始める。

 それは、力強く、心奮い立たせるような勇気の歌のように聞こえた。

 レオナの心臓を小さく、でも、強く叩くような音が響き渡る。


 レオナは、カインを見つめ、そして、そのカインとつながる自分の足と、靴を見つめた。


 その靴はレオナにとって、絶対に手放せない、自分にとっては遺物よりも高価な靴だった。


 ヌルド王国でも指折りの魔法使いダンチェに養子に貰われることになった時、孤児院のみんなから贈られた靴だった。


 魔法使いの養子であり、弟子になるのだからと、みんなで駆けずり回って見つけてくれた魔導具の靴だった。


 だけど、魔導具という程ではなく魔力を込めると少し風が生まれるだけのおもちゃのような魔導具の靴だった。


 それでも、レオナにとっては大切なみんながくれた大切な靴だった。


 義父からの厳しい指導も、義母や義姉からのいじめも、どんなに辛くて泣きそうになった時も、見れば力を貰える靴だった。


 壊れても壊れても何度も何度も自分で直した靴だった。


 義父に『王城で開かれるパーティーで、お前を後継者として王に紹介したい』と言われて嬉しくて泣いた時にはいていたのもこの靴だった。


 パーティーに行く際に、履いていこうとして『そんな汚い靴を履いた女は連れて行けない』と義母や義姉に暖炉に捨てられた靴だった。


 義父に説得されても、あの靴でなければ行けないと頑なに行こうとせず、一度も言ったことのない我が儘を言う程に大切な靴だった。


 そのパーティーの日に、『ヌルド王国史上最大の事件』と言われる灰人狼の襲撃事件、【灰かぶりの夜】に、一人家で泣くレオナが強襲された時に守ってくれたのがその靴だった。


 そして、恐怖と無力さに泣いたレオナの前に現れた黒髪のぼーっとした男が直してくれた靴だった。


(そうだ、あの時……)


「あの」


 はっとレオナは顔を上げると黒髪のぼーっとした男が心配そうに見ていた。


「な、なに?」

「出来ました。あの、で、履いてみてください。それでまた調整、します」


 カインが差し出す靴をレオナはじっと見つめると、足を差し出した。

 カインはきょとんとしていたが、それが履かせろということだと理解すると顔を真っ赤にしながらレオナの足に靴を通し、再び鍵盤と繋ぎ、鍵盤を叩きだす。


 その顔は真剣だった。そして、何故か申し訳なさそうな顔をしていた。


 レオナはその表情に懐かしさを感じていると、おもむろにカインが口を開いた。

 レオナはカインをじっと見つめていた。


 レオナはその時、あの魔力反響の、勇気の歌が聞こえないことにようやく気付いた。

 あまりにも自分の耳に、心臓に、心に、響いていたから。


「一つ、お話が、あり、ます」

「うん」


 だと思った。


「俺は、貴方を救うことは出来、ません」

「うん」


 だよね。


「俺は万能の神じゃない、から。貴方の人生すべてに責任が、持てない、から」

「うん」


 わかってる。


「でも」

「うん」


 言って。


「貴方が、自分を、自分で、救いたい、と思っている、の、なら、俺は、全力で手伝うし、助けます」

「うん」


 アンタは『あの時』もそう言ってたもんね。そして、


「貴方が進む為の一歩の為に、背中を押させてほしい」


 そう、言うんだよね。ワンパターンだよ。もう。


「……大丈夫。私はね、神様に救いを求めたりしないの。それは、昔は、あんまりに不幸で、神様なんて残酷で救ってくれるような存在じゃないと思ってたから、だった」


 そう、思ってた。


「でも、ある日、ある人に助けられて、変わったの。それを、今、やっと思い出した。私は神様に救いを求めたりしない。私は私で、自分を救うから、神様見てろよって。だから、神様に救いを求めないんだって。でも、誰かに助けてもらう位なら、手伝ってもらうくらいなら……いいよね?」


 レオナは悪戯っぽく笑いながらカインを見た。

 カインは優しく笑っていた。

 あの日、レオナの靴を直してくれた時のように。


 今の二人ってまるで、物語の、不幸だったけど最後には幸せになれる少女と、王子様みたいじゃない?


 レオナの高鳴る心臓は、これから始まる戦い故か、それとも二人の未来を想う故か、レオナにも分からない。

 ただ、心臓は強く叩く。レオナが立ち上がれるように。


「お願い、カイン。私が私を救うのを手伝って」

「喜んで」

「私の靴、どう? 汚いし、ボロボロだし、変じゃない?」

「使ってきた人の優しさとか一生懸命さとか伝わってくるいい靴です。変じゃ、ありません」


 カインはレオナを見上げて優しく微笑んだ。


「君にぴったりの靴だ」


 レオナは天井を見上げながら、ぎゅううっと服の裾を手が真っ赤になるほど握っていた。

 カインは最後に小さく祈りを込めて、靴から手を離す。

 レオナはしっかりと自分の足で立ち上がる。




「それにしても、アンタ気づいてないのね。私は……ヌルドの王都で、灰かぶりの夜に、あの時、助けてもらった女の子、です」

「あ、気付いてました」

「…………は?」


 気付いていた?


「あ、あの、気付いていました、けど。なんか、あの時一回だけだったし、声かけられるの、迷惑、じゃない、かな、とかいろいろ考え、まして」

「は?」


 なーんで、声かけナイ?

 私、マッテタノニ?

 コエカケラレナクテショックダッタノニ?


「えーと、お久しぶり、です」




「は?」

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