灰かぶりの夜。
その日、ヌルド王国の王都ヌルディスタは灰人狼による大襲撃という前代未聞の事件が起きた。
灰人狼達が火を放ち、王都の民を殺し、奪い、暴れまわった。
王城で盛大なパーティーが行われることを見越しての行動だったのであろう。
王城には、灰人狼の長を含めた強力な魔族が現れた。
偶然パーティーに行かなかったレオナだったが、彼女の元にも灰人狼は現れ、襲いかかった。
彼女の大切な魔導具の靴が、魔力暴走し爆発したことで、なんとか撃退したが、初めての命がけの実戦でレオナは動けなくなってしまっていた。
そんな時だ。
「あの、大丈夫、ですか?」
黒髪のぼーっとした男がこちらを見て心配そうに話しかけてきた。
灰人狼に対する恐怖が大きかったせいもあり、その優しく微笑む黒髪の男を何も警戒しなかった。
「あ、あ、あ、あの、私、怖くて……でも、靴が、魔導具の、みんなが、くれた、くつ、靴が、爆発して、でも、狼男を追い払ってくれて、あ、王城で、義父が、大変、大変で」
「その、お義父さんの依頼でここに来ました」
嘘だとは思わなかった。
あまりに彼の瞳が澄んでいて、それでいて、どこか自信なさそうに揺れていたから。
「義父が? なんで?」
「あなたを、助けて欲しいと」
「義父が? なんで?」
義父は厳しい人だった。
ダンチェ=サンドリオ。
ヌルド王国で指折りの魔法使いで、レオナを養子にしたのは彼女の魔力の高さ故で、自身の後継者候補として迎えた。
なので、後継者になるべく厳しい修業の日々しか義父との思い出が無かった。
いや、正確にはもうひとつ。
先日、義父から後継者はお前だ、と告げられた。
その時の義父は厳しい表情をしていたが、それでも、認められた気がしてレオナは泣いた。
そんな義父が自分を助けてほしい?
後継者としてだろうか、それとも……
「ダンチェ、さんは、あなたのことを、大切に、思っています」
黒髪の男は、真剣な瞳でレオナを見つめながらそう言った。
レオナはその言葉を疑わなかった。
思いが溢れ、涙がこぼれた。
「わ、たし……わたし! まだ何も! あの人に、おとうさんに何も返せてない! 何も……何も……!」
「一つ、お話が、あります」
「え……?」
黒髪の男はレオナからその真剣な瞳を、揺らぐことのなくなった黒い瞳を離さなかった。
「俺は、貴方を救う事は出来、ません」
「え、え……?」
急に何を言い出すのだろう。レオナは先ほどまでとは違う混乱の涙を流し始める。
「俺は万能の神じゃありません。だから、あなたの人生全部には責任が、持てません」
「……は、はい」
死刑宣告のような、冷たいギロチンのような言葉が、レオナを通り過ぎていく。
「でも」
「……でも?」
黒髪の男の瞳にはずっとレオナが居た。
「あなたが、自分を自分で、救いたいと思っている、のなら、俺は、全力で手伝うし、助けます」
「………はい」
瞳に映るレオナはまた泣いていた。
「あなたが進む為の一歩の為に、背中を押させてもらえませんか?」
「おね、おね……! おねがい、します……私に、おとうさんを、たすける力を下さい」
男は、微笑んでいた。
その後、カボチャの魔よけのランタンを持たされたり、ネズミの案内人をつけられたり、おばあさんに化粧されたり服を着させられたりして急激に魔力が上がったり、あまりに魔導具の靴の魔力が強すぎて、王都を暴走してしまったり。
そんな記憶がレオナの頭の中を走馬灯のように駆け巡り、それを追いかけるようにレオナの血が体中を奔り、レオナの身体を熱くさせる。
その血はやがて頭に昇り、レオナの顔を真っ赤に怒りに震えさせる。
「は?」
レオナの目の前にいるカインは震えていた。
「ご、ごめんなさい」
「……はぁああああああ~……もういいわ。アンタだし」
レオナは大きなため息をつきながら脱力した。
(それに、覚えていてくれたってことだもんね)
レオナは緩む頬をぱちんと叩き、カインを驚かせる。
「さて、じゃあ、ほんとに手伝ってよね。アタシを」
「うん」
見つめ合う二人に声が飛んでくる。
「おい! レオナ! 何をしている! そこの男の手の上にいるそのネズミはなんだ!? 答えによっては、わかっているな!」
セクの叫び声にレオナは一瞬びくりと震える。
しかし、背中に感じる温かい手のぬくもりがレオナを支えた。
レオナは少し笑って、一歩踏み出した。