「レオナ、まさかとは思うが、君がその男と鼠を使って、私とのまぐわいを邪魔させたわけではないな? 君は、私に抱かれることを望んでいたはずだ。君の大切な孤児院の為にも」
セクは首を小さく傾げながらレオナをじいっと見つめながら近づいてくる。
「君の身体は魅力的だ。今までの女とは比べ物にならないほどに。だからこそ、見返りもちゃあんと考えていたんだが……」
レオナの奥にいるカインとその手の上でぼーっとしているラッタに視線を移し睨む。
「君も邪魔しないでくれないかな。羨ましい気持ちは分かる。そうだ、君にも女をやろう。好みの女を言いなさい。だから、邪魔をするな。な?」
再びレオナに視線を戻し、口の端を吊り上げながら、セクは言った。
「私に、逆らうな。従え、レオナ」
俯くレオナに、セクは嗤った。
自分に逆らう女はいた。だが、力や権力や金で分からせてきた。
どんなに美しく、どんなに清らかな女でも、自分のいう事を聞く。
セクはそう確信していた。
「私をスッキリさせるのが、お前の、聖女さまの使命なのだよ」
「うるっさいな……」
「な……」
セクは目を見開く。自分の思い通りの言葉がやってこなかったことに。
「もうアンタの言う通りになんかしない! アタシは戦う! 今まで、何人の子がアンタに手籠めにされて、教会に告白しにきたか……アタシで終わりになればいいと思ってた……アタシさえ我慢すれば」
レオナはぎゅっと服を掴む。
レオナの手はよく見れば沢山の傷がある。
それは奴隷の頃や家族にいじめられていた頃の傷や、孤児院の仕事や冒険者の依頼でついたものなど数えきれないほどの傷があった。
「でも! それじゃあ、アンタが好き勝手して終わり! アタシは、アタシが許せなくなる! だから、セク=ハウラ! 自分の罪を明らかにして、罪を償いなさい! それが、貴方に出来ることです!」
レオナは、セクに向けて身体を震わせながら精一杯叫んだ。
「……言いたいことはそれだけか?」
セクは詰まらなさそうにレオナを見ていた。
「え……?」
「がっかりだよ。君には。私がどういう立場の人間か分かっているのかな。マシラウのA級冒険者であり、貴族階級の男だよ? いくら聖女とは言え、私の罪を償わせる? やれるものならやってみたまえ!」
セクは大げさに両手を広げ、レオナを脅すように迫る。
「私に襲われた女たちが名乗ると思うか? 今まで一度もなかったろう。そんな女は一人もいない。女は皆私に従うことになる。私の名に怯えてか、金を貰って満たされてか……それとも、売られたり殺されたりして、か、な」
セクはレオナの頬に手を添えようとする。
それに気付いたレオナが慌てて手を払い後ずさりする。
「あ、アンタ……」
「言葉遣いが汚いなあ……これだから、孤児院上りは! サンドリオ家は何を教えていたんだか!」
「お義父様を馬鹿にするな!」
「ああ、そうだな……馬鹿は、お前だ。おとなしく金を貰って抱かれておけばまだ救いのある生き方が出来たろうに。……手足を縛って心折れるまで愛してやろう」
セクが手を軽くあげると、黒狐達が現れる。
「ネズミ達は……」
「所詮ケダモノだ。私達に敵わないと思ってか逃げていったよ。さあ、聖女様。君が攻撃魔法を使えないことは知っている。精々、傷ついて直して、私を興奮させてくれたまえ!」
セクが顔を醜悪に歪め嗤うと、黒狐達が前に出てくる。
レオナはまだ震える身体をぎゅっと手で掴みながらも、前へ進む。
「ほう、やる気か」
「に、逃げない……! アタシは! アタシには強い味方がいるから!」
「はっはっは! それは私達より強いのかい!? 権力を持っているのかい! もし、下手なことをすれば孤児院は潰してやろう! 私の手下どもが孤児一人一人に地獄を見せてやろう! はあっはっはっは!」
「あ、させません」
「は?」
セクが高笑いをあげると、レオナの横に並んだカインが声をあげる。
「とりあえず、今の孤児院の子、達はレイルの街で預かり、ます」
「ふん! 孤児がどれだけいると思っている!? そいつらを食わせてやる程の金を……」
「あ、暫くの分、なら持ってい、ます」
「はあ!?」
「あ、どのくらい、か、分かりませんが、金貨百枚、程度なら、持っているので、暫く、なら」
カインは、レイルの街で冒険者ギルドに依頼されるあのたす案件を山のようにこなしていた。その報酬は小遣い稼ぎ程度もあれば、内容に反して驚くほどの額を貰えたりした。
その依頼が毎日ひっきりなしでやってくる上に、カインは贅沢が苦手でほとんど金を使うことがなく、むしろ、どう使えばいいか悩んでいた。
「か、く……! だが、暫くもったからってどうする? いずれ……」
「あ、レイルの街で、俺、の依頼が、山ほど来るので、その手伝い、をしてもらおう、かと」
レイルの街では、あのたす案件がまだまだ残っていた。
実際に助けられた人の恩返しのようなあのたす案件以外にも、実際に助けられた人が他の誰かを助けた際に『あのたす』の話をし、噂が噂を呼び、また、善意が善意を呼び、あのたす案件を頼みたがる人々が増え続け、レイルの街ではあのたすの依頼をすることが流行のように流行っていた。
また、有能な領主や冒険者ギルド長によりレイルの街自体がどんどん発展し続けているのもあのたす案件が増える理由にもなっていた。
「いい、よね?」
「え、ええ! 勿論! あの子達みんないい子だから! がんばる!」
いきなりカインにそう言われ、レオナは思わず両手で拳を作り、頷く。
「えええい! うるさい! うるさい! 出来るものならやってみろ! 生きて帰れるならなあ!」
セクは取り返したロッドを構え魔力を練り始める。
それを合図にネッツとギイがセクの両側から飛び出し左右から襲いかかろうとする。
「カイン……両側なんとか出来る?」
「え? わ、分かった! ラッタ!」
「うむ! 貴族の風上にもおけぬ似非貴族め! 王子の一撃を喰らわせてやるわ!」
「先に、左の男を、ね!」
「後でな!」
セクに向かって飛び出したラッタは、急激な方向転換でギイの方向へ向かい、カインはネッツを待ち構えながら、レオナを守るべくセクの方にも意識を向ける。
しかし、レオナはカインの意図を無視し、飛び出す。
「え?」
カインが口から声を漏らしたその瞬間にレオナの姿が消えていた。
レオナの靴から緑の魔力が変換された風が吹き出し凄い早さでセクに向かって駆けていく。
「へ?」
詠唱を続けていたセクの目の前に、レオナは現れる。
そして、セクはレオナの獰猛な笑顔を見た、次の瞬間にはレオナが回転し始めレオナの二つ結びの金色の髪から甘い香りが漂うと同時に、右頬でごがっという音が、そして、衝撃が遅れてやってきた。
「もぎゃああああああ!」
左に吹っ飛び、へこんでない方の顔が床に擦れ火傷し始める。
淑女らしからぬ強烈な右後ろ回し蹴りで残った高く上げられた脚を下ろしながら、レオナはにやりと口角を上げた。
「ふう、スッキリした」
とても満足そうに聖女は笑っていた。とても満足そうに。