目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

三部12話 親切おにいさんは黒狐の弟とたたかいましたとさ

「レオナ! 気を付けて! お願い!」


 カインはセクに飛び込んでいったレオナに視線を送りながら叫ぶ。


「よそ見してていいのかね~」


 その隙を逃さず、ネッツが短剣を両手に構え飛び込んでくる。


 慌てて飛び退きなんとか躱すが、ネッツの素早い動きに防戦一方となってしまう。


「へっへっへ! アンタ遅いな! それに力もねえ! ステータス低いだろう?」


 ネッツは勝ち誇ったように笑いながら、カインを吹っ飛ばし尻もちをつかせる。


「ぐ……!」


 カインは、痛みに顔を顰めながら立ち上がろうとするが、ネッツがその瞬間を狙って舌なめずりをしている為、うかつに動けない。

 カインが立ち上がるのを止めたことに気付くと、ネッツは態勢を低くしカインに迫る。

 地面を擦るような低い位置から左の短剣を掬いあげるように振り上げると、カインも慌てて横に転がる。

 自身の左側に逃げたことに舌打ちをしながらネッツは身体を反転させながら右手のダガーでカインを狙う。が、一瞬ネッツの視界から消えた瞬間、今度はカインが低く身体を沈み込ませネッツのダガーを屈んで躱す。

 ダガーが空を切り、カインは身体を持ち上げ次の動きに入ろうとするが、それよりも早くネッツの膝が上がりかけたカインの胸と肩の間につきささる。

 カインは斜めに回転しながら地面に叩きつけられる。


「が……! は!」

「無駄無駄~! オイラのステータスとアンタのステータスじゃ、大分差があるみたいだからな。早くセクさん助けねえといけないから大人しくやられてくれねえかな」


 カインはネッツの挑発には応えず、鍵盤を叩く。

 ネッツは、わざとらしく溜息を吐きながらカインの方へを歩き出す。


 その瞬間だった。


 ネッツは自分の左足が動かないことに気付く。

 足元を見ると、緑と茶色の混じった魔力が淡く光っている。


「なっんだ! これ!?」

「〈接着グルー〉……!」


 ダガーを屈んで避けた瞬間カインは素早く術式を地面に設置していた。

 〈潤滑〉とは異なる、魔力で固定する魔工技師にとってはなじみ深い固定する術式であった。

 カインはネッツが動けなくなったことを確認すると、次の術式に取り掛かり始める。

 ネッツの言う通り、カインのステータスは低い。

 本能で動くことが多い対魔物においてはカインもある程度知恵と工夫で戦える自信がある。

 しかし、対人では、相手の思考を上回り、罠を張らなければならない為、より難しくなってしまう。


 左肩の痛みに耐えながら次の術式設置に取り掛かるカインに影が迫る。


「な……!」


 ネッツのダガーが目の前に迫っていたのだ。

 慌ててカインがそれを避ける。が、遅れてネッツ自身が飛び込んでくる。

 逆手に持った左のダガーがカインに迫る。

 必死に身体を捻じりこれも躱すカインだったが、再びネッツの膝がカインを襲う。


「ぐ、ぶ……」


 カインの腹を狙った一撃はカインが腕を差し込むことで直撃は防げたが力の差は圧倒的でそのまま腕ごと押し込まれカインはくの字に折れ曲がり声を漏らしながら俯く。


(俺が、思った、よりも〈接着〉が、早く解かれた……? そんなに、ステータス差が……?)


 ネッツはぺろりと下唇を舐め、膝の上で苦しむカインを見下しながら笑っていた。


 地面に落とし、左のダガーで脇腹辺りを刺す。

 それで終わりだな。


 ネッツは、ゆっくりと膝を下ろしながら、左手のダガーを高々と上げる。


「カインヌ!」


 遠くから白いネズミが慌てて戻ってくるのが見える。


「テメエは兄貴と遊んでもらってろ! ネズ、こ、う……?」


 ネッツは違和感に気付く。

 カインが落ちないのだ。

 いや、正確には膝から離れない。


「な、なんで……?」


 戸惑うネッツだったが、その理由が思い当たり、もしやと真っ直ぐに膝を伸ばす。

 膝とカインの腕の間で先ほど見たばかりの緑と茶色の混じった魔力の光が漏れているのだ。


「めんどくせえ! こんなことして何の意味があるんだよ!」


 ネッツは苛立ち声を荒げる。

 そして、死ぬか気絶すれば術式はとけるだろうとダガーでカインの脇腹を狙う。


「カインさんは意味のねえことはしねえよ。俺が、てめえをぶっとばす」


 ネッツの耳元で、鬼の声が聞こえる。

 ゆっくりとネッツは声の方を向く。

 そこには、まさしく赤鬼が、いた。


 射殺すような目でネッツを捉えて離さない赤い鬼が右腕に真赤な炎を纏わせて構えていた。


「カインさん、解いてくれ」


 ネッツはその声で足が軽くなったことを感じ、慌てて後ろへ跳ぶ。

 が、ネッツとグレンのステータス差は圧倒的だ。

 ネッツが跳んだ後に跳んだにも関わらずグレンはネッツの真横に並ぶ。

 ネッツは反射的にグレンの方を向いてしまう。

 こちらを睨むグレンの顔が見える。そして、開いた身体、肩、腕が伸びている。


 その先は? ―拳は!?


 ネッツが顔を正面に向ける。


 炎が!


 グレンの燃える拳がネッツの顔面に突き刺さる。

 ネッツは、縦に回転しながら地面へと叩きつけられる。

 グレンは振りぬいた拳をゆっくりと下ろし深い呼吸を一度。


「ありがとう、グレン」

「……うす」


 カインが腕と腹を押さえ苦しそうにしながらも笑っている。

 グレンはカインの言葉に顔を赤くしながらも、足元のネッツを見ると冷たい目を向け、口を開く。


「俺達の、勝ちだ。テメーみてえな強者気取りよりも、カインさんの方がよっぽど強えよ」


 焼け焦げた顔のネッツは、必死で口を開こうとするが声にならない。

 そして、そのまま何も言えないまま目を閉じた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?