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三部19話 あばれんぼうお姉さんは遺物の墓場で踊りましたとさ

『……では、我々は失礼する。カイン、本当に感謝する。是非マシラウも訪れてくれ』


 ナマリとの通話を終え、レオナやタルト、グレンがほっと一息つく。


「やーっと終わったか」

「うう……私、ほとんど何も出来ていませんでした……」

「私も……」


 タルトがしょんぼりと項垂れ、シアもまだ寝ぼけているのか弱弱しく同意する。


「おい、白いの。いつまで、ぼーっとしてんだよ」

「うっさい、赤いの。なんだろ、魔素マナが足りない……しね」

「魔素足りなくて死ねってどういうことだこらああ!」

「あの! みなさん……本当に、ありがとうございました」


 レオナが深々と頭を下げる。


「さっきと随分様子が違うな。めんどくせえから、さっきくらい無遠慮に話せよ」

「あ、そ、そうでした! レ、レオナさんって実は、そういう、方だったんですか?」

「そっか☆ 私とカインは知ってたけど、みんなは知らないよねー☆」


 メメが楽しそうに会話に加わると、シアとタルトは険しい顔で見つめる。


「っていうか、あなた、誰? っていうか、カインさんの何?」

「そ! そうですよ! マシラウの冒険者じゃなかったんですか!? なんで仲良さそうなんですか!?」

「あ、そうかごめんね☆ 私は、メメ! マシラウの冒険者とみせかけて冒険者ギルド本部の監査員のメメちゃんです! 年は15~150歳!」

「ほぎゃあ! なんですか!? この人ヤバい人ですか!? ねえ、カイン……さん……?」


 タルトが振り返ると、カインがゆっくりと崩れ落ち地面にうつ伏せに倒れる。


「カインさん!」


 全員が血相を変えて駆け寄る。

 いつものカインであれば多少ダメージがあっても、『大丈夫、ごめん』くらいで小さく笑いながら手でも振ってくれるだろう。

 しかし、全くそのそぶりもないまま、じっと倒れている。

 その異常さに全員が焦りを隠せない。


「カインさん! カインさん! おい!」


 グレンがカインの身体を起こすが、カインは真っ青な顔のまま、静かに眠っているように反応しない。


「調べます! 〈鑑定アナライズ〉!」

「あ、アタシも! 〈天使の瞳〉!」


 タルトとレオナの魔力の光がカインを包み込む。そして、


「魔力が……ほとんどありません」

「おい! それってどういう……」

「魔力枯渇、よ」


 レオナの言葉に、全員の視線が集まる。


「魔力枯渇って、魔力が足りてないってことか!?」

「そう……カインの身体の中にある魔脈にほとんど魔素が通ってない」

「そんなの初めて聞いたぞ!」

「アタシも……本で読んだことしか……何かしらの呪いとかで起きることはあるらしいけど……こんないきなりなんて……」

「多分……この【遺物の墓場】のせいです……!」

「は!?」


 今度は、タルトの言葉に、全員の視線が集まる。


「どういうことだよ!」

「説明はあとです! とにかく魔力を回復させないと! ……さっきの戦闘でマナポーションを使って……鞄! 私の鞄を!」

「アタシがやるわ!」


 タルトの言葉に駆けだしたグレンが足を止め、振り返る。


「何を、やるんだよ」

「カインに魔力を注ぐ。アタシの魔力はカインと同じ土が強いから……!」


 レオナは小さく詠唱を紡ぐと、カインの真っ白になった手を両手で持ち、額を当てる。


 すると、橙に近い茶色い魔力がレオナからカインへと、水が高い所から低い所へ流れるようにゆるやかに移っていく。


「なんだあれ……?」

「〈魔力譲渡マナトランスファ〉……神官職の人たちが使う魔力の受け渡し魔法です。でも……弱い。グレンさんやっぱり鞄からマナポーションを」

「あ、ああ……!」


 グレンが動き出した時、レオナもこのままではよくないと理解したのか眉間に皺を寄せる。

 そして、立ち上がる。


「そんな……! レオナさん! 諦めないで! マナポーションが来るまで少しでも……!」

「諦めてないわよ! ……諦めてたまるもんですか……折角、会えたのに……!」


 そして、レオナはカインから少し離れた場所へと移動する。


 歩いて。


 そう、ただ、歩いているだけだった。

 なのにタルトたちの目にはゆっくりと、とてもゆっくりと歩いているように見えた。


 そして、


(今まで見た誰よりも美しい歩く姿)


 とタルトは思った。


 レオナはカインの方へ身体を向けると、ゆっくりと両手を広げ、ふわりと回った。


 そこからのレオナを、タルトは決して忘れることがないだろう。


 魔導具の靴からふわりと溢れる緑の風を操りながら、レオナは舞った。


 両手から零れる橙色の光と、両足の緑の光が、光の軌跡を幾筋も作り出し、レオナの身体を彩った。

 緑の風は、優しい音楽のようで、橙の光から聞こえる砂の流れるような音が、それを強くあたたかく支えているようだった

 そして、その舞を観に、『観衆』が現れる。


「精霊……」


 タルトは呟きながら、涙を零した。


 それは生まれて初めて見る風と土の精霊の笑顔のせいか、レオナのこの世のものとは思えない美しい舞のせいか、タルトは心から溢れる何かを拭うこともせず見つめた。


「サンドリオの舞、ね☆」


 タルトの真横にやってきたミミが呟く。


「サンドリオ家は代々、古式魔法を伝承していく役割を持っていてね。サンドリオ家の古式魔法は、定められた動きによって舞うことで精霊を呼び、力を借りる。だから、サンドリオ家は、アノー神教ではあるけれど、正確には神官ではなく、舞手や巫女というような立ち位置らしいよ☆」


 光の軌跡が幾重にも重なり、一つの花が生まれる。

 その花の中心にレオナがいた。


 そして、レオナはその美しい手を天へと掲げ、ゆっくりと、カインへ向ける。

 精霊は、カインの方を向くと一斉にカインを囲み、手を差し出し、静かに触れていく。

 精霊が触れた場所に光の手形がつき、水に現れる波紋のように広がりゆっくり消えていく。

 橙と緑、違う性質を持つ精霊がいるせいであろう。

 魔力反響がタルトたちに聞こえてくる。


 ぽぉーん、ぽぉーん。


 という、深く優しくどこまでも広がるような音が繰り返される。

 精霊たちはぺたぺたとカインを触っていたがすぐそばまでレオナがやってきていることに気付き、道をあける。


 レオナは、カインの前で跪き、カインの身体を起こし、カインの顔を見つめる。

 カインの顔は真っ青ではあったが、少しだけ赤みが差し始めたように見える。

 レオナの目から涙が溢れる。


 今日、何度彼女の心は限界を超えただろうか。


 それでも、自分の愛する人への溢れる感情よりも彼女を動かしたものはないだろう。


 レオナは、カインの身体を、ぎゅっとぎゅっと抱きしめた。


 ふわりと消える精霊たちの残滓のような光がレオナとカインを包み込む。


 光が消え、レオナとカインが現れる。


 そして、彼女は、ぼーっと見つめるタルトやマナポーションを持ってきたグレンに顔を向け、大きく笑う。


 それは、レオナの愛する者へ向けた舞を無事終えた証。

 レオナの腕の中のカインが、ゆっくりと目を開いた。

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