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三部20話 のんびり亀さんと親切おにいさんは遺物の墓場を暴きましたとさ

 カインが『再び』目を覚ましたのは、夜が明けてからだった。


 昨夜、セクとの一件があり、魔力枯渇にまで陥り、それをレオナから魔力譲渡により助けられ目を覚ましたが、身体もまた限界ですぐに眠りについてしまった。


 そして、グレン達もまた、話は明日詳しくという事で、一度眠りについた。


「カインさん、身体の調子は?」


 グレンが目を覚まし身体を起こしていたカインに気付き声をかける。


「うん、もう、大丈夫、みたい。ごめんね、心配、かけて」

「……かけてくれよ、心配。俺らは、パーティーだろ?」

「……うん、そうだね」


 マシラウ冒険者ギルド長、ナマリに昨日尋ねられたことがあった。


『そういえば、君たちのパーティーの名は?』

「あ、その、ないんです……。グレンもシアもソロ冒険者ですし、タルトも急遽参加なので……」

『そうか……』


 勿論、即席のパーティーでも名前をつけることはある。

 けれど、カインは名を付けることを避けた。

 理由は自分で分かっていた知っていた。

 そして、グレンやシアがその時寂しそうにこちらを見ていたことも。


「それより、みんな、起きてるかな。昨日できなかった話、を」

「……ああ、行こう。ま、白いのはまたぼーっとしてるんじゃねえか」

「あ、はは……アレも仕方ないこと、なんだけどね……」


 カイン達が身支度を済ませ、現れると、すでにレオナが準備を終え待っていた。


「おはよう、ござい、ま」

「おはよう。カイン……おはよう、ね?」

「お、おはよう、レオナさ」

「レオナ。ね?」

「おはよう、レオナ」


 レオナはカインを見つけるとそっぽ向きながらも近づいていたが、敬語が聞こえるとに『貼り付けた笑顔で』カインに迫った。


「おう、おてんば」

「誰がお転婆よ!」

「それがおてんばだって言ってんだよ、おてんば。カインさん、病み上がりみてーなもんなんだから、大人しくしてろ」

「う、うぅううう~!」


 グレンに対し、足を上げて蹴りの構えをとろうとするレオナだったが、カインの方をちらりと見ると、顔を真っ赤にして唸りながらグレンを睨んだ。


「おはよう、カインさん」


 そんな三人の前に、シアが優雅な振舞で現れる。

 ふわりとした美しい微笑みをカインへと向ける。


「おはよう、シア」

「ううぅ~」


 さらっと挨拶を交わすカインにレオナが唸る。


「昨日の失態とは大違いだな、白いの」

「おはよ~くしね」

「良く死ねってなんだコラァアアア!」

「も~朝っぱらからお二人は、やめてくださいよ。おはようございます。カインさん」

「おはよ、タルト」

「ううぅ~、タルト、会ったばかりのはずなのに……」


 レオナが唸っている。


「そ、それより、メメは?」

「ああ、そういえばカインさん、あのあとすぐに寝たもんな。あのあと、マシラウの奴らが近くまで来て一緒に帰ったよ。『伝達事項が済んだら、本部としても【遺物の墓場の真実】を知りたいからまた来るってよ』」

「そうか! アイツは帰ったか! グレンヌ!」

「うお!?」


 いきなりカインの懐から飛び出してきたのはラッタだ。


「いたのかよ、ラッタ!」

「無論!」

「ラッタは、メメが苦手だから。ずっと隠れていた、んだよ」

「失礼な! 苦手ではない! ヤツは臭いんだ! 身に着けているアレのせいだ」


 ラッタが興奮してカインに反論を始める。


「まあ、化粧の匂いはな。オレも苦手だ」

「俺も、ちょっと、駄目、かも……あれ? 三人?」


 カインが振り返るとレオナ達がどこかへ行こうとしている。


「「「ちょっと、顔を洗ってくる(きます)」」」


 その答えにカインが顔を青くし、グレンは溜息を吐き、ラッタはきょとんとしていた。


「だ、大丈夫! みんなのそのくらいは、逆に、いい匂い、だよ、うん……あ、えと、じゃなくて」


 カインは自分が言った言葉が、幾分か女性に気持ち悪いと思われても仕方ない言葉だと気づき、口を押える。

 しかし、カインを慕う三人には聞こえてもいない。


「うふふ……もっと、匂います?」

「あー! あー! ワ、ワタシも、どうですか?!」

「ううぅ~、アタシ、そういうアプローチはぁあ~、で、でも、ううぅううう~」


 顔を真っ赤にした四人を見ながら赤肌のグレンが溜息を大きく吐き、ラッタは食事を求めて飛び出していった。


「さて! ではでは! この【遺物の墓場アーティファクトセメタリー】について、ワタシとカインさんでご説明しましょう!」


 タルトが胸をはって鼻息荒く、パーティーの先頭を歩きながら後ろへと話しかけている。


「ひとつずつ、違和感を整理しておきましょう! まず、先ほど話に出てきたシアさんの寝起きの悪さですね。……前日を見てたので、ワタシは最初別に変だとはおもわな……」

「タルト~……余計な話は凍結させるわよ~」


 シアが絶対零度の微笑を浮かべタルトの真横に顔を寄せて囁く。

 吐息さえも冷たいシアにタルトは戦慄する。


「ひゃい……あ、あの! 何故か! シアさんは昨日、調子が悪くなっていました。その理由は、シアさんもまたカインさんと似たような状況に陥っていたのです!」

「あ? 似たような状況?」


 グレンが、手元のラッタに小さなコメの塊を差し出しながら尋ねる。


「はい。魔力枯渇です」

「あ? オレはなんともなかったのに、オレの数倍は魔力ありそうな白いのが枯渇すんのかよ」

「シアさんの魔法は、知っての通り精霊魔法です。精霊の助けを借りて強大な力を行使する魔法というわけです。つまり、精霊の協力なしでは出来ない魔法なわけです」

「じゃあ、なんだ、精霊がいなかったというわけか?」

「正確には、精霊が嫌がったんです。此処に来るのを」


 タルトがぴっと指を一本立てて、グレンに向けて説明する。


「精霊が嫌がっているかどうかは、レオナさんに今朝再び舞を行っていただき、呼び寄せた精霊に確認してもらいました」

「うん、アタシが呼び寄せた精霊もいつもより少なかったわ」

「アレですくねえのかよ……」


 昨日の精霊の宴のような様子を思い出しながらグレンは驚嘆する。


「あ、ちなみに、その精霊には、シアさんに魔力を分けていただくようお願いしました。なので、今日はシアさん絶好調です」

「ありがとうね、レオナ」

「ううん、アナタはカインの『仲間』だもの。当然よ」

「そうね、貴女もカインさんの『仲間』だものね。助かったわ」


 やたら、仲間を強調し、絶対零度の微笑と貼り付けた笑顔で笑いあう二人に顔をひくつかせながらタルトは続ける。


「そ、そもそも、この【遺物の墓場】には魔物がほとんどいませんでした。その理由について、強い魔物の縄張りや魔物だけが影響を受ける毒などがあると話していましたが、もう一つあるんです。……魔素マナが限りなく薄い場合です」

「は?」

「言いたいことは分かります。魔巣ダンジョンである以上、魔素が薄いなんてことがあるのかと。ただ、魔巣という区別も結構曖昧なわけです。なので、魔素が少ない可能性を排除していました。あ、それを踏まえてみてみると納得できることが多いんです」


 一階中央にある壊れた遺物が山のように積まれた部屋に辿り着く。

 すると、カインは鍵盤キーボードを取り出し、座り込む。


「最初にここに来た時、この建物の外壁綺麗でしたよね。今の時代にはないような白い塗料で塗られた真っ白な壁。でも、思い出してください。ここは恐らく古代の、遺跡です。古くなっていなければおかしい。それに、グレンさん、ワタシ達は見ましたよね。この辺りにある石で出来たあるものを」

「ジーズォ像……」


 グレンは、タルトが魔雪であんなにも溶けて可哀そうだと言った、そして、その為にカインが骨を折った石像を思い出す。


「確か、アレにはカインさんの改造した魔導具を……」

「次に、ワタシの〈広範囲鑑定〉での違和感です。この建物に入ってから奇妙な感覚に襲われていました。それがようやくはっきり分かりました。……鑑定できていない場所があったんです。でも、それにワタシは気づかなかった。カインさんもレオナさんを探すときに〈探索〉を使ったけれども、その時に違和感があったそうです」


 シアは、にっくき魔導具ココルの話を思い出していた。

 彼女が自身の身体を生み出した時、他の人に見つからないようにカインの生み出した術式を使っていたと。


「そして、セク達との戦闘です。皆さん、おかしいと思いながら戦っていましたよね。いつもよりも魔力の勢いや持続性がない、と。特に顕著だったのは床から発生させるいわゆる〈ウォール〉系の魔法、そして、セクの使った〈石波ストーンウェーブ〉です」

「俺が、確信を持った、のは、ギイ、が魔導具で出した岩壁、との違い、だね。ギイの使った魔導具、は、いわゆる『誰でもどこでも使える』魔法そのもの、を、閉じ込めておいた魔導具、なんだ。」


 カインが鍵盤を叩きながら会話に参加する。

 珍しくいつもより饒舌だな、とグレンは思った。


「セク、が使った魔導具は魔法を強力に、するもの、で、セクの魔法は床の石を槍に変えて波状攻撃する魔法、だったんだ」

「そして、極めつけは、地震です。ワタシ、初めてでした。地震を何も身構えることも出来ずに体験したの。怖かったです」


 そういえば、とグレンは思い出す。

 タルトは広範囲鑑定によって、地中の魔脈の流れや地震の発生を予見できる。

 でも、あの時は。


 で、あれば。


「床?」


 グレンが下を見た瞬間、床に緑色の光が広がる。


「いく、よ。〈精査スキャン〉」


 カインの鍵盤と床を繋ぐ光の線を中心に床に光が広がっていく。

 そして、地面には、夥しいほどの文字の羅列が現れる。


「これ……術式?」

「詳しくはワタシも分かりませんが、なんとなく似たような術式を見たことありませんか?」


 いくつかの術式を重ね、繋げ、そして、あえて、アンバランスにしている術式。

 これに似たような術式をグレンもシアも見たことがあった。


 タルトが確認するように言葉を重ねていく。


「カインさんが魔力枯渇に陥ったのは、この建物内の魔素が少なかったからです」


「シアさんが調子悪くしていたのは精霊が魔素の少ないこの建物を嫌がったからです」


「魔法の威力が弱いのも、魔物がいないのも魔素が少ないから」


「魔素が少ないのは何故か」


「魔脈から来る魔素がここに届いていないからです」


「魔雪となって石を溶かすほどの魔素がこの建物の中には届いていないからです」


「魔雪や探索魔法、そして、魔脈からの魔素を防ぐ方法は、ワタシが今一番思い当たるのは」


 床に広がるのは、魔雪を弾くためにカインから渡された魔弾く外套レジストコートに刻まれた―


「〈反射〉の、術式……」


 タルトが唇を震わせながら小さく笑った。


「恐らく、この下に、何かが、あります」


 未知への好奇心もあるだろう。

 恐怖もあるだろう。

 タルトは笑っていた。


「あるはずです。【遺物の墓場】という『ただの廃棄物置き場にはありえない程の強力な術式』を設置してまで、古代人たちが守りたがっていた、何かが」


 床に蜘蛛の巣のようにびっしりと張り巡らされた膨大な量の術式が緑に光り、タルトの震える笑みをぼんやりと浮かび上がらせた。

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