「この建物自体が重要ってわけじゃあねえのか?」
グレンが壊れた遺物らしきものをどけながらタルトに問いかける。
「違い、ますねっ。壁にはある程度強力な〈保存〉らしき術式が掛けられていましたが、恐らくぅ! それもこの場所を守る為でしょ、う! ……術式のレベルが違います」
タルトも必死に物を動かしながらグレンに答える。
「ふう……それに、カモフラージュしたかったんだと思います。この建物そのものに強力な〈反射〉を掛けて、探索にひっかからないようにすれば、逆に、警戒されます。だから、あえて建物を作り、遺物を処分する仕事を行い、人を動かし、床への違和感を感じないようにさせたのではないかと」
「っつーことは、だ」
「はい、他者には見せられない、見せたくないものがあると思われます」
このことは先程、スマートマホーンを通してレイルの冒険者ギルドにも報告した。
そして、ギルド長シキからは
『君たちがウチで考えられる最高戦力だ。そのまま調査を続けてくれ。ただし、飽くまで調査だ。危険を感じればすぐに撤退。そして、連絡してくれ。こちらも救出部隊を含めた数組を派遣し、もしもの時に備える』
と、伝えられた。
この通話は、遺物の墓場の外で行われた。
遺物の墓場内外では通話の質も、魔力消費の差も非常に大きく、そのこともカインを魔力枯渇で倒れさせた要因の一つではと考えられた。
そのカインは、元気に揉めるシアとレオナを宥めていた。
「ねえ、シア~。アンタ、カインとくっつきすぎじゃないかしら~」
「うふふ~、だって、こんな力作業したら暑いじゃない? だからですけど?」
「くっついたら! 暑いでしょ! 離れなさいよ!」
「私、体温が低いの、だから、すごく冷たくて、カインさん? 気持ちいいですよね?」
「え、と……あ、の」
カインは顔を真っ赤にして、俯いている。
「ふ~ん、そう~? やっぱり心が冷たい女は身体も冷たいのかしらね~」
「カインさんに冷たいのは、レオナ、貴女のほうでしょ~。カインさんが話しかけても、ぷいって顔そらすんだし」
「そ、それは! そ、その! て、っていうか、シアだって、今、ちょっと顔赤いからね!」
「……! べ、別にいいでしょ。そ、そう、カインさんの熱が私に、つ、伝わってきてるから」
「あ、ご、ごめん、シア……俺、大丈夫、だから、無理しなくて……!」
カインはシアの言葉に慌てて離れる。
「っていうか!!! 仕事をしなさい! 二人とも! カインさんの迷惑にならないでください!」
タルトが大声を張り上げてレオナとシアを叱る。
「な、なんでアタシが……アタシはシアを注意して」
「レオナさんが! カインさんに話しかけられてすっごく照れて意識してるから! シアさんが危険を感じて頑張ろうとしてるんでしょうが!」
「な! あ、アタシは別に、照れてなんか……!」
「タルト~、余計なこと言うと、凍らせちゃうわよ♪」
「ほぎゃあああああ! もう凍ってます! 半分
タルトに顔を真っ赤にして反論するレオナと、タルトの顔を真っ青にさせて凍らせるシアを横目に、カインはグレンの方へと退避する。
「おつかれ、カインさん。にしても、床の事、ほんとよく気付いたな」
「そう、だね。セク達が、壁を壊して見つけたって言い張ってたから、もし、何か隠すなら、壁や床かなって……いや、この前の通話でウソーの話を聞いたからかもね」
【遺物の墓場】突入前夜に、カインはスマートマホーンでココルから聞いた話を思い出した。
『こちらでは、カイン様を嵌めようとしたクソ魔工技師ウソーの工房に立ち入り調査が入りました。何も変哲なさそうな工房でしたが、賭博用の地下室が隠されていました。ちなみに、隠れてはいますが私もなんだかんだで中々いい体つきをしています。今度触ってみてください』
後半の内容はさておき、その話を聞いて、地下という可能性に思い至った。
そして、床に敷き詰められた〈反射〉の術式を見て確信した。
遺物の墓場には地下室が存在し、ウソーの賭場のように、秘密にしておきたい場所があるのだと。
そのウソーについても、先日の地震で逃亡されてしまったから、もしかしたら、遭遇することもあるやもとシキから聞かされた。
ただし、大蛇の森をわざわざ抜けてまでこちらに逃げてくるメリットはない為可能性は低いだろうとも。
(ウソーは駄目だけど、他に魔工技師がいれば……)
カインは、自分の〈
古い術式を中心に研究をしている魔工技師も世界にはいる。
遺物を解明し、今の時代に活かすためだ。
カインも勿論、遺物の勉強もしてきたが、飽くまで我流だ。
一定の身分を持った者のように、技術の学校で学んだわけではない。
カインを一人前の魔工技師に育ててくれた『工房』では、まず、基礎を徹底的に教えられた。
『遺物は、確かにすげえが、あのすげえにも歴史の積み重ねがある。失敗と改善の歴史がな。だから、焦るな。積み重ねていけ。それが魔工技師だ』
カインの師はそう言った。
そして、生きた知識に出会い、少しずつ遺物を理解していけと。
なので、カインにはそこまで遺物の知識がないため、床の術式も今の段階では少ししか理解できなかった。
(俺にもっと知識があれば……!)
カインはぎゅっと握り拳を作り、地面の術式を見つめた。
自分は出来るのだろうかと、この床の術式でも分からないのに、もし―
「……あったぜ」
グレンの声にはっとするカイン。
視線をグレンへと動かすと、遺物の残骸を持ったグレンの足元に、一部だけ術式が更に複雑に掛けられている四角い場所があった。
「恐らく……出入り口となる術式ですね、カインさん」
「う、うん……〈開閉〉、と、〈封印〉に近い術式、が、何重かに……」
シアやレオナ、グレンが見守る中、タルトとカインによる術式の解読が行われていた。
「あれ、そういえば、ラッタ、だっけ? あの白ネズミちゃんは?」
「腹減ったから、蛇を二、三匹つまんでくるってよ」
「蛇ってあの話に聞く
「おてんば、あのネズミは常識で考えない方がいい。っていうか、気にするな。アレは何よりも訳が分からねえ存在だ」
キョロキョロとラッタを探すシアにグレンが答え、レオナが顔を引き攣らせる。
「じゃあ、〈解錠〉を、試してみる、ね」
カインが
魔導具の鍵などを開く〈解錠〉の術式が鍵盤から床の術式に流れ込んでいく。
タルトがゴクリと喉を鳴らしながらその様子を見つめる。
すると、
「ほぎゃああああああ!」
タルトが奇声をあげて驚くほどのビィイイという音が鳴り始める。
「罠か!?」
「ち、違います! 魔力性質的にはただの音です!」
警戒するグレン達に涙目のタルトが答える。
やはりより複雑な術式で自分には解錠できなかった。
そう思いながらカインは唇を噛む。
すると、音が止み、カイン達の目の前に魔力の光で生まれた小人のような男が現れる。
『あっはっはっは! 残念! 開かないよ!』
大口を開けて笑う光の小人にグレン達は眉を顰める。
「おい、テメエ、誰だ」
『ボクの名は、フォック。よろしくね』
「おい、フォック、さっさとここをあけろ」
『さて、君たちは扉を開けることに失敗した』
「聞けよ!」
「グ、グレンさん! 多分これは術式で動く幻みたいなもので、決められた動きや言葉を話すだけです」
タルトが慌てて、グレンを押さえる。
『ばーかばーか!』
「それでも腹は立ちますけどねぇええええ!」
フォックと名乗る幻の言葉にタルトも目を吊り上げる。
『飛べない鳥か、溺れる魚か、化け物
「コイツ、何言ってるの?」
「決められたことしか言えないんでしょう? 可哀そうに。語彙量が貧困なのよ」
『いや、他も言えるよ。ブス』
「「言えるんじゃない!」」
レオナとシアがフォックの思わぬ言葉に、大声で反応し目を吊り上げる。
「嘘……反応してる? そんな馬鹿な……」
『やーいやーい! ばーか!』
「むきぃいいいい! うるっさいですよぉおおお!」
タルトが反応するフォックの言葉に怒り狂い殴り掛かる。
しかし、所詮は幻、タルトの拳はすり抜け、背中の甲羅のせいもありゴロゴロと転がっていく。
「ふぎゅぅうう……」
『ばーかばーか! さ~て、それでは、罰執行だ! 虎の尾を踏んだ愚か者に制裁を! いでよ! 兵!』
「何!?」
グレン達が身構え、周囲に意識を向ける。
『……ばーかばーか!』
「「「「何も来ないの(かよ)!?」」」」
カインはその様子を見ながら不思議な感覚に襲われた。
グレンやレオナはともかく、シアは人前では怒る時は静かに怒る。それに、タルトは人に殴り掛かる事なんてほとんどない。
「……〈
精神操作の魔法に、そういうものがあったとカインはおぼろげながら覚えていた。
会話を繰り返すことでどんどん指定された対象が憎くなり、意識がそちらにばかりいってしまう魔法だ。
「もういい……ぶっこわす!」
グレンが赤鬼らしい赤い顔を更に真っ赤に染め上げ、拳にも真っ赤な炎の魔力を纏わせて、飛び上がる。
「あ……!」
カインが声を掛けようとしたが一瞬遅くグレンの拳がフォックの頭上から振り下ろされる。
「潰れろ……!
とてつもない轟音を響かせながら叩きつけられた炎の拳。
だが、
『ばーかばーか!』
フォックは何食わぬ顔で笑い続けた。
「何やってんのよ! 赤バカ!」
「誰が赤バカだ、白バカ!」
「バカバカうるせえですよ! 五十バカ百バカですよ!」
「バカバカバカ言うな! 三馬鹿!」
フォックの〈嫌悪〉は、憎しみの感情を増幅させ、対象であるフォック以外にも矛先を向けさせた。
実際、この手の罠は他の
仲間割れを始めるほどに。
『ばーかばーか!』
フォックはゲラゲラと下品に笑い続けた。
もし、ここにこの罠の製作者がいたならば、同じように彼らの愚行を笑っていただろう。
ここまで計算通りに引っかかるなんてと。
ただし、ひとつだけ計算違いがあったとすれば。
「みんな、やめて」
「「「「はい!!!!」」」」
そんな彼らが誰よりも慕う人物がいて、その思いがもはや狂気に近いレベルだったことだろう。
仲間割れというカインにとって禁忌にも近い行為が始まりそうだったこともあり、カインの声には少しばかりの怒気が込められていた。
なので、カインの声もはっきりと四人に向けられていて、しっかり届いていた。
しっかり届けられた感情に多少の怒気があったとしても、カインから掛けられた言葉だ。
しかも、カインからの『お願い』だ。
四人は一斉にカインの方を向き、それはそれは綺麗な直立不動の姿勢を見せていた。
『ばーかばーか!』
フォックの言葉ももう今となっては空しく響くだけだったが、それでも扉を開けることは出来ないのは確かだ。
カインが困った笑顔を向けていると声が聞こえた。
「カ、カイン氏……こ、困っているようですね……」
廃棄場の入り口に一人の男が立っていた。
男は、灰色の長い前髪をたらし、隙間からギョロリと目を覗かせこちらを見ていた。
そして、可愛らしいがどこか恐ろしい金髪で青い瞳の人形を抱えていた。
「ほ、ほら~、メリーだから言ったでしょ……カイン氏が困ってるって……(裏声)ウン、ソウネ、メリーマチガッテタワ、ホラーノイウトオリダッタワ」
メリーと呼ばれた人形の声を代弁しているのかホラーと人形(代弁)から呼ばれた男が裏声で女性のような喋り方を挟みながら一人で会話している。
そして、カイン達の方に顔を上げる。
「……ほ、ほらーね、カ、カイン氏が凄く困った顔をしているよ。で、でも、大丈夫。カ、カイン氏、ボ、ボクが来たからには安心さ。あ、あの時、た、助けてもらった、ま、魔工技師の、ホ、ホラーが、お、恩返しにやってきました」
ホラーがにやりと嗤う。
「ほんぎゃああああああああああああああああああああああ!」
タルトの絶叫が響き渡る。
『ばーかばーか!』
タルトが気絶し、みんなが慌てふためく中で、フォックの言葉がむなしく空へと消え続けていた。