「きいっひっひっひ!」
「ほんぎゃああああ!」
『ばーかばーか!』
ホラーと名乗る魔工技師が笑うと、タルトが叫ぶ。
もう数度繰り返されているやりとりで、他の面々は耳を塞いでホラーを眺めている。
「で、では……カ、カイン氏。カイン氏? カイン氏!」
「は、はい……なんでしょう?」
耳を塞いでいるカインにホラーが何度も呼びかけようやく耳から手を離す。
「い、今から術式保護の術式をすり抜け、解錠を試みます故、み、皆さまにこちらを見ぬように」
「何で見ちゃいけねえんだよ」
グレンが凄むと、ホラーは身体を震わせ縮こまる。
「ひ、ひぃいいい! メ、メリー説明を! イイ!? 術式ノ中ニハ魔工技師独自ノ術式ガアッタリスルモノナノ! ソノ魔工技師ダケガ使エルトイウノハ重要ナノ! ダカラ、例エ仲間デアッテモ見セナイコトダッテアルノ!」
『ばーかばーか!』
ホラーが金髪碧眼の人形を掲げ裏声でグレンに話しかける。
「お、おう……そう、なのか? カインさん?」
「う、うん……有名な魔工技師は、大抵門外不出の術式、みたいなのを、持ってる、かな。ある一定の術式を組み込まないと変更できない術式とか……俺の、〈反射〉も悪用できないように、一部の術式を〈隠蔽〉〈保護〉してる」
カインが〈反射〉という言葉を出すとホラーが顔を伏せぶるぶると震えている。
「あ、あの……ホラーさん!」
「……! か、カイン氏! あの、〈反射〉の術式はボクも拝見しましたが、素晴らしい物でした! 震えましたぞ! なあ、メリー! ウン! フルエター!」
『ばーかばーか!』
ホラーが鼻息荒くメリーと一緒にカインに迫り、カインは別の意味で震えながら後ずさりする。
「というか、本当にコイツ信用出来るのかよ。いきなり現れてよ」
グレンが小声でカインに耳打ちする。
「……ホラーっていう腕のいい魔工技師がレイルにいるっていうことは聞いてたし、ギルド長が冒険者達を手配したっていう話もあるから、大丈夫、なんじゃない、かな?」
「そうそう、それに、タルト曰く『あまりステータスは高くない』みたいだから、何かあっても大丈夫でしょ。勿論、ステータスだけで判断しちゃいけないのは分かってるけど、カインさんの例もあるし」
「あ、あの、シア……それ、そんな、に近づかなくても聞こえてるん、だけど」
「うふ」
「アンタはもう! 油断も隙も無い!」
「ワタシだけあの人のところにおいでがないべえええええ!」
『ばーかばーか!』
「っていうか、あの幻いつまでいるのよ! いちいちうるさい……! 蹴っていい?」
どんどんとカインの元に集まってきて混沌の様相と化し始めると、グレンが溜息を吐きながら、カインを連れてホラーの元へ向かう。
「わかった。じゃあ、誰か魔工技師以外のヤツが立ち会う。見ても分かんねえからいいだろ? テメエが選べばいい」
「ひょひょ、わ、わかりました! その条件を、吞みましょうぞ! では、メリー誰が良い?……ウーンウーン、ジャア、タルトチャンデ!」
「ほんぎゃああああああああ!」
『ばーかばーか!』
メリーをいきなり目の前に差し出されタルトの絶叫が【遺物の墓場】に響き渡る。
「うっうっ……は、早く一思いにやってくださいよお」
「きっひっひ! そう焦るでないですよ~」
カイン達が背を向ける中、ホラーが鍵盤を叩く音とそれを見ているタルトの鼻をすする音が聞こえる。
「うむむ……やはり、古代ティーガ文明の術式、俺の目に間違いはなかった、くひひ」
「だからいっでるじゃないですがああ、古代ティーガ文明なんですってぇええ。さっさとしてくださいよお。変な動きしてないで、早く~っていうか、なんでわざわざ腕に鍵盤付けてやってるんですか~」
「こ、これがかっこいいからですぞ!」
「かっこよくねえんですよ! こええんですよ!」
ドンドン怒りが激しくなり始めるタルト。
まさか、フォックのせいかと思ったが、そうではなさそうだ。
フォックは無視されていると『ばーかばーか!』しか言わなくなるようだ。
「わ、わかりました! では、カイン氏の裾でもなんでも掴んでおきなされ! それで少しは安心するのでは!?」
「カインさんの!? は、はひ……」
タルトが急にしおらしくなり、カインが自分の服が引っ張られる感覚に急に襲われ、少しだけ体勢を崩す。
「ふ、ふふ……もうだいじょうぶですふふふ」
「タルト……あとで、凍らす」
「やめとけ、白いの。緑のだって頑張ってんだからよ」
背中越しに聞こえるタルトの甘えるような声に、シアが魔力を高める。
部屋の温度が下がる。
「で、では! 改めて! まいりますぞ!」
『ばーかばー』
ホラーが金色の魔力を術式に送り込むと、フォックの言葉が途中で切れ、代わりに小さな振動が起きる。
「ま、また地震なの!?」
「いや、これは多分……」
グレン達が振り返ると、床が大きな音を立てながら一部大きく口を開くようにパカリと上に開いていく。
「開いた……」
「きいっひっひっひ! あいたあいた……むむむ! い、いかん! 皆さん、体勢を低く……す、吸い込まれますぞ!」
ホラーの声で全員が慌てて体勢を低くすると開いた穴付近に向けて突風が吹き荒れる。
「こ、これは……〈吸引〉!?」
「オレ達を、引きずり込む気かよ……!」
「あ、ああああああ!」
「タルト!」
「きひ、きひひひひひひひひ、ひゃああああああああ!!!」
一番近くにいたホラー、タルト、そして、タルトの掴んでいた裾を手繰って腕を掴んだカインが穴に引っ張られる。
がくん、と一度穴の手前で身体が仰け反ると、カインはこちらを見るグレン達が見える。
三人が必死に叫んでいるが、風のせいで聞こえない。
カインは、少しでも安心させるために、にこりと笑うと……ぐらりと身体が回り、穴へと落ちていく。
仰向けに落ちていく奇妙な感覚。
視線の先にある四角い光は少しずつ閉じていっているように見える。
(罠、みたいなもの、かな)
タルトを守らなければ。
その思いでカインはもう閉じていく光に見向きもせずに身体を反転させ掴んだままのタルトの腕をぐいとひっぱる。
といっても、どこに踏ん張れているわけでもないので、カインの身体がタルトに引き寄せられる。
そして、タルトを抱き寄せるともう一度身体を反転させて自分の身体を下にする。
「か、カインさん!?」
「口、閉じて」
喋ると舌を噛む可能性もある。
最小限の言葉で伝えるとタルトはぎゅっとカインの胸元を掴み縮こまる。
「ぐっぅ……!」
どんという衝撃がカインの背中を襲う。
そして、光は完全に失われ、
「げ、へ……ひひひひひっひ! ひひひっひひ!」
恐怖のせいか狂ったように笑うホラーの声だけが響き渡っていた。