壁に沿うように並べられた鉄の人形達をカインもタルトも息をするのも忘れるくらいじっと見つめる。
鑑定士であるタルトにとって今まで見たことのない道具、いや、遺物であり、その価値は金銭的にも文化的にも計り知れない。
魔工技師であるカインにとっては、魔導具の極致といえる人型であり、自身の目標でもあると言える。
「動くか、どうか、だね」
「状態が悪い物もありますが、いくつかあの瓶のようなものに入れられているのは、綺麗な状態ですね」
並んだ鉄人形のほとんどは作りかけで、状態が悪くなっていた。
だが、その奥に控えている五つの大きなガラス瓶のようなものに入った鉄人形は綺麗な状態でまるで眠っているようだった。
「『エーテ』……古代語で【その手で求める者】ですね」
タルトはガラス瓶を支える金属部分の紋様を見ながらそう呟いた。
「タルト、分かるの?」
「え……あ、はい、単語程度ですが、それにエーテというのは、【竜の宮】でもよく物語に出る存在なんです。まあ、ワタシ達はエーテを【略奪者】と呼んでいますが」
「エーテ……」
カインがガラスに触れようとした瞬間、視界の端に黒い靄が映る。
「……!」
慌てて首を右に振ると、黒い靄は見間違いではなく、カインの方へ向かって飛んできている。
「カインさん!」
カインは咄嗟に、身体の力を抜き背中から地面に倒れ込む。
「……ぐ、ふっ」
先程タルトを庇った時に痛めた背中を更に打ち付けカインは苦悶の声をあげる。
その痛みを堪えながらカインはゴロゴロと横に転がり、靄と距離をとる。
躱しきれなかった靄に触れた部分がぶすぶすと焦げたような音を立てながら溶けていく。
(……〈腐食〉?)
靄の飛んできた方向を見つめるとそこにはにやりと顔を歪めたホラーが手をかざしたまま嗤っていた。
「きひ、うまくよけたなあ、カイン」
「ホ、ホラーさん! どういうつもりですか!?」
怯みながらもタルトは、ホラーを睨みつける。
「どういうつもりも何も、大事な俺の遺物に触ろうとするから」
「俺の? どういう、こと、です?」
「それを知る必要はない。お前は、レイル冒険者ギルドの魔工技師ホラーによって殺された低ステータス冒険者、ただそれだけだ」
ホラーは右手を掲げる、その腕には遺物らしき鍵盤が巻かれていた。
「起動」
ホラーが呟くと、鍵盤の上に大きな光の魔字盤が現れる。
「〈
ホラーが、A級の魔法使いしか使えないような魔法を唱える。
本来、長い詠唱を掛けて放たれるその魔法を、ホラーはただ詠んだだけだった。
すると、宙に浮いた魔字盤の魔字がいくつも光り始め、ホラーの前に術式の魔法陣を組んでいく。
(声に反応して!? しかも、あんな高度な魔法を自動で空中に……)
徐々に組み上げられていく魔法陣にカインは対抗する手段を考えようとするが、いい方法は思いつかない。
タルトも必死に頭を働かせているようだったが、結論が出ないのか焦点の合わない目がせわしなく動いている。
「きひ、あの時の借りは返すぞ、カイン」
ホラーがそう言うと複雑な術式によって組み上げられた魔法陣が魔素を取り込み始め、赤く輝いていく。
タルトは、もうなにも思いつかないのだろう震えながらカインの方を向き、口を開く。
「カインさん、し、死ぬ前に……ワタシは、アナタのことが」
「まだ、諦めない、で」
カインは懐から木で出来た笛を取り出す。
「その笛……その、ふえぇええええええええええ!?」
タルトが笛を見つめ、今度はさっきより大きくガクブルと震えだす。
カインが笛を口に当てる。タルトは震える。
「きひゃあああ、笛吹いて何を呼ぶつもりだ!? こんな地中に、もぐらか、ねずみか? ばあああああああああああか!!」
カインが吹いた笛がまるで合図のように、ホラーの前の猛々しく燃える火球がカイン達を襲う。
「カインさん! そ、それ、【空間転移の笛】ぇえええええええええええええ!」
カイン達の目の前に『穴』が生まれる。
その『穴』から現れたのは一匹の白い巻き毛の『|土竜鼠』だった。
「カイーンヌ! 私の出番か!? この貴族の私の!」
ラッタである。ラッタは自分の数十倍ある蛇の肉を抱えながら現れた。
そして、目の前の大きな火球を見て、あんぐりと口を開ける。
「なんと、
まだ昼前にも関わらずそう叫ぶラッタは口を更に大きく開き、火球へと飛び込んでいく。
そして、火球は吸い込まれるように、いや、吸い込まれた。ラッタの口の中に。
「けへ?」
ホラーが目の前で起きた出来事が信じられず間抜けな声をあげる。
「うむ! 美味なり!」
ラッタが赤い魔力のゲップを吐くという貴族らしからぬ行為をしながら満足そうに腹をさする。
「そ、そんな馬鹿なぁあああああ!?」
ホラーの身体がブルブルと震え始め、カインの持つ笛を見つめるタルトもガクブルと震え、ラッタが持ってきた蛇の肉もビクンビクンと震えた。
「む!? く、クサい! カインヌひどいぞ! こっちにも臭いヤツがいるではないか! 助かったと思ったのに!」
今度はラッタが鼻を両前足で挟みながらカインに詰め寄る。
「こっちにも?」
「おやあ? なんだか見たことのある魔法を使ってるヤツがいるね☆」
ラッタの現れた『穴』から声がする。
「……メメ?」
「そうだよ、カイン☆ 君の愛しのメメさんだよ☆」
桃色髪のメメが『穴』から現れる。
「いや~、あのネズミちゃんを見つけて追いかけてたらこの『穴』に入っていくからついてきたんだけど、カインに会えるなんてラッキー☆ ついでに、盗人君にも会えるなんて」
「盗人? 誰が?」
「それについては、『彼』に会えば分かるよ☆ ほら、来なよ」
メメが『穴』に向かって手招きをすると、黒衣を身に纏った『ホラーにそっくりの』男が現れる。
「おま……!」
震えていたホラーが『ホラーにそっくりの男』を見て身体を硬直させる。
「君は……」
「き、きひ……は、『はじめまして』カィ……さん……ぁ、ぁの時助た……けて頂ぃた、マ、マ……ット=ホ……ラ……ーです」
声が小さくてよく聞こえなかったが、こっちが本物のホラー君らしいとカインは読み取った。