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三部25話 おめかしお姉さんとこわいおにいさんは正体をあかしましたとさ

 ラッタが慌てて懐に潜り込むのを気にしながらカインは、後から現れたもう一人のホラーと名乗ったような気がした(小声で聞こえなかった)青年を見る。


 見た目は、先に現れたホラーとそっくりだ。

 ただ、なんとなくではあったが、こちらの方が本当の事を言っている気がした。


「君が本当のホラー君?」

「ち、違います」


 否定された。

 カインは、突然の否定に、う、と声を詰まらせるが、その様子を見たホラーであることを否定した青年がもごもごと何か言いたそうにしている。


「まあまあ、話はあとで。ひとまず、あっちにいるこの彼そっくりの男は、偽物よ☆ 化粧師の私が言うんだから間違いない☆」

「化粧師!? メメさん、化粧師なんですか?」


 突然ホラー(らしき人物)が増えて混乱と恐怖で立ちすくんでいたタルトがメメの言葉で我に返る。


「うん、メメは、化粧師、なんだって、すごいよね」

「す、凄いですよ! ワタシ初めて見ました!」

「ふっふーん☆ でしょでしょ☆ 冒険者ギルドの監査役であり、職業ジョブ化粧師のメメさんなのです☆ その化粧師の勘が言っています! アイツは化けた偽物だって。な~の~で、私が化けの皮を剥がしてあげましょう☆」


 メメは、人差し指を立てながらポーズをとる。


「けひ! 化粧師如きに何が出来る!」

「化粧術『強化・紅』」


 メメが魔力を宿らせた指を身体に奔らせると、身体中に光る紋様が刻まれていく。


「すごい……綺麗……」

「魔工技師、と、化粧師、は、ちょっと、似てる、よね。化粧師の、化粧術、は、魔力の紋様を身体、に、刻む。魔工技師、は、魔道具に術式、を設置する」


 紅く光る揺らめく炎のような紋様が強く輝いた瞬間、メメの身体が一瞬膨張したように見えたかと思うと、メメの姿が消える。


「はあ!?」


 遺物の鍵盤を構えていた偽物と呼ばれたホラーは呆気にとられる。

 すると、紅い線がぐるりと偽ホラーの背後に回り現れる。


「はあい☆」

「な……!」


 偽ホラーが後ろを振り返ろうとするが、身体が動かないことに気付く。


「手足、動かないから、気を付けてね☆」


 メメの言葉を聞いて手足に目をやると、黒く太く塗られた線がぐるりと塗られていた。

 それに気付くと、腕と足に異常な重さがのしかかってきて動けなくなる。


「ぐ……おい、これを解け!」

「はあい☆ じゃあ、その前に元の姿に戻りましょうね~☆」


 メメが懐から取り出した鏡が淡い光を放ち偽ホラーを包み込む。


「魔導具『ヒガタ』、真実の姿を映せ☆」


 偽ホラーが光に包まれると、メメは振り返り、カインにウィンクを飛ばす。


(あれは……俺が術式を書き換えた……)


 カインはウィンクするメメ本人から持っている鏡へと視線を移して、『灰かぶりの夜』にヒガタと呼ばれたあの鏡の術式を書き換えたことを思い出す。


「あああああああああああああ!」


 が、その思い出を辿る前に光の中から絶叫が聞こえる。

 そして、現れたのは、身体の至る所が酷いやけどを負ったように爛れたカインにとっては忘れられないあの男だった。


「ウソー、か?」

「カイン……! カインンン! そうだ! お前に地獄に落とされたウソーだ!」


 ウソーが右腕を突き出すと、さっきまであったはずの指が三本なくなっている。


「見ろ! お前のせいで、右手が使い物にならなくなった! お前のせいで!」

「それ、は、俺のせいじゃない。あんたのせい、だろ。捕まって、逃げて、ここまで……」

「お前たちがいるとは思わなかったがな! これもご先祖様の思し召しか! お前に復讐しろと言うことなんだろうな!」


 ウソーが焼けただれた顔で口から泡を吹きながら叫んでいる。


「で、化けてカイン達の所に潜り込んだわけだ」

「そう! お陰で目当てのものが手に入ったよ! それに……女! 失敗したな! さっきの光で、手足の化粧もとれたわ! 放て! 〈火球〉!」


 遺物の鍵盤に叫ぶと、再び目の前に光の術式が組まれる。

 〈轟炎〉よりも遥かに簡単な術式の〈火球〉は素早く組まれ魔素を集め、メメに向かって放たれる。

 メメも、再び身体を跳ねさせてカインのところへ戻る。


「ま、いっか☆ ひとまず取り戻したし☆」


 メメの手元にはヒガタの鏡とは違う鏡がある。


「……な! いつの間に! 返せ!」

「返せってひどいなあ☆ これ、私のだよ。ヌルドでなくした私の鏡……どうやって手に入れた?」


 その瞬間、場が凍り付く。


 今迄聞いたことのない声でメメがウソーを責めるように問いかける。

 その圧に押されたのかウソーは二、三歩後ずさりをする。

 しかし、そこで踏みとどまりぎっと睨みつける。


「……知らん。知らんな! いや、知る必要はない! お前らはここで死ぬのだから! 虎の遺物に勝てると思うな! さあ、絶望に顔を歪ませろ! 怯えろ! 泣き喚け! 〈火雨〉!」


 再び赤い術式が組まれていく。

 雨のように火の矢が降り注ぐ〈火雨〉に、あわてて、防御態勢をとる。


「き、君も……え?」


 カインがホラーと名乗る青年を庇おうとすると、青年の身体はぐらりと揺れ崩れ落ちる。


 倒れた青年は目に輝きがなく、青白い顔で身動き一つしていなかった。


「ほんぎゃああああ! し、死んでる!?」


 タルトの絶叫にも何の反応も示さない青年は確かに死んでいるように見えた。


『い、いえ、死んでいません』


 どこかから、頭に直接響くような声が聞こえる。

 声の出所は……ウソーの腹からのようだった。


「は、はあああああああ!? ま、待て! どういうことだ!」


 ウソーは慌てて身体を確かめる。

 意識がそちらにいったせいか〈火雨〉の魔法陣は消えてしまっている。


「彼の仕業ね☆」

「彼? ホラー君? メメは、彼を、知っているの?」

「勿論、仕事する場所付近の有名な冒険者の情報は頭に入ってるわ☆ カインは聞こえてなかったみたいだけど彼はホラーじゃなくて、マコット=ホゥラィー。世にも珍しい魔導具に憑依する魔工技師なのよ☆」


 ウソーの中からはみ出ている半透明のマコットに全員が驚く。

 いや、正確に言えば、ウソーの持つ遺物の鍵盤からマコットが出てきたのだが、ウソーが右腕を身体に沿わせていた為に、身体から出てきたように見える。


「う、うそぉおおおおおおお!?」


 そして、ふわりとマコットは自身の身体と繋がれた黒い糸に引っ張られるように戻っていく。

 その様を見ながらウソーは呆気に取られているが、ふと腕のあたりにザリザリとした感覚が。

 ウソーが下を見ると、遺物の鍵盤から黒い虫の足のようなものがいくつも生え、暴れている。


「うそぉおおおおおおおお!?」

「きひ、こ、構造はいまいち分かりませんでしたが、メインの術式まで入り込み滅茶苦茶な術式刻んでやりました。こ、これが僕の術式なのです……」


 戻ったマコット=ホゥラィーは、何事もなかったかのようにゆらりと立ち上がり、気味の悪い笑顔でカインにサムズアップしていた。

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