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三部26話 嘘吐きおじさんは嘘みたいな夢が叶いましたとさ

 マコット=ホゥラィー。

 レイルの冒険者ギルドに属する魔工技師であり、魔導列車の責任者の一人である。

 大陸の西側の出身で、東では使わない独特の技術で魔導具を製作、管理を行う。

 特に彼が得意とするのは、魂に近い存在となり魔導具そのものに入り込む。

 そして、製作、修理、或いは、改善をするという技術であった。

 普通の魔工技師が破れないような防護術式を搔い潜ることも出来、逆に、強力な防護術式が貼れる。

 しかし、生来の人嫌いにより、王都での仕事がうまく行かず、レイルの魔導列車の朝晩の点検を主な仕事となり、レイルの街で暮らすことになる。


「ってのが、私の知ってるマコット君の情報かな☆ 多分、ウソーはそれを知っていて利用したんだと思うけど、まさか、外に出てくるとは思ってなかったんでしょうね☆」


 マコットが慣れないサムズアップのせいか下ろし処を見失って、そのうち腕がぷるぷるし始める。

 その時、来ていた黒い衣の袖から鵞鳥の刻印の入った腕輪が見える。


「それ、鵞鳥、と、杖………もしかして、【鵞鳥の魔女】の……」

「けひ、そ、そうです……ボ、ボクは【鵞鳥の魔女】出身の魔工技師でして」


 【鵞鳥の魔女】は昔居た『あの工房』と競い合う程の工房であった為、カインも良く知っていた。


「んぐああああああああ! くそ! くそ! 大人しく部屋に引きこもっていればよかったものを! しかも! なんだ! またお前が原因か!? カイン!」


 ウソーが悪態を吐きながらカインに向かって叫んでいる。


「さて、もう終わりかな☆ 頼みの遺物はどっか行っちゃったみたいだし☆」

「……まだだ! 古代ティーガ文明の最高傑作はまだここにある!」

「その鉄人形のことかな~☆ それが最高傑作だなんて、とてもそうとは思えないけど。」

「何も分からぬ化粧師は黙っていろ! 【エーテ】よ! 今こそ貴様らの凄さを見せつける時だ!」


 ウソーは、転がるように、エーテと呼んだ鉄人形のそばにある台座に向かう。

 そして、己の少ない指を噛み切ると血を垂らしながら、叫ぶ。


「……まさか!? や、やめなさい!」


 メメが、ウソーの行動を察したのか今までの余裕ある態度とは打って変わって、ウソーに向かって叫ぶ。


「もう遅い! さあ、伝説に聞くエーテよ! 過去の恨みを、憎しみを晴らす時が来たぞ! このウソー=フォクシオンの、古代ティーガの血を継ぐ者が貴様に命じる! 起きろ!」


 ウソーが叫ぶと台座がゆっくりと明滅し始める。

 それはまるで、心臓のよう。


「カインさん、なんかあれ……物語とかで見る悪魔の儀式みたいじゃ……」

「……く! 止める!」


 カインが慌てて駆け出すと、それに驚きながらもマコットも術式を組み立て始める。

 カインは、〈風矢〉、マコットは〈腐食〉でウソーを狙う。

 タルトもまた、すぐに反応し、魔法筒マジックチューブから〈火球〉の魔法を放つ。


「ひ、ひやあああああ! ふ、腐食!!!!」


 自身が放ち跳ね返されたせいで受けた腐食に怯え、ウソーが屈みこむ。

 すると、台座の前に、一体の鉄人形、エーテが立ちはだかる。


「な!?」


 エーテは、三つの攻撃を受けた。にも拘わらず、身体には傷一つついていなかった。

 そして、何事もなかったかのようにウソーの方へ振り向く。


「血液による魔紋認証完了。本家ではないがティーガの血脈の者と確認。貴方に問う。貴方は『母』か?」


 ウソーは一瞬呆気にとられたが、はっと我に返ると勢いよく頷き始めた。


「そ、そうだ! は、母! お前たちの生みの親といってもいい! 俺の先祖がお前たちを生み出したに違いないのだから!」

「……了解。では、永遠の命と強い肉体、それを与える程の秘術を望むか?」


 その言葉を聞くと、ウソーはニヤリと笑い、ゆっくりと頷く。


「望むとも」

「了解。では、〈マネス〉を実行する」


 エーテは、鉄で出来た手をウソーの胸に当てる。


「へ? な、何を!?」


 ウソーが目を見開いて驚き、エーテを見上げると、当然エーテは鉄仮面のまま何も答えなかった。

 そして、ウソーの体中に術式が浮かび上がる。


「か、身体中に術式が……ど、どういう魔法なんでしょうか?」


 タルトがカインに向かって問いかけるが、カインも首を横に振ることしか出来ない。

 そもそも術式があまりにも細かく複雑で読み取ることが出来ないのだ。


「あ、あれは……た、多分、に、『人間の術式』です」


 近くにいたマコットが小さな声でつぶやく。

 しかし、それが妙にはっきり聞こえ、カインが振り返る。


「『人間の術式』?」

「ぼ、ボクは、魔導具にしか憑依出来ない、と言われてますが、実は、人にもしようと思えば出来るんです。で、でも、あんな風に凄い量で複雑で入った瞬間、き、気持ち悪くなるから……」


 カインは再びウソーを見る。


 人間の術式?


 聞いたことがない。


 であるならば、人間も術式で出来ているのか?


 魔導具と同じように?


 人は道具?


 そもそも術式とは?


 いや、人が術式で構成されているならば、もしかして……




「ぎゃああああああ!」




 ウソーの叫び声でカインはハッと我に返る。

 ウソーを見ると、ウソーの身体に浮かんだ術式の光がエーテの方へ流れていく。

 術式自体が移るわけではない身体の表面にはいまだに術式が残っている。

 ただただ、光がエーテに吸い込まれていくのだ。

 そして、光の移動がおさまるとウソーの身体から術式は消え、崩れ落ちる。


 一瞬の静寂。

 そして、崩れ落ちたウソーが震えはじめる。


「ひひ、ひ、ひはははははは!」


 ウソーが崩れ落ちたまま笑っている。


「なるほどなるほどなるほどなるほどおおおおお!」


 ガバッとウソーが起き上がる。興奮しているのか、鼻息荒く、息も切れている。


「はあっはあ……もし、もし! もう一人自分が居たら、と思ったことはないか?!」

「え……?」

「俺は思ったね。そして……かなうことはないと思っていた。……さっきまでな!」

「まさか!?」


 ウソーがゆらりと立ち上がりこっちを見ると、全く同じクセでエーテもこっちを見てくる。


「しかも、鉄で出来た身体を持つ俺が俺の代わりに全て行ってくれる! 俺の望むことを!」

「〈模写〉の術式……? しかも、人間で?」


 カインはココルから魔導具の術式を模写する方法があるとは聞いていた。

 しかし、人間も同じように出来るとは聞いていない。


 しかも、あの速度で?


 完璧に?


 カインは混乱する頭を押さえ、ウソーの方を見る。



 エーテがこちらに歩いてくる。

 まるでこちらの恐怖を煽るようなその動き。

 無表情の鉄仮面があの男のようにイヤらしく嗤っているように見える。


「俺の分身、エーテよ。俺の、いや、お前も大嫌いなカインを、殺せ」

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