ミーテ、キーテ、イーテが広がった瞬間、カインは見た。
三体の身体とエーテを繋ぐ光の線があり、それが切れたところを。
「多分、あのエーテが親玉! で、三体にも術式が共有されていると思う!」
「ほんぎゃああ! あの三匹も模写出来るってことですか!?」
「け、けひ……た、多分、親玉エーテが模写する力を持っていて、そ、それを共有しているだけ。な、なので、親玉エーテさえ気を付ければ、こっちの模写はされない、と」
「ま、どっちにしろこの鉄人形達もあの男そっくりで厭らしいってわけね☆」
「あと……」
カイン、タルト、マコット、メメは背中合わせになりながら、三体の鉄人形を警戒する。
「はははあ! 心配するな、お前らのような低ステータス者の模写なんてするか!? ふう~……あ~、楽だ。俺は高みの見物で、お前らの足掻くさまを楽しめるなんて。エーテ、お前は俺を守れ。カインはミーテ、キーテ、イーテ、お前らでやれ!」
ウソーの言葉に従うように、三体の鉄人形がカイン達を囲み、じりじりと詰め寄る。
少しずつ近づく鉄人形達が無視できない距離になった為、カイン達は意識を完全に鉄人形達に向ける。
「ふーっ! ふーっ! 怖いか、カイン? 遺物の、人形と、戦うのは……!」
静かな空間の中で、ウソーの荒い鼻息だけが空気を乱すように聞こえる。
その奇妙な静寂を破ったのは、カインだった。
「行く、よ!」
カインはミーテとイーテの間に向けて駆け出す。
その先には、ウソーとエーテがいる。
グレン並みのステータスを持つミーテ・イーテは当然カインの進路に簡単に間に合い、塞ぐ。
しかし、互いの間合いまで遮るわけにはいかないので、当然腕二本程度の間が空く。
その隙間を見逃さずカインは、彼らの腰よりも低く構え、〈潤滑〉によって滑り込む。
その先には、エーテが待ち構えていた。が、鍵盤から起こした〈風〉によって体を強制的に左へと飛ばす。
〈潤滑〉によって何の抵抗もなく直角に曲がるカインをエーテも流石にとらえ切れず、不格好に振り下ろされた拳は地面に叩きつけられる。
地面に罅が入るが、拳には何も影響はなかったようで、エーテは再びカインに襲い掛かろうとする。
「ま、待てエーテ! お前は俺の近くに居ろ! ミーテ、イーテお前らで奴をやれ!」
慌ててウソーがエーテを止め、ミーテ、イーテに指示を出す。
「く!」
カインは、素早い動きで飛び込んでくる二体を待ち構える。
もう一度二体の間を潜り抜けることは出来なくはなさそうに見える。
が、あまりにも不自然に隙間が空いている。
恐らく、ウソーの思考だろう。罠だ。
カインは、タルトたちの居る方からは離れるように〈風〉と〈潤滑〉で滑走しながら移動する。
「……! ぐぶ!」
しかし、ステータスの差は大きかった。
あっという間に、逃げた側に近かったミーテに追いつかれ、振り向いたところに一撃。
腹に拳を受け身体をくの字に曲げ、声が漏れる。
急ぎで薄く張った〈石壁〉によって多少勢いの落ちたはずの一撃だったがカインは崩れ落ちる。
そして、蹲るカインに二体がそれぞれ両手を組み振り下ろす。
カインの心を折るように、ゆっくりと一撃ずつ加えていく。
「はあっはあっは……あはあ……カイン! 痛いか? 苦しいか? それが、俺の、味わった苦しみだ。お前の、存分に、味わえ!」
ウソーがエーテの陰に隠れながら息を切らせながら笑っている。
「ずいぶんと楽しそうね」
ウソーが声のした方を振り向くとキーテと向き合っているタルトとマコット、その二人に隠れながらメメがこちらを見て苦々しげな顔で睨んでいる。
その顔を見て愉悦に浸りながらウソーはわざとらしく両手をあげて溜息を吐く。
「俺としても心苦しいんだがね。だが、アイツは俺を裏切った。だから、これは罰だ」
「嘘言わないで! あなたが! カインを裏切ったんでしょう!」
「俺はアイツの為を思って、試練を与えただけだ。そう、ティーガの民はそうして育てられてきたからな」
「ティーガの民? い、一体なんの話よ!」
メメは、タルトの手をとり身体を震わせながらウソーに問いかける。
「ひひ、お前らのような、阿呆には、理解できないだろうが、俺はな、古代ティーガ文明、その流れを汲む、彼らの血を引く者、ひひひ、なんだよ。フォクシオン、俺の先祖は、偉大なる王、ティーガに仕えた賢者だったと、俺は、おやじに教えられた。だから、お前も、ひひひ、誇り高く生きるのだと。俺は、子供だましの下らない話だ、そう思っていたが……」
ウソーはメメから視線を外し、殴り続けられているカインの方を向きながら笑う。
「ひ、ひひっひ! カインに、ひひひひ、復讐する為に、ここに来て、驚いた。おやじの語った物語の世界が、ここにあった! はふう、あったんだよ。ティーガの刻印の入った真っ白な城が! 術式が! エーテが! はあああ~……そして、理解した。俺が、ティーガの、意志を継ぎ、世界を統べる! はあはあ、この俺の考えに準ずる、エーテ共を使って」
ウソーは、はあはあと気持ちの悪い呼吸を繰り返しながらニタリと笑う。
「ティーガは、そんなことを望んでいるのかしらね」
「はっはっは! ティーガを知らないお前が言うか! まあいい、お前たちが、俺の王国の最初の礎、生贄だ。魔工技師に、化粧師、そこの海人族は鑑定士だろう? 後方支援や、生産職の無能の低ステータス者で、最強たるエーテは壊せない!」
「嘘つき☆」
「は?」
ウソーは呆気にとられる。
メメが今までの焦った様子とは打って変わって楽しそうに「嘘つき」と言った。
それが予想外でもあったのだが、それ以上に驚いたのがタルトの背後から現れたメメの両手が黒く染まっているのだ。
「後方支援や生産職、確かに戦闘向きじゃない☆ でも、カインやタルトは戦闘向きじゃないにも関わらず、冒険者として生き延びてきた☆ マコットは、レイルの冒険者ギルドからS級魔巣に派遣されてきた☆ それは彼らが有能だから☆ そして、そんな有能な低ステータス者が、これまた、本来戦闘向きではないけれど、ステータスを上げることに特化した化粧師によってステータスを上げられたとしたら、どう?」
その瞬間、目の前にキーテの姿が飛び込んでくる。
「お、俺を守れ! エーテ!」
その声に反応しエーテが割り込み、二体の鉄人形のぶつかり耳をつんざくような金属音が響き渡る。
余りの驚きに荒い息をしながらウソーはエーテの背後から顔を出し、状況を確認する。
キーテは右腕を無くした状態で地面に転がり、その先には
「か、風の魔法筒を、パンチの勢い付ける為に、使うなんて、けひ、す、すごい……」
マコットが片頬を引くつかせながら笑っている。
タルトは、ゆらりと左の拳を引くと魔法筒を逆手に持ち帰る。そして、右手からキーテの腕を離すと、腰に差した魔法筒を逆手で引き抜き身体の前で交差させる。
「カインさんを……いじめるなっ!」
魔法筒から風が放たれ、背中を押すようにグンとタルトの身体をカインの元へ運ぶ。
そして、その勢いのまま、両手をミーテとイーテの後頭部に思い切りぶつける。
ゴインという鈍い音、そして、壁に衝突する音が聞こえ、二体の鉄人形は頭を壁にめりこませる。
「う、ウソだろ……」
あんぐりと口を開けたウソーは見た。
タルトの両腕に描かれた蛇の尾、背中の甲羅に描かれた怒りに満ちた蛇の顔を。
「化粧術『強化・玄』☆ さ~て、反撃開始しちゃいましょうか☆」
「い、いや、もう、終わってます、大体。ですよね、カインさん」
「……う、ん! マコット!」
ボロボロのカインが鉄の破片をマコットに投げる。
それはカインが攻撃を受けながらも砕いたミーテとイーテの足の先だった。
マコットはそれを受け取ると、道具袋から取り出した三つの人形を地面に並べる。
その人形に受け取った鉄の欠片と、キーテの右腕からもぎ取った指を差し入れる。
更にマコットは、魔字が並べられた巻物を広げ、指を魔字から魔字へとすべらせる。
長く伸びた爪には青みがかった黒が塗られており、首の周りや顔にも同じような色の模様が見える。
「化粧術『強化・橡』。……どう、マコット?」
「け、けひひ……魔力が高まってます……す、凄いです。三体に分けて、いけそうです!」
マコットの身体から黒い魔力が溢れている。
その様子を見たウソーは声を荒げる。
「はあああ! マコットだ! マコットをやれ!」
ギギギと身体をきしませながら、三体がタルトやカインを無視し、腕や足先がないままマコットに飛びかかろうとする。
「けひ、お、遅い。〈
飛びかかる三体の人形の顔部分が奇妙な金属音をたてながら潰れていく。
ミーテは上半分を、キーテは両側面を、イーテは下顎から貫かれたように。
潰れた部分はどれもマコットの指先、青みがかった黒に染まっていた。
「う、ウソ……」
「そう、嘘ね☆ 全然最強じゃないもの☆」
三体の鉄人形が倒れると、ウソーの目にメメが映る。
メメは黒く染まった指先を舐めながらウソーを見て、笑っていた。