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三部29話 嘘吐きおじさんは嘘を吐いていましたとさ

 メメが黒く染まった指を舐める様子をウソーが睨みつける。

 そして、その光景を見ながらカインは焦っていた。


(早く終わらせないと……)


 カインが飛び込む直前にメメから聞いた話を思い出していた。



「今からかける化粧術は効果が12分。それを過ぎたら反動で12分動きが鈍るから」

「え!? そうなんですか? じゃあ、メメさんも?」

「12秒の術とかもあるの。ただ、他の人にかけるには手間が大きいし、効果が弱いかも」

「じゃ、じゃあ……12分で戦闘不能、もしくは、戦意喪失させないと……」

「グレン並みのステータス、なら、深入りは危険、だね」



 ウソーの慎重さによって親エーテを破壊することは出来なかったが、三体のエーテは戦闘不能にできた。

 それでも、この状況はカイン達にとって難しい状況となっていた。


 恐らくウソーでなければ地上への扉は開けない。

 しかし、ウソーの傍には未だ一体のエーテがいる。


「はあああ、参ったな、どうも」


 その言葉を放ったのはウソーだった。


 そして、大きなため息をつきながら口を開いた。


「こうなったからには仕方ない。……正直に話そう」


 ウソーがカイン達を見回しながら語り掛ける。

 その眼は先程迄の愉悦に歪む表情ではなく、何かの覚悟を感じるような剣呑さを感じさせた。


「俺はな……魔工技師じゃあないんだ」

「は?」


 タルトが声を零す。

 その口をパカッと開けた状態を見てウソーは口元だけを歪ませて笑う。


「まあ、そういう反応になるよな。正確に言えば、本職は、魔工技師じゃあないんだ……盗賊だ。」


 急激にピリッとした空気が流れる。

 盗賊は、戦士や魔法使いに比べ強いイメージはない。

 だが、紛れもなく戦闘職だ。

 今、この場にいる人間の中で最も戦闘に向いている。


「意味は、伝わったみたいだな。さあ、エーテ、猿芝居は、もうやめだ。叩き潰そう。俺の言葉は、聞かなくていい。お前の思う通りに動いて、殺せ」


 その瞬間、エーテは恐ろしい早さの横っ飛びを見せた。


 その先にいるのは、マコットだった。


 マコットの正面で着地したエーテは右拳を引き絞る。

 咄嗟に両腕を盾のように構えたマコットだったが、衝撃は真横からやってきた。

 エーテは不格好に左の足を振りぬきマコットを蹴り飛ばしていた。

 右拳を打つ構えから繰り出した蹴りなので、勿論体勢は滅茶苦茶だった。


「ははっはあ……バランスも悪い適当な蹴り。ただ、エーテの力だとこうなるか」

「ぐ、ううぅうううう……!」


 マコットは壁に叩きつけられ、血を吐き、痛みに藻掻いている。


「マコット!」


 メメが叫ぶ。次の瞬間、メメもまたわき腹から後ろにかけて重い衝撃を感じ吹き飛ぶ。

 エーテが不自然な体勢からヒップアタックのような形で飛び込んでいた。


「はっはっはあ、尻で突き飛ばすとか傑作だな!」


 ウソーがひいひい言いながら笑っているのを見てタルトは歯をぎしりと噛みしめる。

 メメの方へ視線を動かすと、メメは壁に頭からぶつかったようで、頭から血を流し動かない。


「おっと、死んだか。なら、好都合だ。下手な時間は、やるべきじゃない。俺が、お前らから、学んだことだ」


 慌ててカインとタルトはメメとマコットの傍へ駆け寄る。

 無防備なままで倒れる仲間を庇う。

 当然の動きだ。

 しかし、ウソーにとって、そして、ウソーの思考を模写したエーテにとっては、願ったりかなったりの状況だった。


 エーテは、魔力の光を放ち始める。


「術式!? あの鍵盤と同じ……!」


 ウソーが言葉を発しただけで術式を組んだあの鍵盤のように空中に術式が組まれていく。

 カインはその術式を読み解く。


「〈氷弾〉だ!」


 氷の大きな弾がいくつも放たれる。

 カインとタルトがマコットとメメに被さり守ろうとする。

 一撃一撃が重く、カインは自分の身体の中で何かが砕ける音が聞こえ、タルトも甲羅から嫌な音がし顔を青ざめた。

 氷弾が尽きた頃、カイン達の居た場所は見るも無残な状態になっていた。

 何か所も砕けた壁、見える場所は紫に膨れ上がったカインと、ボコボコの甲羅で震えるタルト、戦闘不能と戦意喪失、カイン達が目指したものがそこに横たわっていた。


「……さて、お前らを、殺す。もう時間はやらない。これ以上暴れられても困るんでな。上の奴らも殺す為には」


 エーテが震えるタルトを持ち上げる。

 カインが手を伸ばすが、ハエを潰すかのようにバチンと叩き落とす。

 タルトが持ち上げられるとそこにはマコットがいた。

 死んだように動かない。

 あれだけ痛みを堪えるように藻掻いていたのに。


(何故動かない? いや……もしかして、動けない?)


 ウソーは、自分の考えさえも疑い一つの答えに辿り着く。

 マコットのあの奇妙な技だ。


(まさか! また魂になった? 氷弾で庇われている隙に移動した? どこだ? どこに?)


 ウソーがマコットを探すために見回すと、ウソーが捨てた遺物の鍵盤が目に入る。

 マコットと同じように死んだように動かない。

 先程迄あんなに虫のような足を出して暴れていたのに。


「まさか!」

『カ、カインさん! ななななんとか元に戻せました!』


 マコットの声が頭に響く。

 そして、魂のままのマコットが遺物の鍵盤から現れる。





 遺物の鍵盤を直した?


 何のために?


 決まってる。


 使う為にだ!


「エェエエエエエエテ!!!! カインとマコットを先にやれ!!!!!!!」


 ウソーとそっくりの思考であるエーテもすぐに理解したのだろう。

 タルトを捨てて、カインに掴みかかろうとする。


 その時、ウソーは見た。


 カインの紫に腫れた胸元から白い光が飛び出すのを。




「ラッタ! あの遺物を!」

「まかせたまえ! カインヌ!」


 カインの懐からラッタが飛び出す。


 風のように駆けるラッタは、エーテの足の間をすり抜け、マコットが暴走を止めた遺物の鍵盤へと向かっていく。

 ラッタの白い身体が魔力を放ちながら進み一本の光の線が作られる。

 その真っ直ぐ引かれた線が突如として途切れ、光の中から遺物の鍵盤を抱えたラッタが、カインの方を向いて叫ぶ。


「カインヌ! とったぞ!」

「ラッタ! それをこっちに!」


 ラッタが口にくわえ直し自分よりも大きな鍵盤をカインの元へ届けるべく走る。


「馬鹿が! 的が大きくなっただけだ!」


 ウソーの言葉に同意するようにエーテが広範囲魔法の術式を組み上げる。

 あっという間に組み上げられた術式によって放たれた魔法は〈氷弾〉の上位魔法〈氷塵〉、小さく鋭い氷の礫がラッタとエーテの間を埋め尽くす。


「ラッターーー!!!」


 タルトが叫んだその瞬間、


 ピー!


 それは笛の音だった。


 その時、ラッタの前に『穴』が現れた。


 そして、ラッタはその中に消え……カイン達の目の前に生まれた穴から飛び出してくる。


「持ってきたぞ! カインヌ!」

「ありがとう、ラッタ!」

「頭撫でられを求むぞ! ……後でな!」


 カインの腕の中で遺物の鍵盤を抱えた巻き毛白ネズミは誇らしげに胸を張った。

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