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三部30話 こわいおにいさんは本気で笑いましたとさ

 【鵞鳥の魔女】は有名な魔導具の工房だった。

 勿論、優れた魔導具を生み出す事でも有名だったが、それ以上に訳の分からない玩具を多く生み出していたことの方が知られていた。

 長である【鵞鳥の母】は、何にも縛られることなく作りたいものを作っていた。

 その自由な発想に感銘を受けた自由な魔工技師達が彼女の元に集まった。

 ただただふわふわした羊の人形や、天井に夜空の幻を作るもの、また、工房名にふさわしく鵞鳥の玩具は多かった。

 手で持つと離れなくなる鵞鳥、突っつき続ける鵞鳥、水の上を泳ぐ鵞鳥、ただただ五月蠅い鵞鳥等本当に何の意味もないただの玩具のようなものが多く作られた。

 だが、そんな自由な工房がマコットは大好きだった。

 工房の合言葉があった。長の口癖であり、みんなの口癖となっていた。


「本気で、遊べ」




 マコットは、その言葉を思い出しながら長の次に尊敬しているカインの姿を見つめる。

 身体は至る所が〈氷弾〉により紫に腫れている。

 それでも、前へ進む意志はカインの眼に宿り続けていた。

 巻き毛白ネズミから遺物の鍵盤を受け取り、ウソーとエーテに立ち向かっていく。


「ボク、も……!」


「囲、め! 〈岩檻ロックプリズン〉!」


 カインは自分の鍵盤とは逆の腕に付けた遺物の鍵盤に向かって叫ぶ。

 すると、カインの前に、何重もの術式が組まれ、あっという間に魔素を吸い、上級魔法が行使される。

 エーテの立っている辺りの床から岩の柱が生え、横にも伸び、格子状の岩の箱がエーテを囲む。


「これで、形勢は逆転、した、だから、降伏してほしい」


 カインはウソーに向かって出来るだけ優しく話しかける。


「はあ……下らん。エーテ、砕け」


 ウソーがそう呟くと、エーテが人間離れした動きで暴れまわり、岩檻をどんどんと砕いていく。


「いいか、お前らが、どんなに、足掻こうとあのエーテには、勝てない。その理由だけは教えてやる。あのエーテが、俺の思考を、模写した。あれが、親エーテだ。お前らの予想通り、あのエーテが、親となり、子であるエーテ達に、模写した思考等の術式を、送る。使い捨ての子とは、重要度が違う。特別強化、されてるんだよ。お前らは、絶対に俺とエーテを倒せない」


 ウソーの言葉が終わると同時にエーテが岩の檻を脱出する。


「上級魔法を、こんな、簡単に……?」


 カインが驚きを隠せない表情でつぶやく。

 そして、鍵盤を付けた両腕をだらりと下ろし、顔を俯かせる。


「ひと、思いに、やって、くれ」


 カインがそう言うと、ウソーはニヤリと笑い口を開く。


「いやだね」


 その言葉にカイン達は目を見開く。


「そんなもん、嘘だろ? 不用意に飛び込んで、その、もう一つの鍵盤と、アイツの魔導具で、ズドン。そのつもりだろう。気付いていないと思ったか? ……カイン、お前が、遺物の鍵盤で魔法を使いながら、もう一方で術式を組んでいたのなんてお見通しだ」


 ウソーは見ていた。

 カインが腕に付けた遺物の鍵盤に向かって叫びながらも、逆の腕に付けた鍵盤に何かを打ち込んでいたことを。

 そして、元の身体に戻ったマコットもまた術式を組み込んでいたことも。


「嘘が下手だな、カイン。そんなんじゃあ、役者にはなれねえな」


 ウソーの言葉にカインは諦めたように苦笑いを浮かべる。


「そう、だね。役者にはなれない。俺は、本当に、演技が下手だから。『嘘を吐いた振りの演技』も出来ない」


 カインは、片方の端だけ上げた口を大きく開く。


「マコット! 行くよ!」

「は、はい! 閉ざせ! 〈静謐ヒトリシズカ〉」


 マコットの組んだ術式はウソーやエーテではなくカイン達に向かって黒い靄となって飛んでいく。


「なんだ!? 補助魔法か!? なら、本命はカインか!」


 ウソーがカインの方を向くと、カインは手の中に隠していた小さな鵞鳥の人形を取り出す。

 それは【鵞鳥の魔女】の有名な玩具で、工房の弟子たちが皆持っているというモノだった。


「制限解除! 歌え! 【歌う鵞鳥シンギング・グース】」

「は! そんな玩具で何が出来る! 何をどうやってもエーテは壊せない! エーテ! やつらをこ……!」


 ぐわぐわぐわぐわぐわぐわ!!! ぐわぐわぐわぐわぐわぐわ!!!

 ぐわぐわぐわぐわぐわぐわ!!! ぐわぐわぐわぐわぐわぐわ!!!

 ぐわぐわぐわぐわぐわぐわ!!! ぐわぐわぐわぐわぐわぐわ!!!


 ウソーがエーテに命令しようとしたその時、鵞鳥の鳴き声が響き渡る。

 耳が潰れるかのような大音量はウソーの声をかき消した。


「……―テ! カ……を……! こ……!」


 エーテは動かない。

 ウソーの命令が届いていないのだ。


(馬鹿な! あの玩具でそんな音が……さっきのカインの術式は制限解除……あの玩具の音量をぶっこわしたのか!? だが、無駄だ! エーテの思考は俺と同じなんだ、なら!)


 エーテはウソーからの命令が来ないことを確認し、最もウソーに近い思考を選択する。

 カインに向かって駆けだした。


(お前を殺し、他を殺す! それが俺の考え! エーテやってしまえ!)


 エーテが盗賊らしい動きで飛びかかる。

 上から振り下ろす手刀がカインの肩を狙う。

 が、カインから僅かに外れた場所に振り下ろされる。

 エーテは少し止まったが、すぐさま横薙ぎに再び手刀を振り、今度はカインの側面にガードされながらも当てる。

 しかし、再び少し停止してしまう。


(なんだ、エーテの動きがおかしい……?)


 その様子を見て、マコットは震えていた。


『【歌う鵞鳥】持ってる、よね? アレ、ほんの少しだけ〈魔法阻害〉の効果がある、から、使う』


 先程〈氷弾〉を受けながらカインはそう言った。


 マコットは知らなかった。そんな使い方があるなんて。


 ただの玩具だと思っていた。


 カインはそのただの玩具を遊びつくしたのだ。


 そして、別の遊び方つかいかたを見つけていたのだ。


(この人は、十通り使い方があるものを百通りで『遊ぶ』んだ! 知る為に!)


 軽く吹き飛ばされたカインは、マコット達に視線を送り、口を開く。

 鵞鳥が鳴いていて聞こえない。

 けれど、その口が何と言っているかは分かった。


『このまま作戦通りに』


 カインはボロボロだった。しかし、笑っていた。

 マコットも笑っていた。


 不可能と言われたエーテとウソーに勝つ。そのことに本気でワクワクしていた。

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