鵞鳥の歌が空間を埋め尽くす。
カイン達もエーテも決定的なダメージを与えられないまま消耗戦が続く。
ウソーは命令を叫ぶことを諦めた。
(やかましい歌も永遠に続かない。エーテに攻撃もほとんど効いていない。なら、俺は待てばいいだけだ)
そう思い高みの見物を決め込んだウソーだったが、冷静になれば見えてくるものがある。
(……カインのヤツ、アイツの鍵盤で何か打ち込んでいるのか?)
カインが遺物の鍵盤で身体強化を自身に掛けて戦っていたが、その一方で少しずつ自分の鍵盤で何かの術式を刻んでいるようだった。
(まずい! 何かは分からないが、アイツらの小細工は油断できない!)
「エー……! カイ……の……ば……を! う……え!」
(くそ! やかましい! 忌々しいあの歌さえ止まれば……!)
そんなウソーの願いが通じたのか、突如、鵞鳥の歌が止まる。
「……! マコット!」
カインが叫ぶ。
マコットが青い顔をしてじっと俯いている。
(きた! 待っていたぞ! この時を!)
本職ではないとはいえ曲がりなりにも魔工技師であったウソーには分かっていた。
玩具であったとしても魔導具は魔導具。
鍵盤や魔法筒のように動かす為には魔力が必要となる。
ましてや、音量の制限を壊し、あれだけの大音量を流すとなれば少しの魔力で済むはずがない。
マコットは魔力を使い過ぎたのだ。
「エーテ! カインの鍵盤を奪え!」
エーテがその言葉に即座に反応し、カインの元に飛び込む。
カインもマコットに気を取られていたのか、エーテから距離を取ることが出来ず、接近を許してしまう。
エーテは鍵盤を奪い、ウソーへと渡す。
しかし、そこに誤算があった。
(ちい! バカが! 俺と同じ思考ならカインの鍵盤の方を奪えよ!)
エーテは遺物の鍵盤を奪ってウソーの元に持ってきたのだ。
もし、エーテがウソーの視点で全体を見ていればウソーの思考を模写している以上、謎の術式を刻むカインの鍵盤を奪っただろう。
しかし、逆に、ウソーがエーテの立ち位置で戦闘に参加していれば機能に優れた遺物の鍵盤を奪ったに違いない。
そこに違いが生まれてしまったのだ。
(まあいい! 俺がこの鍵盤で魔法を放って、アイツ諸共、鍵盤も潰せばいいだけだ!)
「これで! はあ……! 終わりだ! 〈轟炎〉!」
ウソーの嘲笑うような声の絶叫は響き渡り、そして、広がり消えていった。
先程のような恐ろしい熱を放つ火球は現れなかった。
「な、なぜ……! まさか! 制限をかけたのか!?」
ウソーはカインに向かって目を剥きながら問い掛ける。
『現代の』鍵盤は、未だ声に反応するものはなく、手で魔字を打ち込み術式をつくる。
遺物の鍵盤は、その現代が到達していない技術が使われている。
しかし、先程カインがやっていたように手で入力も出来る。
(そうであれば、入力の術式の場所と構造は想像がつく!)
カインはそう考え、遺物の鍵盤の奪取に賛同した。
そして、簡単に使えないよう、自分の鍵盤で声入力の術式に制限術式を掛けた。
術式設置は理屈では難しくない。
鍵盤に決められた魔字を決められた順番で打ち込むだけだ。
ただし、カインのように『様々な状況に対応し、止まったり打ち間違えを気付き直したりしながら、うちこむ』ことが出来ればの話だ。
ウソーにその技術はない。
戸惑いの時間が生まれる。
そして、その前のエーテが鍵盤を奪う時間。
さらに、エーテに「鍵盤を奪うよう」命令する時間。
その短い時間が集まり時間が生まれる。
一言が木霊する。
「エーテ! 一番近くにいる人間を殺せ!」
それは、ウソーの声だった。
「は?」
そして、これもウソーの声だった。
(誰だ、今の声は!? いや、それより待て! エーテの一番近くにいる人間? 俺だ!)
ウソーが顔面蒼白になり、エーテの方を向く。
エーテもまたこちらを見ていた。
鉄人形であるエーテは勿論無表情だったが、
(あれ? こんな顔だったか?)
ウソーは少し歪んだ鉄仮面を見て、死神が笑っているようだと思った。