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三部33話 嘘を吐いてる嘘吐きおじさんも笑いましたとさ

『エーテ! 一番近くにいる人間を殺せ!』


(は? 何を言っている?)


 ウソーは驚いた。


(俺は! 今、何と言った?)


 口を動かしていないにも関わらず、ウソーの声が、自分自身の声が聞こえたのだ。

 信じられないと目を見開くウソーが正面を向くと、更に信じられない光景がそこにあった。


(俺が……居る!?)



 ウソーの目の前に、ウソーがいたのだ。

 それは鏡のようにそっくりで、しかし、表情は全く、真逆。


 驚愕と笑み。


 ウソーは汗を流した。

 もう一人のウソーは頭から血を流していた。


「驚くなよ、俺☆」


 声は間違いなく、ウソーだ。

 しかし、その振舞い、気に障る声の出し方、それは……メメのものだった。


「お前……化粧師か!」

「おいおい、俺の方を見てる場合じゃないだろ☆」


 偽物のウソーが笑う。

 ギギギィ! と軋む音が聞こえる。

 エーテが今まさに腕を振り下ろそうとしている。


「ひゃああああああああ!」


 ウソーは身体を捩りなんとか躱す。

 しかし、躱しきれず肩が抉れ悲鳴をあげる。


「あぐう! はあ、はあ……くぅうう! お、おい! エーテ、やめ……!」


 ぐわぐわぐわぐわぐわぐわ!!! ぐわぐわぐわぐわぐわぐわ!!!

 ぐわぐわぐわぐわぐわぐわ!!! ぐわぐわぐわぐわぐわぐわ!!!

 ぐわぐわぐわぐわぐわぐわ!!! ぐわぐわぐわぐわぐわぐわ!!!


 ウソーの叫びは鵞鳥の歌声によってかき消される。

 ウソーが首を横に向けると、マコットがあの玩具を掲げている。

 魔力にはまだ余裕があるように見える。


(さっきのは、嘘か!? 命令する為の停止!)


 エーテが再びウソーとの距離を詰めようと迫る。


(なんとかしなければ、死ぬ! ……そうだ!)


 ウソーは真っ白になった顔をカインに向け、笑いながら自分の手を地面に向け魔力を放つ。


(〈吸引〉! カイン! お前が『一番近い人間』になってしまえ!)


 カイン達を地下に引きずり込んだ魔法を再び行使しようとする。

 〈吸引〉はウソーの得意な魔法で、こっそり物を盗み取ったり、戦いに敗れ逃げる者を持っているナイフへと引っ張り込んだりとウソーは気に入ってよく使っていた。


 しかし、今は何も起きない。

 ウソーの望む残酷な結末は迎えられそうにない。



(何故だ!?)


 ウソーは自身の手を見つめるが、それも一瞬のこと。

 風がウソーの頬を撫でた。

 エーテの手刀だった。

 歌う鵞鳥による魔力阻害によって脳天からは外れたが、強か肩に打ち込まれる。

 身体の中から響く破砕音であった為、ウソーにはよく聞こえた。

 そして、鵞鳥の歌声でかき消され誰にも届かぬうめき声をあげる。


(と、とにかく! ヤツを足止めして考える時間を!)


 ウソーは手動制限のかかった鍵盤を叩き始める。

 今、ウソーが頼れるものはこれしかない。

 しかし、思ったように動かずウソーは焦る。

 その上、エーテを封じる程の複雑な術式を組み込まねばならず、術式設置特有の頭の中をかき混ぜられるような感覚に久しぶりに襲われ、脳が揺れる。

 徐々に自分が打つべき術式を思い出すことも困難になってくる。


 吐き気は増す。


 それでも、手を止めるわけにはいかない。


 鍵盤の下、床に赤い点が見える。


 血だ。


 ウソーは鼻から血を流していた。


 頭の激痛がそのまま流れ出すかのような鼻血にウソーは死を覚悟する。


 術式設置による死か、エーテによる死か。


「う、うあ、うわああああああぁぁ……」



 無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ。

 でも、やらなきゃ終わる。


 ウソーは必死で鍵盤を叩き続ける。

 けれど、進まない。

 ウソーは人を騙し、手柄を掠め取ることで成り上がってきた。

 魔工技師としての実力はそれでも騙せる程度にはあった。

 もしかしたら、真面目に学んでいれば、別の未来があったかもしれない。


 けれど、もうそんな未来はこない。


 いや、未来自体がもう来ないかもしれない。


 這いずりながら逃げる。そして、声をあげ続ける。エーテに止まってもらうために。


「エー……! やめ……! 俺……! 偽……!」


 多くの人を騙し、貶めてきたウソーの言葉はエーテには届かない。


(嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! こんな終わり方! 俺は王に! 王になるんだ! そうだろう!)


 顔を上げると、そこには『彼』がいた。


 嘘吐きの彼が。


 嘘吐きの彼に化けた彼女が。


 笑っていた。


 騙し貶められた彼を。


 彼女は口を動かした。


 彼には聞こえた、気がした。


(嘘を吐いた罰だ)


 それは誰への嘘か。

 友人を騙した最初の嘘か。

 父を捨てたあの嘘か。

 パーティーを崩壊させたあの時の嘘か。

 山賊仲間を売った時吐いた嘘か。

 魔工技師として客を騙した沢山の嘘か。

 それとも、あの黒髪のぼーっとした魔工技師を陥れた、あの嘘。


「ごめ……さ……! 助け……!」


 謝罪の言葉も助けを乞う言葉ももう誰にも届かなかった。


 そして、一人の嘘吐きの人生は、今までの長い戦いが嘘のように一瞬で終わりを迎えた。

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