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三部34話 親切おにいさんも笑いましたとさ

 時は少し遡る―


「……あの人に関してはそういうことで簡単に。でも、エーテを倒すのは難しいです。だから、メメさん、あの男に化けて命令できませんか?」


 じりじりと近づく三体のエーテと向き合いながらタルトは小声で言った。


「……出来る、と思うわ。ただし、時間がいるわ☆ しかも、気付かれたらおしまい」

「分かりました。三人で三体を倒しましょう。メメさんは援護を。そして、何とか意識から外れて化ける」

「オッケー☆」


 カインとマコットも小さく頷く。


「鑑定の結果、恐らくマコットさんの攻撃が一番強いです。メメさん、マコットさんの魔力強化、次にカインさん、そして、私の身体強化を」

「わかった☆」

「けひ、が、頑張ります」

「いや、俺はやめてほしい」

「「「え?」」」


 カインに対しみんなが思わずカインの方へ振り向く。

 カインが話を続けながらも視線はエーテ達から外さないことに気付き、慌てて向き直り耳だけカインの話に傾ける。


「はあ~……分かりました。じゃあ、カインさんが囮。ワタシとマコットさんで倒します」

「わかった」

「はーい☆」

「は、はひ」

「そして、その後ですが、こちらの命令を聞かせる状況を作らねばなりません」

「それは、俺に、考えが。マコット……【歌う鵞鳥】持ってる、よね? アレ、ほんの少しだけ〈魔法阻害〉の効果がある、から、使う。そして、音量制限を外して騒がせる」

「なるほど。ではそれで。次善策として、遺物の鍵盤も回収を。マコットさん直せます?」

「で、出来ます」

「で、回収自体はラッタさんにお願いを。あの笛があれば大丈夫かと。あとは、とにかく連携してエーテの行動を制限し、こちらに意識を向けさせましょう」

「タルト」

「なんですか? カインさん」

「君がいてくれてよかった」

「ほぎゃ……!?」



 少しずつ近づく鉄人形達が無視できない距離になった為、カイン達は意識を完全に鉄人形達に向ける。


「ふーっ! ふーっ! 怖いか、カイン? 遺物の、人形と、戦うのは……!」


 静かな空間の中で、ウソーの荒い鼻息だけが空気を乱すように聞こえる。

 その奇妙な静寂を破ったのは、カインだった。


「行く、よ!」





 そして、カイン達の『作戦』は始まり、長い戦いを経て終わりを迎える。


 歌う鵞鳥に魔力を込めるのをやめたマコットはふらつく。


「だ、大丈夫ですか!? 今、魔法薬を!」

「け、ひ……ありがと、ごじゃいます……でも、今は……カインさんを」


 そう言われ、タルトはカインへと視線を向けるが、手は魔法薬を見つけマコットへと渡している。


「大丈夫……カインさんなら、大丈夫です」


 カインは、『彼』の元へ向かっていた。


 傍らに倒れる嘘吐き。

 その傍にいる『彼』の元へ。


 しかし、彼の思考は、カインを標的と定めたようでグルンと振り返るとカインの元へ駆け出そうとする。


 カインは……ラッタから再び渡された遺物の鍵盤を構えて呟いた。


「〈岩檻〉……!」


 エーテの周りに再び岩の檻が現れるエーテはその檻を壊すために暴れまわる。


「ラッタ……ありがとう。あとは、見守ってて」

「うむ! カイン必ずあとで頭を撫でるのだぞ!」


 カインに頼まれた仕事をやり遂げたラッタは少し名残惜しそうにカインの傍を離れる。

 ラッタは、偽ウソーであるメメの『命令』が聞こえた瞬間、誰よりもエーテに向かって駆けだし、誰よりもエーテの近くで期を見計らっていた。

 ラッタは鼠であり、人間ではない。

 エーテは認識していても攻撃することはなかった。

 そして、ウソーが偽ウソーを見つめ何事かを呻いて動きが止まった瞬間、遺物の鍵盤を奪い、カインの元へ駆けていったのだ。


「メメ、頼むよ」

「出来てるぜ☆ 化粧術・翠」


 カインの首から耳にかけて鮮やかな緑の吹き抜ける風のような模様が描かれている。

 そして、翠の光を放ちながらカインの頭の中へ潜り込んでいく。


「うん……いけ、そう」


 カインは、遺物の鍵盤と、自分の鍵盤をカインには珍しく地面に置き叩き始める。


「〈接続コネクト〉」


 二つの鍵盤から伸びる光の線は岩の檻を壊し続けるエーテと結びつく。


「〈接続〉、よし。〈精査スキャン〉」


 カインの言葉に応えるように、エーテの身体が輝き、無数の術式を浮かび上がらせる。

 カインの目はめまぐるしく動き続ける。

 そして、少し目を閉じ、


「よし」


 カインはそう呟くと、エーテの方を向き、


「君を、元に戻すお手伝いを、させて、もらいます」


 カインは両手でそれぞれの鍵盤を豪雨のような音を鳴らしながら叩き始める。

 タルトは祈るように両手を合わせながらカインを見つめる。

 そして、あの時を思い出していた。


『鑑定の結果、恐らくマコットさんの攻撃が一番強いです。メメさん、マコットさんの魔力強化、次にカインさん、そして、私の身体強化を』

『わかった☆』

『けひ、が、頑張ります』

『いや、俺はやめてほしい』

『『『え?』』』

『俺への、化粧術は、出来れば、エーテの〈模写〉したウソーの術式を、解くために、使いたい』

『頭の回転を良くする化粧術……あるにはあるけど……』

『もし、俺が失敗して、使わざるを得なくなったら、使ってもらっていい……でも、ギリギリまで、俺を信じて、もらえない、かな』

『はあ~……分かりました。じゃあ、カインさんが囮。ワタシとマコットさんで倒します』

『わかった』



 タルトはあの時、呆れていた。

 カインは、この人は、どこまでいっても、と。

 遺物の墓場前、ジーズォの石像の所でタルトが物への愛着を語った時も分かってくれていた。


(今、ワタシに出来ることはカインさんが成功すること……そして、失敗した時に、どうするかの策を練ることだ)


 タルトはカインを見つめながらも彼女自身もまた頭を回し続けた。

 そのタルトの横でマコットは魔法薬を口に含みながらカインを見つめていた。


(い、今、ボクがエーテの中に入っても邪魔になるだけだ……カインさん……やっぱりあの人を、ボクは信じられる。ボクは……あの人になりたい!)


 マコットはカインの魔工技師としての技術を全て盗もうと瞬きも忘れカインを見続けた。

 メメは、カインの後ろで笑っていた。


(お人よしだ……本当に君はお人よしだ……ずっと、ずーっと君は変わらない……! さあ、見せてくれ! 君の起こす奇跡を! 物語の幸せな結末を!)


 カインは笑っていた。


 頭はひどく冴えている。


 下り坂を駆けるあの感覚だ。


 足が先に回るように、手が暴れているのを必死で操る。


 頭が考えて打っているのか、身体で覚えた手が打っているのか。


 ダダダダダダダダッ!!!!


 雨の歌が聞こえる。


 全てを洗い流すような豪雨の歌が。


 エーテの暴れ岩を砕く音さえも呑み込むような繰り返される轟音。


 鵞鳥も驚くような大合唱が聞こえる。


 雨は降り続ける。


 これまでの全てを洗い流すために。


 鉄人形は少しずつ大人しくなっていく。


 そして、




 ダダダダダダアンッ!!!!!!




 雷のような、虎の咆哮のような音が鳴り響き、静寂が訪れる。


 動く者はいなかった。


 エーテは檻を破っていた。

 しかし、もうエーテは動かない。

 ゆっくりとバランスを崩し、カインの真横に倒れ込む。


 汗でびっしょりになって化粧も落ちたカインは倒れたエーテをのぞき込む。

 ぽたりと落ちた汗の雫が鉄仮面を伝って落ちる。

 鉄仮面には反射して映る黒髪の汗だくの冴えない笑顔の男がいた。


「……おやすみ」


 地下に降るはずのない雨が止み、遠くで光が差し込んだ。

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