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三部35話 ツールも笑いましたとさ

「カインさん!」


 カインの耳にグレンの声が聞こえる。

 術式設置プログラミングによる頭への反動もあり、汗だくで疲れ果てたカインは幻聴かと思った。


(ちょっと、眠い)


 カインがふらりと倒れそうになった瞬間、大きくて赤い掌がカインの腕を掴む。


「グレ、ン……久しぶり……」

「カインさん……ごめん……僕は……いつもカインさんの役に……」

「ふふ……グレン、口調が昔みたい……大丈夫、いつだって、君には助けられてるよ……」


 カインは泣きそうなグレンの顔を見て、そういえば今の自分は汗だくだし、血塗れだし、紫に腫れてるし、見たら怖いよなあ、と思った。


「けど、どうやって、下に?」

「俺様があけておいたぜ☆」


 ウソーに化けたメメが、グレンの駆けてきた方からやってくる。


「この男の身体なら開けられるみたいだな☆」

「驚いたぜ。知らねえヤツがいきなり蓋を開けて出てくるからよ」

「いや~、みんながコイツのこと知らなくてよかったぜ。知ってたら、襲い掛かられるところだったぜ☆」


 そう言って笑う偽ウソーを見て、カインも弱弱しくだが、笑った。

 カインとマコットはグレンに抱えられながら、タルトはメメに肩を借りながら落ちてきた穴の所へ向かう。


「タルト……大丈夫? なんだか難しい顔をして……」

「へ? あ、ははは……あ、いや、だいじょうぶ、です」

「も~、タルト。おっさんに肩を借りるのがそんなに嫌か~☆ じゃあ、カインさんに化けてやろうか☆」

「カインさんに……あ、じゃあ、是非、なんちゃって」

「残念、一番強力な変化だからな☆ 十二時間戻れないんだ、これ」

「も~、じゃあ、聞かないでくださいよ~!」


 入ってきた穴には鉄で出来た梯子があった。

 落ちる時には気づかなかったが、カイン達が向かった反対方向に付いていたらしい。


 その梯子を昇ると、そこには祈りを捧げ続けるレオナが居た。

 レオナは、潤んだ瞳をこちらに向け、ほっとため息を吐く。


「レオナ、ただいま……」

「カイン……よかった。本当に戻ってこれたのね……」


(『本当に』……?)


 目に涙を浮かべながら微笑むレオナ、いつもカインに向けるお転婆はなりをひそめていた。


「ひとまず、治療をしましょう。さっき、シアの回復も終わったから」

「シアの……?」


 カインがレオナの後ろを見ると、シアが寝転がっており、その近くで何人かの冒険者が様子を見ていた。


「どうした、の……? あと、彼女、たちは……?」

「レイルの街の救出部隊の人たちだって。シアは……カイン達が閉じ込められたあと、急に人が変わったみたいに、その蓋に魔法で氷柱をぶつけてあけようとして、狂ったように魔法を放って、その、魔力枯渇に近い状態で倒れたの、でも、もう大丈夫」

「カイン、さん……?」


 カインはよろよろとシアの元へ近づく。

 冒険者に支えられシアがゆっくりと頭を起こす。

 怖いほどに澄み切った目がカインを見つめる。

 そして、ふっと笑う。


「よかったよぅ……生きてて……カインさん……!」


 目にいっぱいの涙を浮かべ泣きじゃくり始めるシアは、もうカインの知っているシアだった。


「あの……か、カインさん!」


 カインが振り返ると、大柄な男の冒険者がぴーんと真っ直ぐに立っている。


「あれ……貴方は……」

「……! は、はい! 俺、私、は! あの時助けてもらったアントンです!」


 カインは覚えていた。

 泣いている道具屋の娘から行方不明になった冒険者の話を聞き、ラッタとその仲間たちと一緒に魔巣に潜り込んだ時の事を。

 アントンは、そのカインの様子に泣き笑いの表情を浮かべながら口を開いた。


「お疲れのところ、申し訳ありませんが! 一緒に来ていただきたいところがありまして! お願いできますでしょうか!」

「来ていただきたいところ?」

「あ~、カインさん、おてんばに簡単に治療してもらったら、行ってくれねえか。流石に、可哀そうだからよ」


 カインは首を傾げながらも、言われた通りレオナの治癒を受け、アントンに背負われどこかに連れて行かれる。

 カインは肩を借りるだけでいいと言ったが、アントンがどうしてもと譲らなかったし、周りの冒険者達も一緒になって担ごうとしたので仕方なく折れた。


 連れてこられたのは【遺物の墓場】の入り口だった。


 もう随分と懐かしい感じがした。

 そこを出ると〈反射〉の範囲外に出られたようで、空気が変わったような爽やかさが広がる。

 風も優しく吹いている。

 その先に、彼女はいた。


 無表情で立っていた。

 けれど、どこか泣いてそうな怒ってそうな喜んでそうなごちゃまぜの感情を持て余しているようだった。

 黒と白の入り混じった髪の『美女』がそこにいた。


「ココル」


 アントンに下ろしてもらいカインがココルの元へ向かおうとすると、それよりも早く、もしかしたらラッタよりも早いんじゃないかという速度でココルが飛び込んでくる。

 そして、グレンのような力でカインをぎゅっと抱きしめる。

 カインよりココルは小さいので、ココルの顔がカインの胸に当てられる。

 てっきり何か話をするのかと思っていたのに、押し付けられるように当てられカインは困惑した顔でココルの白と黒の混じった髪を見る。


「ココル」

「カイン様、あの、絶対に」

「うん?」

「絶対に、覗かないでください。私の顔を。今は、ちょっと……覗かないでください」


 ココルは、魔導具であり、魔工具ツールだ。

 なので、無表情だから見てもいいのではと思ったが、ココルにはこだわりがあるらしい。


 でも。


「か、カイン様!?」


 カインはココルを引きはがし、顔を持ち上げた。

 なんだか無性にココルの顔が見たかったのだ。


 カインにしては珍しい、相手の嫌がることをやっていた。


 ジタバタするココルの顔を両手で優しく添えて持ち上げる。


 やはり無表情だった。


 けれど、少しあたたかくて。


 カインが無理やり持ち上げたせいか、少し口角が上がっていた。


 それが、なんだかうれしくて。


 カインは笑った。


 ココルは無表情だったけど、多分、笑っていた。


 そして、暴れるココルと笑うカインを見て、追いかけてきたみんなも笑っていた。

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