【魂帰る場所】、【命の海】、【記憶の河】、【夜の国】—
其処は様々な名で呼ばれる死者の帰る場所。
ウソーと呼ばれる男だった魂は此処に辿り着いた。
河のように流れる光の粒の中に落ちた魂はゆっくりと流され、徐々に削られていき球体に近づいていく。
(ああ……なんだここは……記憶が……消えて……)
削られていく度に、記憶がフラッシュバックされ、ウソーの魂の中で記憶が溢れ出していく。
遺物の墓場での戦い
地震が起きたと思ったら、牢の扉が外れ、逃げ出したこと
忌まわしきカインを騙そうとして人生を転落し始めたこと
知識のない馬鹿供を騙して大金をふんだくって過ごした魔工技師時代
山賊としての限界を感じ、仲間を売って生き延びたこと
罠に嵌め、殺し、犯し、奪い、生きてきた山賊時代
一度吐いた嘘で呆気なくパーティーが崩壊し、それが言葉に出来ない程の快感だったこと
真面目で誠実な仲間達に囲まれそれなりの日々を過ごしていた冒険者時代
嘘を吐き、父の歪んだ願いから逃げたこと
口八丁で、それなりの女と付き合い、それなりの友と、それなりに過ごした青年時代
金持ちの子供に嫉妬し、初めて嘘を吐き、騙し、奪い取ったこと
父親の古代ティーガと『母』の話
そして……
それは、ウソーの記憶ではなかった。
同じように流れる魂の記憶か
ウソーの魂の古い記憶か
漆黒の城だった。
壁の隙間からは魔素と思われる光が奔っていた
目の前に四人、自分と同じように傅いている。
真正面に大柄の獣人の男、その隣に海人族の女、逆側に
ひりつくような圧を互いに出しており、汗が止まらない。
近くにいる眼鏡をかけた猿人も、黒衣を纏った魔導士らしき女も、真っ黒な肌の魔族も、みなどことなくその四人に怯えていた。
しかし、その四人の奥にいる『その方』だけは微笑んでいた。
いや、微笑んでいるような気がした。
そちらに顔を向けることが出来なかった。
向けることさえ烏滸がましい気がした。
『よい、皆の者、面をあげよ』
誰もが聞き逃すことのないであろう美しく、恐ろしく、澄んだ声でゆっくりと顔をあげる。
その顔を見て、
「……そうか、ふは」
はははははははははははははははははははははは!
笑っていた。
もうその記憶はどこかに消えた。
これ以上は見てはいけない。
見せてやっただけ感謝しろ、と言わんばかりに。
ふっと消えた。
そうか! だからか! あの方があそこに居たから!
『母』が!
我らの『母』が!
願いを叶える準備が整ったのだ!
我らの出る幕ではないのだ!
エーテは俺のいう事を聞かなくなったのは、そういうことだったんだ!
ただの魔導具如きで、エーテを誤魔化し、ティーガの、フォクシオンの血を引く俺を出し抜けるはずがなかった!
あの方が望んだのだ!
俺の死を!
全ては動き始めていたのだ!
魂は、光の河を流れる。
自身の光の中に小さな黒点が再び生まれてしまったことに気付かずに。
(見ろ、『鳥』が、魂を啄み連れて行った! 無駄な事を! 『魚』は、一匹欠伸が出るほどゆっくりと泳いでやがる。『竜』は此処にはこれまい、あんな化け物は)
俺だ! 俺だ! 俺だ!
俺が『母』を蘇らせたのだ!
はははははははははははははははははははははは!
ふっと光の河から、笑う魂が落ちた。
……は?
落ちるという表現があっているのか。
上も下もなくただ廻る世界に。
魂は河の流れから外れ、飛んでいく。
その先には炎と黒い靄があった。
(何故だ! 何故神は、俺を、いや、『母』を否定する! 何故、俺が……!)
魂は、炎と黒い靄の反対にある光の河を視た。
輪の形で流れる光がそこにあった。
河はいつのまにか上下か、裏表か、反転し、繋がり、流れ、変わり続けている。永遠に。
永遠に。
永遠に。
永遠に。
時折、こちらに同じようにやってくる魂や、雲のようにぼんやりと浮かぶ淡い光の中にふわりと飛んで行く魂がある。
(まあいい。いずれ『母』が神となる。その時、俺は蘇り、お前ら神から何もかもをだまし取ってやる! それまで、おぼ……あ、あが……ぎゃあああああああああああああ!)
魂は炎に呑み込まれ、黒い靄にかき回され、河で流れ落ちることのなかった『黒』が消えるまで、罪を償い続けることになる。
光の河は流れ続ける。
上も下もなく、表も裏もなく、正しいも間違いもなく、ただ流れ続け、繰り返されていく。
永遠に。
永遠に。
永遠に。