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三部38話 親切おにいさんは小さな手を掴みましたとさ・前編

 その日、レイルの街の名物である魔導列車は運転休止となった。

 事故であわや運転休止となりかけた時、街の人々や乗客はカンカンになって怒っていた。しかし、今日はそんな様子は全くない。

 むしろ、歓迎していた。


 魔導列車が動き出す。

 人々が歓声を上げる。

 街の人々は誰も乗っていない。

 けれど、魔導列車が初めて走った日よりも大きな歓声が街を満たす。


 そして、大合唱が始まる。


「あのたす! あのたす! あのたす!」


 魔導列車には六人と一匹の冒険者が乗っていた。


 魔導列車の上に取り付けられた台の上に立ち、人々に手を振っている。

 髪も肌も真っ白な美女は、優雅に。

 黒衣の青年は、小刻みに震えるように。

 優しい笑みを浮かべた金髪の美少女は淑やかに。

 甲羅を背負う少女は、元気いっぱいに両手を。

 赤い肌の大柄な男は、少し頬を染めながらゆったりと。

 白い巻き毛鼠は、小さな前足を一生懸命に動かして。

 黒と白の髪が混じった美女は、隣をじっと見ながら。

 そして、


「おい、あの黒髪の男は、何をしたんだ?」


 素足のままで息を切らしながらやってきたバリィは近くにいた男に問いかける。


「ああ、あの人かい? あの人はとんでもねえことをしたんだよ!」


 あの人と呼ばれた、黒髪のぬぼーっとした男、カインは困ったような笑顔を浮かべ小さく手を振りながら、隣に居るココルをちらっと見た。


 ココルが【遺物の墓場】にやってきたあの日、とにかく大変だった。

 シアとレオナとタルトがココルに噛みつき、何故か揉め始めた。

 それを好機と離れた瞬間、他の冒険者達にもみくちゃにされた。


 冒険者達はレイルの街からやってきた冒険者達だった。

 自分たちを「あのたす」だと名乗った冒険者達は、皆カインに助けられたり、カインに憧れていた者達だった。

 レイルの冒険者ギルド長から、カイン達の助けにと依頼が来た時、その依頼は争奪戦となった。

 結局、救出隊と、その隊長が選んだ何組かで向かうことになったのだが、その後急展開を迎える。


『カインが、地下に閉じ込められて出てこなくなった』


 その知らせを受け取ったギルド長が破格の緊急依頼を出してきたのだ。

 それもまた争奪戦が起きた。

 というより、依頼なんて関係ないととにかく助けに向かおうとする冒険者パーティーが溢れた。

 大騒動となった冒険者ギルドだったが、飛び出していった娘ルゥナを追ってやってきた領主ルマンと、少ししょんぼりしたギルド長シキによって、何とか収められ、貢献度の高く実力のあるいくつかのパーティーが向かった。


 そう、【遺物の墓場】に向かってきたパーティーは誰もがカインが死ぬくらいならば自分が身代わりにと決死の覚悟でやってきた冒険者達だったため、カインの無事を見て、まずは、仲間たちが再会を喜ぶまではと我慢に我慢を重ねていたのだ。

 それが爆発し、胴上げまで始まり、治癒士であるレオナに怒られた。


 そして、レイルの街に帰還するとそこでもまた冒険者、だけでなく、街の人々によるとてつもない『お出迎え』が行われた。

 ヌルド国王の来訪以上かもしれないとルマンに言われ、あの人それ聞いたらスネるかもなとカインは苦笑した。


 【遺物の墓場】は【遺物の工場】と名を改め、ヌルド王国での管理が決定した。

 高ランク冒険者達が警備をし、名のある学者達が調査することになった。

 そして、歴史的発見という事で、病に伏せている国王に代わりやってきたヌルド王国の宰相から表彰までされてしまった。


 そして、騒ぎが落ち着き始めたある日、カインはみんなを呼び出し、みんなへ感謝を伝えるねぎらいの場を設けた。

 そして、あることを伝える為に。


「あの、みんな、本当に、ありがとう。本当にみんな、に、助けられた。それで……あの」


 カインは怯えていた。

 今から伝える言葉はカインにとって、一度最悪の結果を迎えたものだったからだ。

 カインは、震える身体を無理やり押さえ、つばを飲み込み、顔をあげた。


 グレンが、シアが、タルトが、レオナが、マコットが、ココルが、こっちを見ていた。

 ラッタ一匹、食事に夢中だったのが、少しカインを楽にさせた。


 もう一度、あんなことが起きたら。


 カインの顔から笑みが消え、俯いてしまう。


「カイン様」


 ココルの声が聞こえる。


「『ココル』というあなたがくれた名前はどこかの国の言葉でしたよね」


 『傍にいる』という意味らしい。


 カインが付けた名前だった。

 カインはこの言葉が好きだった。

 確か、師匠から教えてもらった言葉だったはず。


『寄り添うんだよ、魔導具は。中心にあるんじゃねえ。支えるんだ、魔導具は一生懸命生きてる奴らを。だから、ココルってな、傍にいようぜ』


 カインは笑った。

 そうだ、傍にいたい。

 困った人の傍に。

 悲しみを受け止めてあげたい。

 前へ進む勇気をあげたい。

 隣に居てあげたい。

 俺がしてもらったように。


「あの! みんな! 俺と、パーティーを」

「「「「「「喜んで」」」」」」


 みんなが笑っていた、ような気がした。

 カインは目の前が良く見えなくなっていて、はっきりとは分からなかった。


 そして、その申請を冒険者ギルドにしに行った時、シキから言われたのだ。


「君たちのパーティーを、S級に推薦したいと思う」






「は? い、今、なんていった?」


 バリィは目を見開き、男に聞き返した。


「だから、レイルの街で初めてS級パーティーが生まれたんだよ! めでたいよなああ!」


 S級パーティーは、三十幾つの国がひしめくこの大陸で十数組しか存在しない。

 S級には、高い能力、実績、そして、ギルドの信頼全てが必要となる。

 A級パーティーは各国にいくつも存在するが、S級は国の間で争奪戦が行われる位貴重な存在だ。

 街でもS級が生まれた街となれば、国の中でも、いや、大陸の中でも有名になり、何よりも自慢となる。

 カイン達は出来立てのパーティーであったが、グレンやシアといったソロA級や規格外の能力を持つ土竜鼠ラッタを抱える実力、ラウシマで高い貢献をしていたタルトやレオナ、レイルの街で魔導列車の管理をしていたマコット、そして、『あのたす』のカインというギルドでの異常な程の高い信頼、そして、今回の大発見と国からの表彰によって、一気にS級となった。異例の出来事だった。


「嘘、だろ……? アイツが、S級……?」


 バリィは、現在D級だ。B級まで上り詰めていたが、カイン達を攻撃したため厳重処分によりこれまた異例の二階級降格となった。

 カインは信じられないものを見るような目でカインを見る。


 カインはやっぱり冴えない男だった。

 けれど、周りの強者達はカインを尊敬する目で見つめ、美女たちは潤ませた目でカインを見ている。


「カイン!!!!!」


 バリィは大声でカインの名を叫んだ。


「カイン!」


 けれど、大歓声にかき消され、その声は届くことはない。


「カイン」


 ゆっくりと魔導列車が進んでいく。


「カイン……!」


 やがてバリィの視界から消える。


 いや、カインの視界からバリィが消えたのかもしれない。


 バリィは、見えなくったカインが、自分が『A級に上がる為に』追放したカインが、子供の頃からずっと馬鹿にしていたカインが、自分を追い越していったのだと、ようやく理解した。


 歓声が遠ざかる。


 あの色々教えてくれた男も魔導列車を追いかけ始めた。


「あ、おい! アイツらのパーティーの名は……」


 バリィはもっといろいろ教えてほしくて手を伸ばしたが、届くことはなかった。


「アイツは、どうして……!」


 バリィは、一人立ち尽くしていた。全てがバリィから遠ざかっていった。そんな気がした。

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