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三部最終話 親切おにいさんは小さな手を掴みましたとさ・後編

「なんで、こんなことに……」


 赤髪の少女は呟いた。


 少女は父親からマッチが全て売れるまで家には帰ってくるなと言われた。

 金を稼げと。


 少女の家は貧しかった。

 父親が働かないからだ。

 どんな仕事でもいいからして欲しいと少女は父親に頼んだが、殴られた。


 少女は数日たっても痛みが引かない頬を撫でた。

 そして、その頬に当てられた手のことを思い出していた。

 黒髪の男の人だった。

 手袋越しではあったが温かい手だった。

 腫れた少女の顔を心配してくれた。

 男の人は溝の掃除を魔導具使いながら綺麗にしていた。

 魔泥の詰まった溝の掃除は誰もが嫌がる仕事で、金に困った冒険者が最後に選ぶような仕事だった。

 それを一生懸命やっている黒髪の男の人を見て、少女はこんな風に父親もなってくれたらと思っていた。

 そして、思わず言ってしまった。殴られた。そして、黒髪の男の人に心配してもらった。


 あの男の人ももう居ない。

 昨日で、掃除が終わってしまったからだ。

 みんなに感謝されていて困ったように笑っていた。


 別れ際に「大丈夫?」と聞いてくれたが、少女は「大丈夫」ということしか出来なかった。

 少女は分かっていた。

 言えばこの人なら助けようとしてくれるという事を。

 そして、

 家族が一人増えるという事の大変さを。

 だから、母親は出ていったから。

 金がいるのだ。

 だから、大丈夫とだけしか言えなかった。

 金がいるのだ。


 だから、少女はマッチを売ろうと頑張った。

 しかし、売れるはずがない。マッチなんか。

 マッチ程度の火は比較的安い魔導具で起こせてしまうのだ。

 それに、今は、買う余裕すらないだろう。


 少女は空を見上げる。


 魔雪が降っている。

 そして、その魔雪を喰らいながら白い蛾が暴れ、人々が逃げ回っている。

 意味が分からない。

 昨日まで普通の街だったのに。


 少女は、火の魔法で追い払おうとした貴族の男が一斉に襲われ食われてしまっているのを呆然と見ていた。

 そして、気付いてしまった。

 死の方が……。


(……しあわせになれる)


 少女は、マッチを擦り、火を起こす。

 しかし、魔雪に触れ火が消えてしまう。


(もっと、もっと大きな火があれば、しあわせに)


 少女はマッチを大量に取り出す。

 少女は何故か死んだ祖母のことを思い出していた。

 祖母は命の話をよくしてくれた。

 そして、最後は幸せそうに笑っていた。

 少女は笑っていた。

 祖母のようではないだろうが、笑っていた。


「ダメ、だよ」


 誰かの手が大量のマッチに火をつけようとした少女の腕を掴んだ。

 少女が振り返るとそこには、あの黒髪でぼーっとした男の人が居た。


「なんで……死なせてくれないんですか? わたしは、しんだほうがしあわせなのに……」


 少女は大粒の涙を零しながら崩れ落ちる。

 少女は分かっていた。

 自分が父親から愛されていないことくらい。

 誰もマッチなど買ってくれないことくらい。

 自分は幸せになれないことくらい。

 死ぬしかないことくらい。

 思い出の中の祖母を理由に死にたかったのだ。


 少女は、絶望した。

 周りの人々のように笑顔で生きることも出来ず、死ぬことも出来ず、そう、死んだように生きなければならない自分に。

 そして、あの優しそうな男の人でさえ、自分のことを分かってくれなかったことに。


「俺は、全てを救うことは出来ない」


 分かってる。少女は零れる涙が抑えられなかった。


「俺は、弱いから。けど、その弱くて小さい手でも出来ることがあると知ってるから。だから、」


 少女は近づいてくるあたたかい気配に気づき、顔を上げる。


 そこには、手があった。


 傷だらけで、ボロボロで、苦労を重ねてガチガチに固く強くなった手だった。


 少女は思わずその手をとった。


 あたたかい手だった。

 ザリザリでボコボコで、決して綺麗とは言えないけれど、それでも、あたたかい手だった。


「君を、助けさせてほしい」


 火が灯る。


 少女は立ち上がる。


 マッチは魔雪でもう使い物にならないだろう。


 それでも、少女は立ち上がる。


 あたたかい手の向こうに、黒髪のぼーっとした男の人の不器用な笑顔があった。


「こほん! で、アタシがその子を治療すればいいのよね」


 男の人の後ろで、金色の美しい髪を二つにまとめた綺麗な女の人がいた。

 やさしそうな人だった。


「う、ん……あの、なんか、怒ってる?」

「べっつにー。アンタ、誰にでもそういうこというのかなーっておもっただけですけど、何か?」

「え、と……あの、助けたいって思った人には言うと思うけど……あの、レオナ?」


 男の人はレオナと呼ばれた女の人の顔が見えていないみたいだったが、少女には見えていた。真っ赤にして口をもにゃもにゃさせている顔が。


「ううううううるさい! 今から、この子の治療するんだから、黙ってて!」


 レオナは、少女の手を優しく握る。

 そして、身体から淡く美しい白い光を発し、それを少女に流し込む。

 すると、少女はどんどん身体に力が沸いてくる感覚に襲われ目を見開いた。


「とりあえず、元気になれたでしょ? 傷はゆっくり治しましょう。少し離れた所にレイルと言う街があるの。そこに私達の孤児院があるから。そこにいきましょう。ただし、」


 少女に話しかけるレオナの真横から〈雪髑髏スノウスカル〉が突如現れ噛みつこうと襲い掛かる。


「あぶなっ……!」


 少女がそれに気づき叫ぼうとしたその瞬間、レオナの身体が地面に沈みぐるんと回ったかと思うと、右足をグッと自分の身体に寄せて引き絞り、靴から緑の風を吹き出しながら雪髑髏を蹴り潰す。


「っい……?」


 少女が言い終わる頃には、雪髑髏が粉々になって砕け、パラパラと地面に落ちていた。


「コイツらぶっ飛ばしてからね……!」

「大、丈夫?」


 黒髪の男の人が少女に問いかける。


「え、ええと……大丈夫、です」

「じゃあ、レオナ。この子をお願い。タルト、マコットも、頼む、ね」

「はい! おまかせあれですよ!」

「ははははい、ま、任せてください」


 物陰から声がしたと思うと、亀人族の女の子と黒衣を纏った青年が現れる。


「こここの辺にも、コイツを置いておきましょう」


 マコットと呼ばれた青年が物陰から出してきたのは、様々な形をした鵞鳥の玩具だった。


「さささ騒いでおいで、鵞鳥の行進マーチンググース


 鵞鳥の玩具に魔力を注ぐと、鵞鳥はグワグワと五月蠅く騒ぎ始め一列になって歩き出していく。


「他の魔導具を、作り替えるなんて、すごいね、マコットは」

「いいいいえ! ああありがとうございます! あれで魔雪の影響は薄れますし魔物も弱ると思いますしタルトさんのおかげですしがんばります!」

「う、うん……タルトも、ありがとう」

「ほえええ! い、いえ、どういたしましてです! はい!」


 黒髪の男の人にお礼を言われた二人は顔を真っ赤にして俯いている。


(すごい人なんだ……)


 少女はその様子を見ながら、驚く。

 自分を助けようとしてくれた人に失礼だが、とても強そうには見えなかった。

 でも、みんなあの人が大好きなようだ。


「……! みなさん! いや! っていうか、これは……みなさんはじっとしていてくださいんぎゃああああああああああ!」


 タルトが急に叫び出したかと思うと、タルトの脳天目掛けて氷の大きな杭のようなものが降ってくる。


「え、て、敵!?」


 一緒になって降りてきた女性は、とても美しく、そして、雪のように白い髪と肌だったので、少女は身構える。


「大丈夫よ。あの子は、アナタにはまだ大丈夫」


 レオナが少女を落ち着かせるように身体を抱きしめながらあきれ顔で言っている。


「はあっはあっ! 何するんですか! シアさん!」

「泥棒亀に、氷の鉄槌を、ちょっと、ね」

「ちょっと、ね、じゃねーですよ! 亀の串刺しが出来上がるところだったじゃねーですか!」


 シアが美しく儚げに微笑む。

 だが、タルトはそんなこと関係ないとばかりにくってかかる。


「ああ……緑の。白いのはお前と遊びたいだけだ。ほっとけ」


 鬼人族の大柄な男が気だるそうに歩いてくる。

 赤い肌を搔きながら心底めんどくさそうに話しかけている。


「遊びたいだけで、〈突き刺す氷槍アイススピア〉放ってこられると困るんですよ! 魔力が有り余ってるからって! っていうか、グレンさん、作戦は終わったんですか!?」

「終わった終わった。街の人間は魔暖炉を置いたあの馬鹿役人の屋敷と集会所に集まらせてるし、そのついでにお前に教えられた火のある場所は全部消してきた」

雪蛾ヒトリムシの動きは?」

「やっぱり火の魔力を好むみてえだな。火がなくなった途端俺の方に来やがった。ちいせえ奴らは全部殴り潰した」

「私が凍らせてあげようかって言ったんだけど赤いの嫌がるのよ。わがままよね」

「我が儘でもなんでもねーわ!」


 鬼人族の強そうなグレンとお姫様のように美しいシアが喧嘩しているのを見て少女はやはり困惑する。

 すると、周りが魔雪とは違う雪が吹き荒れ始める。


「で、白黒はなんでそこで抱きついてるのしね」


 シアが黒髪の男の人の方へ視線を向けると、いつの間にか黒と白の混じった髪をしたこれまた美しい女の人が黒髪の男の人に抱きついていた。


「ずいぶん長い時間離れていたからです。一心同体だからです。そんなこともわからないんですか」

「意味がわからないし、一心同体ではないししね」

「はあ~、どこかへ行きましょう、ここは白いのが騒がしいですししね」

「こ、ココル、流石に恥ずかしいから、離れて。みんな、ありがとう」


 ココルと呼ばれた美女が黒髪の男の微笑みを見てゆっくりと離れ始める。

 無表情ではあるが、うっすら赤くなっているように見える

 グレンという強そうな鬼人も頬を緩ませ、シアも真っ白な肌を赤く染めている。


「ひとまずは、安心、だね。ね、グレン?」

「あ、ああ、全部、あの、俺の魔力を込めた畜玉に引き付けられてたから大丈夫だと思うぜ」

「うむ! ポカポカしてて気持ちいいからな。みんなしあわせだろう」



 グレンの懐から巻き毛白ネズミが現れる。真っ赤に輝く玉を持って。


「「「「「「ラッタ(さん)! それ!」」」」」」

「ほんぎゃあああああ! なんで持って帰ってるんですかぁあああ!」

「あったかかったからだ! 貴族に相応しい玉だからな!」

「なんで気付かなかったのよ! 赤いの!」

「うるせえ白いの! 同じ魔力は分かりにくいんだよ! それに! ラッタの持ってるものにいちいち反応してられるか! てめえも気づいてなかっただろ!」

「私は早く帰りたい一心だから気付くわけないでしょう! ココル、あなたも!」

「ええ、私も人肌恋しかったので興味ありませんでした」

「もー! ばかばっかー!!!」

「とととととということは、来ますよね!?」


 タルトたちは空を見上げる。

 すると、真っ白な雪、ではなく、三匹の大きな真っ白な蛾がこちらに飛んできている。人のような顔がついたその蛾はこちらを見ながら舌なめずりをしていた。


「雪ノ女王ノ為ニニニニ……全テヲ凍ラセルルルル」


 灰色の魔力を纏わせながら蛾の化け物は囁いている。

 そして、その背後にはやはり真っ白な小さな蛾が大量に集まってきている。


「あ……あ……!」


 少女はその恐ろしい光景に身体を震わせる。


 すると、


 背中にあたたかいものを感じる。


「大丈夫、俺達が、なんとか、するから」


 背中をぽんと手で支えてくれた黒髪の男の人が少女の方を見て微笑んでいた。

 そして、蛾の方を向くと真剣な表情に変わり、腕に巻いた鍵盤を構える。


「みんな……やろう!」

「「「「「「はい(おう)(うむ)!!」」」」」」


 黒髪の男の声を合図に、皆が飛び出していく。


「はっはっは! 灰色の魔力の食べ放題とは! 贅沢! 貴族の極みだな!」


 ラッタが建物を壁を駆け上っては跳ね、魔力や蛾を食べていく。

 ラッタが跳ぶたびに真っ白に染まった空に黒い線が延びる。


「ほんぎゃああああああ! もう! もうですよ!」


 タルトが地団駄踏みながら、黒い玉を空に投げつけそれに向かって魔法筒を向ける。

 魔法筒から放たれた〈切り裂く風ウィンドカッター〉は黒い玉に向かって飛んでいき切り裂く。

 すると、風の刃が無数に増え、弾けるように飛んでいく。


「タルト、手伝うわよ!」


 レオナが緑に輝く靴を履いた美しい脚を躍らせる。

 ヒュンヒュンと音を立てながら蹴りが空を何度か切ると、遅れて風の刃が現れる。

 先程の風の刃よりも数倍大きなそれは舞うように空を泳ぎ、蛾を落としていく。


「けひ、いいいいきます。〈這いずる闇ツタウルシ〉」


 マコットが巻物の魔字に指をはしらせ術式を組むと、黒い魔力が蜘蛛の巣のように広がり壁を這ってどんどんと上へと伸びていく。

 そして、その魔力の蔦は空へも伸びていき蛾達に絡みつき溶かしていく。


「こうなりゃ魔力を隠す意味もねえな。暴れ回れ! 〈炎刃フレイムエッジ〉!!」


 赤い魔力が弾け、大きな八つの刃が暴れ出す。

 蛾達は引き寄せられるように集まり、一瞬で焼き尽くされていく。

 逃げ回っていた大きな蛾も一匹羽を切り裂かれ落ちていく。


「私が一番活躍してみせるわ! 〈氷嵐アイスストーム〉」


 氷の棘を纏わせた竜巻が伸びていき、小さな蛾達を呑みこみ殲滅していく。

 そして、その先にいた大きな蛾も抵抗はしたものの無惨に細切れにされてしまう。


「白いのより私が活躍してみせます。作業開始」


 ココルが右手を上げると、右手から亀裂がいくつも走り、中から銀の触手が現れ、蛾達を蹂躙していく。

 そして、大きな蛾も身体中に穴を空けられ絶命する。


 少女が唖然としていると横から赤い光が広がってくる。

 黒髪の男が鍵盤を叩いている。

 その鍵盤から伸びる光の紐が先ほどラッタが持ってきた赤い球に繋がれている。

 男が鍵盤を叩くたびに音が鳴り、赤い光が増していく。


(あたたかい……)


 少女はその音が奏でる音楽が太陽のようだなと思った。


 ふんわりと包み込むような、それでいて、身体を熱くさせる。


 あたたかくて、自分を照らしてくれる太陽のようだと。


 何かをしたい、何かを、そう思わせる光が溢れた。


 少女は真っ暗な自分の中に光が生まれるのを感じた。


 それは、希望、だと少女はまだ知らない。



「出来、た……」


 鍵盤の歌が終わると、男は轟々と真っ赤に燃える球を握り、空に向かって投げる。


 本当に太陽のようだった。


 夜の街を明るく照らすその球を少女は眩しく思いながらも目を細めながら見た。


「誰か……あの球を、壊して」


「「「「「「俺(((私)))(ワタシ)(アタシ)(ボク)が!」」」」」


 六人が一斉に反応し、攻撃したその赤い球は赤い魔力の光を大きく広げ蛾達を呑みこみ、空に一つの花を咲かせた。


 少女はその赤くやさしい光に照らされた黒髪の男の横顔を見ていた。

 困ったように笑うその顔に何故か目が離せなかった。


「あ、あの……あなたは……」

「あ、ええと……俺は、カイン。レイルの街からやってきたパーティーの……」


 カインと名乗ったその黒髪の男は、少女に手を差し伸べながらへたくそな笑顔を見せた。





 ヌルド王国には二つのS級パーティーがあった。


 一つは【万国の救い手】。

 【万人の勇者】の後継者だと名乗りを上げた勇者が率いる大陸最強のステータスを誇るパーティーだった。

 彼らが攻略した魔巣や倒した悪は数えきれないほどであり、大陸の西にある魔国の魔王打倒を掲げ、大陸中を旅している。

 彼らの武勇伝は吟遊詩人たちの歌によって広く知られ、多くの王や貴族から頼りにされている高みにある存在として人々に知られていた。



 もう一つのS級パーティーは、変わっていた。


 彼らの名は、【小さな手リトルハンド】。


 【小さな手】と名乗るそのパーティーは、大災害や、小さな下らない依頼等『誰も手を差し伸べないような』ものがあれば、彼らが引き受けた。


 一国の姫、鬼人族、海人族、聖女、土竜鼠、魔導具等などパーティーメンバーも異色揃いなのにもかかわらず、リーダーは平民の魔工技師という職業であることも変わっていた。


 そして、数年後、【小さな手】の名声は大陸中に轟くことになる。


 そして、何故か彼らに救われた人々は自身を『あのたす』と名乗り始め、大陸中に『あのたす』で溢れかえることになるという未来を黒髪のぼーっとした青年は未だ、知らない。

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