「あ! あの!」
キャンプでの食事中、タルトが声をあげた。
「み、皆さんのご趣味は?」
入ったばかりのパーティーで少しでも仲良くなろうとタルトが歩みよろうとする。
そして、それを察する男性陣二人、しかし、シアは絶対零度の微笑みを浮かべながら告げる。
「油断すると、すぐカインさんに近づこうとする泥棒亀が……!」
「み、みなさんの! みなさんの! ですから!」
タルトが必死に手と首を横に振りシアの誤解を解こうとする。
一方グレンはこのほうが手っ取り早いとカインにジェスチャーで先に話すよう促す。
そして、カインもそれを察して話始める。
「え、と……趣味、趣味……あの、魔導具いじり、かな」
「まあ! 素敵な魔工技師らしい趣味ですね! カインさん!」
シアはタルトに向けていた絶対零度の微笑みからぱあっと明るい笑顔に変わりカインの方を向く。
シアが落ち着いたことにほっとしたカインは、再び口を開く。
「あとは、料理、かな。こう、限られた材料で、どうやって、おいしくしていくのか考えるのは、楽しい、かも。タルト、は?」
「ああ、ワタシですか? ワタシは、ワタシも、職業柄道具いじりですかねえ」
冬将軍が猛威を振るい始める。
「油断すると、こう。この泥棒亀が……共通点作戦だなんて姑息な……!」
「あ! と! は! あの、チェスとかは好きです! はい! グレンさんはー?」
タルトは冬将軍シアの猛攻を交わすべく急速に方向を転換しグレンに話しかける。
「あ? ああ、そうだな。本、だな。」
「へ? 本ですか? 読書ってことです?」
「ああ」
「へえええええ、意外ですねえ」
「ああん? なんで俺が読書で意外なんだよ?」
「ほぎゃ! いや! あの! しししししあさんは!?」
タルトは慌ててグレンに向けていた顔を再びシアに向ける。
シアは、タルトから話を振られ、むむむを考え始める。
「趣味……? 趣味は、ええと……カ、カ」
タルトが言いよどむシアに首を傾げると、カインは苦笑を浮かべながらグレンはため息交じりに口を開く。
「木登り、とか好きだよね。シア」
「ちょ! カインさん!?」
「誤魔化すな、大蛇の森に入った時、俺達が地図確認しながら相談してたら、お前じいっとでけえ木を見つめては、掴んでみたりとかちょっと足をかけてみたりしてただろうが」
「見てたの!?」
シアはカインとグレンの言葉に白い肌を湯気が出そうなほど真っ赤にする。
「あと、逆に高いところから飛び降りるのも好きだろ?」
「ちょっと小高い、ところから見下ろしてたら、一瞬、ジャンプしようとしてた、ね」
「いやああああ! 見てたのー!?」
シアは二人の言葉に両手で顔を隠し、いやいやと振り乱れる。
「け、結構見かけによらずお転婆さんなんですね、シアさん。あ、度々話に出てくるココルさんの趣味は」
「「カインさん」」
グレンとシアの言葉がシンクロする。
「アイツなら多分そう言うな」
「そう言ってカインさんの気を引こうとするズルい女なのよ」
「まあ、お前も言いかけてたけどな」
「な! なんのことかしらねえ!」
グレンがジト目を向けるとシアは大粒の汗を流しながら誤魔化す。
「あ、じゃあ、好きな食べ物とか嫌いな食べ物ってありますか!?」
「好きな食べ物……え、とショコの根、かな」
「ショコの根、か。分かるぜカインさん」
「え? なにそれ?」
「ワタシも知らないです。なんですか?」
ショコの根は、平民の間では有名なもので、ショコと呼ばれる茶色い花を咲かせる植物の根の外を剥ぎ、中身を噛み続けると甘い味がし始める。
おやつ代わりにこれを口に含み噛み続ける平民の子供は多く、カインはその甘さが今でも好きで
シアは王族故に知らなかったし、ショコは山に生える為海育ちのタルトも知らない。
なので、カインの作業袋に入っていたショコの根を分けてもらう。
四人で我慢強くもきゅもきゅと噛んでいると、徐々に女性二人の目が輝きだす。
「うわ、本当になんか甘みが……これが、カインさんの好きな味」
「ほええ、こんなものがあったんですねえ」
「あと、は川魚、かな。グレンは?」
「やっぱりオムスビだな。あとは、キュウリ」
「キュウリは分かりますが、オムスビ? アズマの方の食べ物ですよね?」
「ああ」
オムスビはコメの塊でよくグレンが食べているが、このあたりでは一般的ではなく、知識として知っていても実際に見たことはない人間が多い。
「グレンの住んでた辺りは、アズマから渡ってきた人が多くて、結構独特の文化が残っている、よね」
「ああ。本当はあのあたりのコメが食いてえんだが、まあ、こっちのコメで我慢してる。いつか、またカインさんにも作るよ」
「ああ、楽しみ、だね」
「また? また? また作るってどういうこと? 泥棒鬼」
「なんだ泥棒鬼って! ……会った頃にウチで何度かあげただけだ。おい、あの女は無視だ。緑の、お前は?」
「ワタシですか? 私はやっぱり海のものですね。タコとか」
「タ、コ……!?」
「タコってあの!?」
「ああ、うめえよなあ」
カインとシアが驚く中、グレンだけが共感していた。
「っていうか、亀人族にとってタコって食っていい物なのか?」
「ああ、まあ、同じ海の生き物ですけどね。それを言うなら、只人も鬼人も陸の生き物の肉食べてるでしょ……って、お二人どうしたんですか?」
「タコ……食べる、んだ……すごい、ね」
「タコ……こわい……あれ、食べられるの……?」
「ああ、緑の、気にするな。タコが悪魔の使いっていう昔話があってな」
「ああ、なるほどお……おいしいんですけどねえ。えと、シアさんは?」
「私? 私は?」
「肉、だよね」
「あと、酒」
カインとグレンが間髪入れずに言ってくる。
「んもー!! なんですかカインさん! しね赤いの」
「扱いが違う! ……のは別にかまわんがやれるもんならやってみろやあ!」
グレンが暴言を少し受け入れながら喧嘩腰でシアに迫る。
「あ、あはは……シアさんって……!」
タルトが何かに反応し、右を見る。
「〈
その声で弾かれたように三人が南東に向けて陣形を整える。
「タルト! 指示、を!」
「……はい!」
タルトはあって間もない自分を信じてくれるカインの言葉に震える。
「カインさんの信頼を裏切ったら凍らすからね」
「カインさん傷つけたら燃やすぞ!」
「は、はいぃいいいい!」
会って間もない自分に暴言を重ねてくる二人にタルトは震える。
「カインさん、南東に向け術式設置を、『泥』『石』『泥』が理想です! グレンさん、左側に移動して術式に引っかかったら『無』で側面から吹き飛ばして木に! シアさんは逆側上空から氷柱を!」
「「「分かった!」」」
カインが腕に取り付けた鍵盤を素早く叩き、術式を地面に順番に刻み込んでいく。
正確に、そして、丁寧に刻み込まれた術式が3つ作り上げられる。
その刹那、狂ったような叫び声で緑色の大きな猪が現れる。
浴び過ぎた魔素が変質し濃緑の毒に変わり生まれた魔物である。
その毒が頭に回っているのかあまり理性はなく、ただただ他の生物を襲い喰らうだけを繰り返し、最後には身に纏った毒で死んでしまう非常に厄介な魔物だ。
毒猪は勢いそのままに正面に見えたカインに向かって飛び込もうとする。
が、〈泥〉の術式が発動し、浅いぬかるみに速度を落とす。
それでも前進を止めず進む毒猪に今度は地面から生えた石の杭が襲う。
大きさが十分でない為毒猪の足や腹を傷つける程度ではあるが速度を更に落とすには十分んで二つ目の〈泥〉にはまってしまうとその突撃の勢いは完全に失われる。
そして、その止まってしまった毒猪の側面にグレンが無属性魔力の腕で殴り掛かる。
無属性の為威力はそこまでないが、それでも毒猪は真横に吹っ飛ばされ、木にぶつかる。
そして、怒り狂った声をあげながら身を起そうとする毒猪に影がかぶさる。
樹上から飛び込んでくるシアが精霊魔法で生み出した氷柱を落とす。
毒猪の怒りの咆哮はそこで途絶え、大蛇の森に再び静けさが戻る。
「まあ、あれだけ毒猪が騒げばもう魔物どもも動かねえだろ」
毒猪はただただ暴れまわる災害のような存在の為、魔物達はほとんど避けて放置する。
なので、『毒猪の鳴き声が聞こえる夜は魔物が少ない』と言われている。
「毒猪だから、誰も食べに来ないだろうし放置でいいですよね」
「ねえ、タルト。さっきの、作戦は」
「ああ、えと。先ほどの話からいけるんじゃないかと思いまして。カインさんは『繋ぐ』のが好きな印象なのできっとグレンさんのやりやすいような罠を仕掛けてくれるだろうなと、で、グレンさんは移動中の戦闘でも見たんですがアズマに多い無属性戦闘法が使えるので触れられない毒猪を動かす役割をしてもらいました」
タルトがえへへと照れながら早口で説明する。
「で。私は、木登りが好きだから木に登らせてくれたってわけね……!」
「えへへ、そうですぅう……って、ほぎゃあああ! し、シアさん! 凍ってます! ワタシの甲羅ちゃんが凍ってますよお!」
正確には、木に氷の楔を打ち駆け上っていったのだが、シアは実際ちょっと楽しかったこともあり、その悔しさも込めてタルトに恥ずかし怒りをぶちまけている。
カインが仲裁に入り、グレンが横やりを入れ、シアが暴れ、タルトが叫ぶ。
パーティー四人の初めての夜が騒がしく過ぎていくのだった。