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SS4 あのたすの運転士

おいらの父親は、商人だった。

しかも、自分の店を構えているにも関わらず、馬車に乗って遠くの村へと商売をしに行く。

店の奴らはみんな、それは店主の仕事ではないと止め、他の店の奴らは守銭奴が小銭拾いに出ていくと笑った。

おいらは止めるでも馬鹿にするでもなく聞いてみた。


「なんで父ちゃんは行くんだ?」

「……そうさな、誰かが何かを欲しいと思ってた時に届けられたら、なんかかっこいいだろ」


父ちゃんはそう言った。

今にして思えば、無茶苦茶な言葉だ。

でも、その時のおいらはなんかかっこいいと思ってしまった。


「それに……困っている奴らはここだけじゃないんだ。手が届くなら助けてあげたいじゃねえか」


父ちゃんは照れくさそうに笑いながら言った。


おいらは知っていた。

父ちゃんは『万人の勇者』様に憧れていたんだ。

この国の子供ならみんな知っている『万人の勇者様の物語』。

おいらもその物語が大好きで何度も何度も読んだ。

でも、父ちゃんはおいらよりもその物語が好きで、おいらのたからばこから毎晩こっそり抜いては何度も読んで母ちゃんに怒られているのを知っていた。


万人の勇者様に憧れる奴らはみんな冒険者になる。

冒険して、魔物倒して、みんなに褒められて認められて、勇者になろうとする。


父ちゃんはなれなかった。

父ちゃんには冒険者の才能がなかった。

父ちゃんの若い頃には『計測球』なんて能力値ステータスを測るものはなかったらしいけど、父ちゃんは弱かった。多分、能力値が低かったんだろう。

でも、父ちゃんには商売の才能と困っている人を見つける才能があった。


友達が普段より明るいと『何か大変なことがあったのか?』と声を掛け、店のもんが真剣な目で仕事をしていると『風邪ひいてるなら今日は無理せずもう帰れ』と休ませて、おいらが一人で遊んでいると『父ちゃんも混ぜてくれ』と仲間になりたそうにこっちを見ていた。


そんな父ちゃんに憧れた時期があった。

そう、あった。

憧れは嫉妬に変わる。

父ちゃんに見えておいらに見えないものがあると分かった時、おいらはどうしようもなく父ちゃんが憎くなった。

そして、おいらは父ちゃんと違う道を歩むことを一人で決めた。

父ちゃんは何も言わず、母ちゃんは泣いた。

一人息子が街でも有数の大店を継がないなんて馬鹿な話はないからだ。


けれど、おいらは嫌だった、腹立った、怖かった。

父ちゃんになれないことが。


おいらは新しく出来たばかりの、レイルの街の名物にこれからなるであろう魔導列車の運転士の募集に応募した。

そして、筆記、実地、面接試験に合格しめでたく運転士になれた。


けれど、父ちゃんは何も言わず、おいらのことを見ようともしなかった。

おいらは無性に腹が立った。


『心の乱れは、運転の乱れ、ダイヤの乱れ、交通の乱れ、社会の乱れ』


運転士の休憩室に貼られている言葉だ。

本当にそうだった。


初めておいらが一人で運転士として魔導列車を動かす日。

魔導列車の安全確認をしてる最中に、一人のみすぼらしい男が乗り込むのを見つける。

魔導列車のチケットは庶民じゃちょっと手が届かない程の額だ。

だから、乗せるのは貴族様か、有名な冒険者、あとは、金持ちの商人とかだ。

その男は気品ある貴族様にも、強そうな冒険者にも、金持ちにも見えなかった。

だから、思わずおいらは無賃乗車を疑ってその男をひっ捕まえた。

けれど、それは間違いだった。

男はしっかりチケットを持っていた。しかも、とある大貴族様から男に贈られたチケットだった。

周りに責められとにかく謝った。

あんな格好して覇気のないこいつが悪いと思ったが、それでも、謝らないといけないからだ。


「あの、こんな、格好してます、し、俺、覇気もないから、俺が、悪い、です」


男は言った。

おいらは無性に腹が立った。


「その、もし、俺が、何か、苛立たせるような、こと、してたんなら、すみません」


男は言った。

おいらが苛立っている、と。

『まるでなんでも見えている』かのように。


おいらはとにかく頭を下げ続けた。

それ以上何か違うことをすれば爆発しそうだった。


そして、おいらは、そのあと、普段なら絶対にしないであろうミスをした。

操作を間違えて、魔導列車の運転機関を故障させてしまった。


駅で待機していた魔工技師たちが総出で修理に当たるが原因は分からない。


客はほとんどが、貴族様、有名な冒険者、金持ち。

もし、このまま列車が動かず彼らの不興を買えば、少なくともおいらはクビ、周りもどれだけ被害を被るか、そして、魔導列車ももしかしたら……。


いやだ! そんなのはいやだ! だって、魔導列車は!


「あの、よかったら、俺にも、手伝わせてくれません、か?」


あの男が、手を差し伸べているようだ。

視界が滲んではっきりと見えていなかった。


おいらが目を袖でこすっている間に、あの男は、魔工技師達のところへ行って話を聞いていた。

そして、故障が起きたと言われている所に向かうと屈んで、じいっと見つめた。


同情するような慈しむような安心させるような目で。


そして、一瞬目を閉じて、また開く。


「多分、誤操作を知らせる術式が、直接、停止の術式に働きかけてしまって、止めてる、んじゃないかと。水の術式に、火の術式なので、多分。だから、術式設置プログラミング時のミスだと……」


おいらには何のことか分からなかったが、魔工技師たちは目を見開いて息を呑み「そうか! そこからか!」「まさか、術式設置からとはな!」「兄ちゃん、なんでわかった!?」と目を輝かせ騒ぎ始めた。

どうやら、解決策は見つかったらしい。


そして、いつの間にか魔工技師達にあの男も混じって、作業をしていた。

やっていることはよくわからなかったが、あの男は鞄から取り出した魔導具と魔導列車を繋ぎ、魔力のようなものを送っていた。


そして、なんでかはよくわからなかったが、男の魔導具からは音が、鳴った。

そして、それはいつの間にか繋がり歌のようになった。


優しい歌だった。

ゆったりと、低い音が、歩くように、しっかり一歩一歩、目的地に向けて、ゆっくりと確実に進んでいくような歌だった。

いつか馬車に揺られながら、寝ぼけ眼で聞いた歌に似ていた。


その『歌』が終わると、魔工技師たちは拍手と賞賛の声を、あの男に贈っていた。

そして、数分後、魔導列車は動き出す。

男は、もう居なかった。


時間の遅れは、あの男のお陰でほとんど出なかったが、ミスはミス。

おいらは降りる乗客みんなに謝り続けた。


罵倒する人、あざ笑う人、同情する人、励ます人、無視する人、色んな人がいた。

そして、最後に降りた乗客がおいらに言った。


「いやあ、どうなることかと思ったが、無事に届けられるようでほっとしたぜ」


聞き覚えのある声。

さっき思い出した馬車の中で聞いた歌声の主。


父ちゃんだった。


帽子を深く被っていたから気付かなかった。

今は、謝る為に低く低く頭を下げている。

見上げれば父ちゃんの顔があった。


「とう、ちゃん」

「ああ、なんだ、ほれ、無事運転おめでとう記念だ」


父ちゃんは時計をおいらに差し出した。


「……無事じゃ、時間通りじゃ、なかったけどな」

「次に繋げろ。その時計も役立ててやってくれ」


本当に、この父ちゃんは、届けてほしい人に届けてほしい物を。

あんたは、万人の勇者じゃなくても、おいらにとっては。


「……!」


ふと思った。

おいらが何故、あの男に、いや、あの人の前だとあんなに苛々したのか。


父ちゃんと同じだった。

何でも見えているかのような、いや、何かがきっと見えると信じているような目。


だから、そうなれない『自分に腹が立った』んだ。


あの人は、去り際においらに言った。


「無事に、届けてあげられると、いい、ですね」


おいらが、なりたかったもの


あの人には、何が見えていたんだろうか。

みすぼらしいなんてとんでもない。

あの人は、勇者だ。おいらにとっては、二人目の。







「領主さまのところに?」



そして、おいらはあの人に再会する。

おいらは、神様に感謝した。


おいらの勇者様を届ける役割をおいらにくれたことに。

なあ、魔導列車、お前も届けたいだろう。

あの時、助けてくれたあの人を。


「なら、乗っていきなよ! カインさん!」


魔導列車、走れ。

届ける為に。


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