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SS5 オムスビコロリンヌ・1

バリイのパーティーから追放されるどころか、入る数年前。

カインは、鬼人の里で受けた依頼をこなしていた。


依頼は、鬼人の里を守る結界石の調査だ。


結界石は古くから使われる魔物除けの道具で、近年になって、魔導具の一種だと判明した。

魔法使いが長い時間をかけ、破邪の魔法を石にかけ続けることで〈術式設置プログラミング〉と同じ効果が生まれ、魔力を帯び魔物が近寄らなくなるというもので、〈精査スキャン〉の魔法を使うと、術式が見えることがわかったのだ。


その結界石の様子がおかしいということでカインは調査に、そして、場合によっては修理することを依頼された。

教えられた結界石ある山へ向かうと確かに結界石の術式が消えかかっていた。

なので、カインは術式を上書き強化し、依頼を達成した。


簡単な仕事で、昼前に終わったため、カインはその結界石のある場所で昼食をとることにした。

昼食は、グレンという鬼人族の少年が持たせてくれたオムスビとツケモノという独特のピクルスだ。

グレン達の祖先はアズマという西の国から移り住んできた民らしく、独特の文化があった。

そのひとつが、このオムスビなどの食文化だ。


グレンは、ほそっちょろい自分が手伝っても迷惑をかけるだけなのでせめてこれだけでも、とオムスビを持たせてくれた。

そんなグレン少年の思いが嬉しく、顔を綻ばせながら、オムスビを口に運ぶ。

コメという粒一つ一つが甘みがあって口の中で広がる。


『一粒一粒に神が宿ると言われていますので、噛みしめて食べてください……い! いや! 今のは洒落ではなくですね!』


赤い肌を更に真っ赤にさせて照れるグレンを思い出し、頬をオムスビで膨らませたカインの視界に白い何か入ってくる。

視線をそちらに動かすと、カインから少し離れたところに、白いネズミがいた。


何故か分からないが、額のあたりの毛が長く、巻き毛になっていた。

その巻き毛白ネズミがカインを見ている。

いや、オムスビを見ている。


カインがそれに気づき、オムスビを右に左に動かすと巻き毛白ネズミの視線も左右に動く。

そして、口元からよだれが垂れている。


しかし、巻き毛白ネズミはこちらを警戒してかそれ以上寄ってくることはない。


ならば、とカインは、そっとオムスビを巻き毛白ネズミの前に転がそうとする。


「何をやっているんだ! 食べ物を粗末にするんじゃない! こんな地面に転がすだなんて、キミは馬鹿か! 食べ物は転がさぬ、だ!」


と、急に、先にいる巻き毛白ネズミに怒られる。

ネズミが喋ったのだ。


「ご、ごめんなさい」


喋ったという事実よりもいきなりの叱責に思わずカインは謝ってしまう。


「ふう……分かればいいのだ。私も少し、熱くなり過ぎた。叫んだら空腹だどうしてくれる。おお、ちょうどいいところにおいしそうなものがあるじゃないか。さあ、キミの持っているそれを私にくれないか」


巻き毛白ネズミはさっきまでの警戒心はなんだったのかというくらい無警戒にこちらに近づいてきて前足を差し出す。


カインは慌てて、オムスビを千切って渡す。


「ふ。キミ、分かっているじゃないか。貴族は、人前で大口開けて食べるものではないからな。大口を、開けては……あけっ……!」


巻き毛白ネズミは、目の前の小さなオムスビを見つめながら、口を震わせている。

よだれが垂れている。垂れ流している。


「あ、あっちの方は、なんか、景色がいいかもなー」


察したカインは、棒読みしながら、そっぽを向く。

少し間があり、「……はっ」という息を呑む声が聞こえ、そして、むしゃむしゃばくばくという大きな音が聞こえはじめる。


「うまい! うまいぞ! なんだこのおいしい塊は! おい! シェフを呼べ!」


巻き毛白ネズミの興奮した声を聞きながら、せっかく視線を外したのにな、とカインは笑った。

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