「ココル、あの、近くない?」
「近くないです。むしろまだ距離があります。早くゼロ距離になりたいです」
「そ、う……」
カインとココルはレイルの街を歩いていた。
シアへのご褒美としてデートしたことを追及され、今日は再び『あのたす案件』を休みにして、一日ココルの為に使うことにした。
ココルはシアと違って腕を組んだりはしてこなかった。
けれど、その分と言わんばかりに物凄く近くを歩いていた。
というか、これはもうほぼ腕を組んでるのと同じくらいの距離感だった。
カインはココルの足を踏まないように出来るだけゆっくりと歩く。
ココルもそれを察し、カインが足を置きそうなところには足を進めない。
なんだかそのやりとりがおかしくてカインは笑う。
すると、隣から視線を感じる。勿論、ココルだ。
「な、に? ココル」
「いえ、この角度から見るカイン様の笑顔も最高です」
ココルが無表情で褒めちぎるのでカインは顔を赤くする。
「赤くなるカイン様もかわいいです。そうだ、その表情はこちらから見たいです」
逆側にくるりとまわり、ココルが再び見つめてくる。
「あの、恥ずかしい、ん、だけど」
「今日は私の願いを叶えてくれる日ですよね」
そういわれるとカインは何も言えなくなる。
そんな表情のカインを察してかココルが口を開く。
「ただ、カイン様が本当に嫌なのならやめます」
「え、と、恥ずかしいけど、嫌、という、その、あれでは」
「では、続行します」
ココルがじいっとこちらを覗きこんでくる。
カインは心を決めて、ゆっくりと歩き出す。視線は気にしないように。
歩き始めると周りの景色にも意識が行くのでカインは幾分か楽になった。
それに、レイルの街の人々は『あの時助けてくれた』、『あのたす』のカインを見ればいつでも好意的に話しかけてきてくれた。
しかも、
「お! ココルちゃん! 今日はカインさんと一緒かい? 良かったなあ」
「ココルねーちゃん、カインさんとでーと?」
「ココルちゃん! 相変わらず仲がいいわねえ」
ココルも街の人に話しかけられていたので、視線もずっと感じることはなくなった。
しかし、ココルの対応にカインは閉口する。
「ええ、良いです。ただ、今日はではなく、私はいつもカイン様と一緒です。お間違えないように」
「デートです。アンナ、みんなに言っておきなさい。カイン様はココルとデートをしていたと」
「おば様、そう仲がいいのです。是非、噂してください。カイン様はココルと仲が良いのだと」
とてつもなくカインと仲が良いことをアピールしていた。無表情で。
カインは照れ続け、それをみた街の人々が温かな目でカインを見てくる。
カインはどう対応していいか分からず、ただただ俯くこともしばしばあった。
「ココルねーちゃんはカインさんとけっこんするのー?」
少女の無邪気な質問にカインは顔を更に真っ赤にし、俯く。
しかし、ココルはその問いかけには答えず、ただ少女の頭を優しく撫でて手を振り、歩き始める。
先を歩き始めたココルを慌ててカインは追いかけるが、その背中は何故か寂しそうだった。
「そういえば」
振り返ったココルは相変わらず無表情だった。
「その、泥棒猫はいつまで身に着けているのですか」
ココルの視線はカインの腰に差している黒鍵盤に向いていた。
【遺物の工場】で手に入れた黒鍵盤だったが、あの場所自体が研究調査の為、王国管理となったため、そこで発見された黒い鍵盤も没収されてもおかしくなかった。
しかし、病床の王の一声でカインのものとなった。
ただし、使用する中で何か分かったりすればすぐに報告するという条件付ではあったが。
「あ、ど、泥棒猫?」
「カイン様の鍵盤は私、だったそれのはずです。カイン様は、私、だったソレを捨てるのですか。であれば、私はソイツを許しません。というか、改造しましょうか? 音声認識ですか? 自動術式発生ですか? それとも加速式魔力吸収ですか? 何を元私につければソイツに勝てますか?」
とても早口だった。
「あ、の、俺の、相棒は、ココルだった、方だよ。使いやすいし、落ち着く、から」
「……」
「ココル?」
「すみません、熱超過です。ちょっと、お待ちください」
頭から湯気を出すココルが落ち着くのを待ちながら、カインはそっと黒鍵盤を見えにくい位置に移動させた。
「そんなに、コレが嫌い?」
「まあ、嫌いと言うよりライバルですね。それに、その黒鍵盤はティーガのものなので、私、ちょっとティーガ苦手だと思い出しまして」
「苦手、とか、あるんだ」
以前、ココルは違う文明の中に入れば何かしらのトラブルが起きるかもしれないと言っていた。だからこそ、【遺物の工場】では入らずに入り口でカインを待ち続けていた。
「そう言えば、ココルの所属するのは……」
「……先日、ティーガ文明の遺跡に近づいた時に、はっきりと思い出しました。私は、アンジェ文明の遺物でした」
カインの知らない古代文明だった。
有名な古代文明は四つ。
【遺物の工場】にも紋章があったティーガ文明。
個人に作用する遺物が多いデラ・グオン文明。
魔法や魔力に関連したものが多いバルドワ文明。
そして、詳しくは知られていないが名前だけは遺跡などから発見されよく知られ、海に沈んだと言われるリヴァ文明だ。
そのどれでもなく、そして、まだ知られていない古代文明が〔自律思考〕の術式を持っていたと知りカインは思案する。
ココルの存在そのものが歴史を大きく変えるかもしれない。
(けれど、俺は)
「カイン様、着きましたよ」
ココルの声で目的地の一つに辿り着いたことにカインは気づく。
カインは頭を振ってココルに笑いかける。
(もし未来に何があったとしても、今を、大切に、しよう)
カインはココルを促しながら、目的地の一つである鍛冶屋に入っていく。
「おう! ココル! 言われてたヤツ出来てるぜ!」
「感謝します。親方」
肌が火に焼け赤黒い肌の大柄な男が笑いながら、ココルに小さなソレを渡す。
カインがお金を渡そうとすると親方と呼ばれた男は手で遮る。
「ゴロツキに絡まれているガキを少し前に助けたろう? あの時助けられたのが俺の甥なんだよ! だから、これは『あのたす』だ! で、だ。カインさん! これでいい魔導具作ってくれよ! そんで、ウチの鍛冶屋も宣伝してくれ! そしたら、また、『あのたす』するからよお! がっはっは!」
親方は大きな身体に似つかわしい大きな口を開けて笑った。
カインは、頭を深く下げ、また何かあれば是非力にならせてほしいと伝え鍛冶屋を後にした。
「さて、では、始めましょうか」
カイン達は鍛冶屋でモノを受け取ると、次に、魔導具の工房に向かった。
作業をする為に一室を借りた。
その為に、ある依頼を果たすのだがそれはまた別の話。
カインとココルは、鍛冶屋で受け取ったモノを挟みながら向かい合う。
間にあるのは指輪だった。
真ん中に溝がありそこに細長く削られた緑の魔石が埋め込まれていた。
カインは鍵盤を起動させ、ココルは香のようなものを焚き始める。
ミンテ草と呼ばれる気付け薬の元となる草を乾燥させたものだった。
それを焚くと爽やかな香りが部屋に漂う。
これは、タルトに教えてもらった方法だった。
古い書物によると、魔具師は作業中に感じる頭の痛みを軽減する為にミンテ草の香りを部屋に漂わせ作業をしていたらしい。
「
指輪に刻まれていた術式が浮かぶ。
確かに、いつもよりも頭が重くない。
カインは、ココルと頷きあう。
「「作業、開始」」
カインはノピア型の鍵盤を叩きながら、ココルは腕から銀の触手を生やしそれによって術式を同じ指輪に刻む。
術式が平行して刻まれていく。
この方法は魔工技師がパフォーマンス的に行うものであった。
二人の魔工技師が同時に同じ魔導具に術式を刻む。
同時に刻むという事は互いが互いの術式を邪魔しないようにする必要がある。
勿論、事前にどんな術式を刻むか相談したうえで行うが、それぞれ独立した術式を刻めば、効率の悪いものが出来てしまうために、良い物を作ろうとすればペースを合わせ時折、術式を繋げたり重ねる必要が出てくる。
その点、二人のコンビネーションは完璧だった。
カインが丁寧に一定のペースで術式を刻む。
ココルは素早く複雑な術式を刻みながら、カインの後をついていく。
カインはそんなココルのペースを見ながら、時折、ココルの術式が通りやすいように道を空ける。
ココルはココルでカインのその意図を理解し、迷うことなく、ノータイムで術式を刻み続ける。
鍵盤を叩くときに生まれる魔響音が音楽のように響き渡る。
が、カインはもう一つのメロディーが流れていることに気付く。
ココルの身体から聞こえるものだった。
ココルは確かに元々はカインの鍵盤だ。
だから、そういうこともあるのかもしれない。
カインは深く思考せずそう考えた。
ココルの音があまりにも可愛くて、細かいことはどうでもよかった。
(あの時みたい、だ)
カインは今日のことを思い出していた。
街中を歩いていた時のことを。
カインはこの時間が楽しくて街をゆっくり歩いた。
ココルがレイルの街の人々に声を掛けられ反応していることが嬉しかった。
自分の大好きなココルが他の人にも認められていて嬉しかった。
そして、カインの表情を色んな角度から見ようと周りをぐるぐる歩くココル。
まるで悪戯好きの妖精にように、楽しそうにぐるぐると。
二人の楽しい散歩が続く。
二重螺旋の術式が進んでいく。
ゆっくりと、楽しそうに、愛おしそうに。
音は跳ねる、踊る、笑う、進む、一緒に。
そして、目的地へとたどり着く。
「出来、た……」
そこには、世界に二つしかない輝く指輪があった。