二重螺旋の術式を刻み終えた二つの指輪。
カインがメインで刻んだ術式は〈障壁〉だった。
そして、ココルがメインで刻んだ術式は〈念話〉だった。
カインは、ココルが無事にいてくれることを願って〈障壁〉の術式を刻んだ。
魔石の質や量からしてそこまで強力な防御手段とはならないだろうが、それでも多少は意味があるだろうとカインは考えた。
一方の、ココルの〈念話〉は……。
「念、話……?」
「はい、頭の中で念じたことを相手に伝えることが出来ます」
カインは目が回る感覚に襲われた。
最新の魔導具スマートマホーンによる音声でのやりとりは大発明だ。
しかし、それを超える、頭で考えることでやりとりが出来る魔導具は、その大発明さえも霞んでしまう大大大大大発明だ。
「ただし、ちゃんと念話を使えるようには訓練が必要となります」
「訓、練……?」
ココル曰く、念話は頭の中に浮かべた言葉を送ることが出来る。
ただし、人間の頭の中は常に雑念や記憶が飛び交っており、正確な情報を届けるにはそれ専用の訓練をする必要があるらしい。
「なので、古代文明では簡単な信号でやりとりをしていたようです」
「信号?」
「ええ。」
ココルに教えてもらった信号は、短音と長音で文字を作り、繋げて文章にするというものだった。
カインもそれなりの年齢とは言え、冒険者であり、男の子だった。
暗号のようなものはワクワクしてココルが銀の触手で一瞬で書いてくれた文字表を夢中で覚えようとした。
そして、ある程度読み込んだ上で、ココルとカインは指輪を握りしめ、実験を始める。
(ツ・ツー・ツ・ツ、ツ・ツー、ツ・ツー・ツ・ツー・ツ)
「これは?」
「カ・イ・ン」
「正解です」
表を一生懸命に見ながらカインがココルの問いに答える。
そして、正しかったと聞くと、カインは拳を握りしめ笑顔を見せる。
(ツー・ツー・ツー・ツー、ツー・ツー・ツー・ツー、ツー・ツ・ツー・ツー・ツ)
「ココル!」
「はい、その通りです」
興奮しながら答えるカインに、ココルは無表情ながらも嬉しそうに優しい声色で答える。
(ツー・ツー・ツー・ツ・ツー、ツー・ツ・ツー・ツ・ツ)
「ス……! キ……」
カインは勢いよく答えようとしたが、ハッと気づき顔を真っ赤にし俯き、しりすぼみに応える。
「え? なんですか?」
ココルが無表情のまま耳に手を当てカインに迫る。
カインは、小さく何度も答えたが、ココルがそれを許さず何度も聞いてくるので、カインは、ココルの耳元に顔を寄せ、やはり小さな声だが聞こえるように囁く。
「すき」
ココルも最終的に聞こえるようには言ってくれるだろうとは思っていたが、声のボリュームをあげてヤケクソ気味に言ってくるだろうと予想していた。
しかし、その予想は大きく外れ、耳元で恥ずかしそうに囁いてきたのだ。
ココルは、止まった。
「コ、ココル?」
そして、ガタガタと震えだす。
震える身体は熱を帯び、真っ赤になっている。
「コ、ココル!!!」
そうして、不良及び熱超過のココルが落ち着くまで数十分の時が必要となった。
「ふう~、カイン様、気を付けてくださいありがとうございます」
「え、と、ごめん。ど、どういたし、まして……?」
ココルが流れるように注意と感謝を伝えてきた為、カインも思わず、両方に応える。
「さて、これで〈念話〉の実験は良しとしましょう。この魔導具は信号であれば、声に魔力を乗せる必要のあるスマートマホーンよりも少ない魔力でやり取りできます。なので、いつでもつながることができます、ふふふ」
無表情でココルは笑う。
カインはそれを曖昧な笑顔で返す。
「あ、」
「ん? どう、したの? ココル?」
「あ、の、その、指輪を付けさせてもらえませんか? 私に」
ココルがじいっとカインの目を見ながらそう言った。
「え、と、うん。いいよ」
カインは別に断る理由もなかったので、自分の指に嵌めようとした指輪をココルに渡す。
ココルは、一瞬ためらった後、左手の薬指に嵌めようとする。
「こ、ココル!?」
カインは慌てて、ココルの方を向く。
この指輪はそれぞれの人差し指に合わせて作ってもらったものなので、薬指につければ少し緩い。それに、薬指に付ける揃いの指輪は結婚の証と言われている。
恋愛に関する知識をカインが知らぬ間に山ほど得ていたココルが知らないはずがない。
ココルの事は嫌いではないが、かつて恋人に裏切られたカインにとってまだ乗り越えることの出来ない恐怖であり、素直に受け入れることが出来ない。
カインはココルを見る。
すると、ココルもまた、カインを見ていた。
ココルは無表情だった。けれど、どこか悲しそうでそれでいて笑っているように見えた。
「今、だけでいいんです。それ以上は求めません。……だから」
「ココル?」
さっきとは違う震え方で顔を伏せるココルをカインは心配そうに見つめる。
「私は……魔導具ですから……」
ココルのこの言葉は地面にぽつりと落ち沈んでいく。
だから、カインの耳には届かなかった。
けれど、ココルが何かを耐えていることは分かった。
「ダメ、だよ」
カインはココルにそう伝える。
ココルは一度大きく呼吸をし、顔を上げる。
(大丈夫だ。私は無表情だから、だいじょうぶ)
「もし、本当に、色んなことがあって、結婚する、ってことになったら、ちゃんと、つける、から。今は、ごめん。やめておこう」
カインは、そう言った。
ココルは賢い。〈自律思考〉の遺物であり、様々な知識と異常なまで思考速度を持っている。けれど、ココルは一瞬カインが何を言っているか分からなかった。
その隙にカインはココルから指輪を奪い、背中を向ける。耳は真っ赤だ。
「あの、私は、カイン様の恋愛対象に入るのです、か?」
「も、勿論」
カインが背中越しに返した言葉にココルが目を見開く。
「あの、私は、
「あ、うん……そう、だね。でも、けど、別に、それは、気にならない、かな。あの、周りの人、から、見れば、変、かもしれない、けど……」
「変です」
ココルにはっきりと言われカインは思わず振り向き、苦笑いを浮かべる。
ココルに視線を向けると相変わらずの無表情。けれど、頬はうっすらと桃色に染まっている。
「変ですけど、変だから、私はあなたが大好きです」
ココルは真っ直ぐにカインを見つめ、そう伝えた。
そして、
「では、帰りましょう。カイン様、いえ、未来の旦那様」
「あ、の、飽くまで、可能性がある、だけで。ココルが、他の人を好きに、なったら」
「あり得ません。絶対に。あり得ません」
ココルはカインの腕に抱きつき、その上でぎゅうっと身体を寄せて歩き始める。
(ココル、あったかいな)
カインは子供のように引っ付いてくるココルを見て苦笑いを浮かべながら、宿へと戻り始める。
その帰り道でココルが急に道行く人に「私の未来の夫です。私の未来の夫、カイン様です」と言い始めたことでたどり着くまで顔を真っ赤にし続ける羽目になることをカインはまだ知らない。