その日のルゥナは様子がおかしかったと父でありレイルの街の領主であるルマンも思っていた。
その日とはレイル魔導具コンテストの打ち合わせの日。
レイルの街の会議場で行われたその打ち合わせには名だたる面々が揃っていた。
領主ルマン、その娘ルゥナ、冒険者ギルドレイル支部長シキ、レイルの職人ギルド長、商人ギルド副長、審査委員として参加する【鵞鳥の弟子】、それぞれの補佐役、そして、昨年優勝者のカネモッチ・ヌ・ミーゴォである。
十年行われているコンテストということもあり、ノウハウもあり、テーマは毎年同じものを続けているため、毎年規模が大きくなってきていることによる弊害に関する話で多少確認事項が多かったものの会議はほとんど滞りなく進められた。
しかし、途中議題として難航し、いったん保留そして、最後の議題に回された『優勝者への賞品』で会議は止まる。
元々、用意する予定だった『熊』の工房の小型魔導人形が届かなくなってしまったのだ。
今回の【遺物の工場】調査で公開された僅かな情報だけで作り上げられたとされるその小型魔導人形は、【遺物の工場】を発見してくれたお礼にとレイルの街に贈られる予定のものだった。
だが、ルマンはそのような技術の極みを自分の館で眠らせておくのは勿体ないということで、熊の工房に魔導具コンテストの優勝賞品にさせてもらえないかと提案し、快諾されたものだった。
しかし、事件が起きてしまう。
運んでいた冒険者がマシラウの街を出たところで魔物に襲われ、その際に食料などを詰めた荷物も含めすべて奪われてしまったらしい。
襲われた冒険者も命を落としてしまっており正確なことは分からない。
せめて、どんな魔物であったかだけでも分かれば、捜索も出来たし、冒険者の仇もとれたのにとシキは唇を噛んだ。
ともかく、優勝賞品の予定だった品が行方不明になってしまった。
今回は、魔導具コンテスト十周年ということもあり、国王陛下も見に来られるらしく、参加者には存分に腕を振るってもらいたい。
昨年、カネモッチが、持っている財産をこれでもかと使い、優秀な部下と『共に』作り上げたという魔導具で圧倒的な優勝を見せつけた。
その背景には『何故か』いくつかの工房が参加を取りやめたという要素もあり、今年の参加には難色を示す工房や職人が多い。
事故などが期間中起きないよう冒険者ギルドのシキとは連携を強めており、今のところは、未然に防げている。
だからといって、今年すぐに参加しようと思えるモチベーションにはならないだろう。
だからこその優勝賞品なのだ。
熊の工房の小型魔導人形という最高の技術者たちの最先端の魔導具は魔工技師や魔導具職人たちがいくら出しても手に入れたいものだったであろう。
それに代わるモノが見つからず難航していたのだ。
特に、昨年優勝し二連覇を狙うカネモッチと今年も街を盛り上げたい商人ギルドの副長がなかなか首を縦に振らず、ルマンは頭を乱雑に掻いた。
「休憩だ! 一度休憩を挟もう。その後、多数決でここまで出たモノの中で決めるとしよう。納得出来ない、不安な者もいるだろうが、全責任は私がとる。それに、国王陛下もいらっしゃるのだ。会議だけをしているわけにはいかない」
ぱらぱらと会議場を後にする人々。
職人ギルド長は元々こういう話し合う場が苦手なのだろう。腰を叩きながら外の空気を吸いに行った。
シキは、補佐の男性と今後の警備依頼等を打ち合わせし始めている。
【鵞鳥の弟子】は打ち合わせ中も机の下で遊んでいた玩具を取り出し、遊び始める。
ルマンは、大きなため息を吐き、ふと顔を上げると隣にいたルゥナが席から離れようとしていた。
「ルゥナ、何処に?」
「……外の空気を吸ってまいります」
「であれば、私も」
「お父様は来ないで」
「しかし」
「読、み、取っ、て」
にこやかな可憐な笑顔を見せながらも恐ろしい圧力をかけられようやくルマンは理解し、浮かびかけた尻を椅子に戻す。
ルゥナが立ち上がり、会議場を後にしようとするのを見かけたカネモッチが彼女を追おうとするのを見て、再びルマンが立ち上がりかけるが、その視界に商人ギルドの副長である女性が入り込み、こちらに片目をつぶって見せた。
自分にまかせろということなのだろう。
商人ギルドでも一気に実力を見せつけ成りあがっている出来る彼女であれば、大丈夫であろう。
それに何よりルゥナだったら大丈夫だろう。
彼女は幼いころから賢い子だった。
領主の娘ということもあり、大事に大事にしていても、危険な目に遭うことはあった。
しかし、その度に彼女は大人も驚くような機転を利かし窮地を脱していたのだ。
先日の街のゴロツキに襲われあのたすに助けられたという話もルマンからすれば首を傾げたくなるような話である位彼女は賢い。
魔導具についてルマンが深く興味を持ち始めたのもルゥナの影響だった。
ルゥナは、赤ん坊の頃から魔導具をじっと眺めていた。
そして、言葉が話せるようになると魔導具に対しより興味を持ち欲しがった。
そこからはルマンの子煩悩が炸裂し、魔導具研究の中心地のひとつとして期待されたレイルの街でよりたくさんの素晴らしい魔導具が生まれるよう働きかけ続けた。
有名な熊や鵞鳥が来てくれることはなかったが、それでも、多くの技術者たちがここにやってきて様々な魔導具を生み出し、ルゥナの喜ぶ顔にルマンは頬を緩ませた。
そして、子煩悩の極致に至った彼がルゥナの為に作りあげたのがこの魔導具コンテストだった。
そう、彼女の為に。
なんとしても成功させねば。
そう、ルマンが鼻息を荒くしていると、いつの間にか皆が席についており、ルゥナも静かに会議の再開を隣で待っていた。
「……おほん。では、会議を再開しよう。それでは、優勝賞品についてだが……」
「あの、その前によろしいでしょうか」
先ほどルゥナについていってくれた商人ギルドの副長が手を挙げる。
「何か?」
「申し訳ございません。決議をとる前に少しだけ提案を。勿論これが否定されれば候補に入れていただかなくて結構です。というのは、モノにこだわる必要はないのではないでしょうか」
「ふむ……どういう意味かね?」
「例えば、このレイルにはあの【遺物の工場】を発見したS級パーティーがいらっしゃいますよね。そして、そのリーダーであるあのたすさんは街でも非常に人気の方です。聞いたところによると、あのたすさんとデートをする為に争った女性たちにより建物一つが崩壊する事件があったとか」
ルマンは顔を顰める。
『あのたすさん』とカインが本名でなく愛称で呼ばれていることも少しひっかかったが、それよりも最後に出た建物一つ崩壊の話である。
カインは確かにモテる。顔がいいわけではないが、その優しさにファンも多い。
そして、熱狂的といつか狂気的なのがパーティーメンバーだ。
白黒髪の自称妻と、ホワイトスノウの姫が度々カインを奪い合ってもめ事を起こすのだ。
その日も依頼を受けて、街外れの廃墟を根城にしている盗賊退治の為に【小さな手】が派遣されたのだが、偶然を装ってカインに抱き着こうとした二人が互いに相手をけん制しあいながら奪い合ったのだ。その余波だけで廃墟が崩壊したらしい。
盗賊の根城だったのでお咎めはなしだったが、街では絶対にそんなことにならないようにとシキと共に厳重に注意したことを思い出してしまった。
シキも同じなのだろう、こめかみに青筋が浮かんでいる。
「で、君はどうしろと」
「例えば、そのあのたす……あのたすの英雄殿と一日過ごすことが出来るというのは……男女問わず人気の方と聞いていますし、聞くところによると魔工技師にも関わらずS級のリーダー。職人たちにとってもうれしいのでは」
商人ギルド副長は職人ギルド長を見る。
「あの人に教えて貰えるならばっていう奴らはいくらでもいるだろうが……【遺物の工場】の話も聞きたいだろうしな……って、おい、どうしたシキさんよ」
「え? あ、失礼」
職人ギルド長はいつの間にか立ち上がっていたシキの方を見る。
はっと何かに気づいたシキが静かに座りなおす。
ルマンはそのやりとりを見ながら小さくため息を吐き、商人ギルド副長の方を見る。
「おもしろい話ではあるが却下だな。本人の承諾もなしに出来ない。それに人の価値をどうこう言うのは悪趣味だが一日彼と一緒に過ごせるだけでは……」
「であれば」
ルマンの言葉を遮りながら、カネモッチが手を挙げる。
「レイルの華であるルゥナ様が賞品というのはいかがでじゃる? 一日がよろしくないというのならば嫁にできる、とか。面白い考えではないですかな、ルゥナ様?」
「よ……! 貴様、ふざ……!」
突然の提案に驚き、怒りのままに立ち上がり殴りかかろうとしたその瞬間、ルゥナがか細い声で答えた。
「はい……」
「な……本気かルゥナ!?」
「はい」
まさかの言葉に一瞬理解しきれなかったジェントリであったが、慌てて顔を振り、ルゥナに問いかけるが、ルゥナは首を縦に振ったのだった。
「おおっと、これはこれは冗談のつもりで言ったのだが、ルゥナ様は存外乗り気のようでおじゃるな! とはいえ、勢いで言わせたのではよろしくない。もう一度、聞いておくでおじゃる。ルゥナ様、今年のレイル魔導具コンテストの優勝者に与える賞品はルゥナ様でよろしいですな?」
「はい」
「ル、ルゥナ……!?」
「ほっほっほ! ならば、仕方ない! どこぞの馬の骨に奪われるくらいならば、貴族である麿がもらい受けた方がルゥナ様にとっても良いでおじゃろう! 麿が二年連続の優勝果たして見せようぞ! ほっほっほ!」
「ルゥナ! 本気の本気の本気の本気か!?」
「はい」
「……カイン君を一日独占……ダメよ、シキ……!」
「ルゥナ様本人が仰るなら仕方ねえ、のか……!」
「こ、これは今年のコンテストは大変な盛り上がりになりますよ!」
「……つまんない玩具だなー」
こうして波乱の会議の幕が閉じられた。