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四部29話 みんな腰をぬかしましたとさ

【小さな手】対【黒のゴブリンズ】の後もトーナメントの展開としては、順当であった。

【小さな手】の次の対戦相手は【白銀の針】。

【白銀の針】のリーダー、マロンマは、相手の魔法を魔導具の魔力に変換し針を伸ばす攻防一体のマント『針竜の外套』という魔導具で一回戦を危なげなく勝ち進んでいた。

だが、廻龍砲の威力は防ぎきれず魔導具を活かす前に敗北を喫する。

一方、【小さな手】と反対のブロックでは二位通過の【赤のゴブリンズ】が危なげなく勝ち進んでいた。


「ほっほっほ! 切り裂け! 黒の三叉ブラック・トライデント、でおじゃる!」


カネモッチが持っている魔導具は『黒の三叉』。

黒犬の工房、ハウンドが作り出した魔導具であり、形状は槍の先に三つに分かれた竜の爪のようなものがついている。

送られた魔力に反応し、三方から襲う黒い炎の刃が無慈悲に相手を攻撃し、『献身的な影』を破壊する。


「勝者っ! 【赤のゴブリンズ】っ! 決勝戦は、波乱なしの大本命同士の対決ですっ!」


そして、決勝戦。

マコットは、最後の微調整と確認を終え、舞台でカネモッチを待つ。

一方のカネモッチは、少し遅れながらも悪びれもせず、舞台上にのんびりと上がってくる。


「いやー、すまぬな。観衆も待ちわびたことでおじゃろう。……さて、その廻龍砲とかいう玩具でどれだけ検討するか楽しみでおじゃるなあ」

「よよよよよろしくお願いします」


宣誓台に魔力を送り、モモの合図で距離をとり構える、のはマコットだけだった。


「へ?」

「さあ、放ってくるがいいでおじゃる! その廻龍砲とやらを!」


カネモッチは、自信満々にマコットの攻撃を待ち構え挑発してくる。

マコットとしては多少苛立ちは覚えるものの千載一遇の機会、すぐさま廻龍砲に魔力を送り攻撃を開始する。


「あーあー、皇子様の悪い癖だ。あまり目立たせるなっていったのによう」


ハウンドは髪を掻きながらため息を漏らす。

マコットの廻龍砲の炎がカネモッチを襲う。

カネモッチは逃げきれないと悟ってか、槍をぐるぐると回し防御に回る。


「……まあ、おれとしては魔導具をアピールできるなら文句はねえけどよ」


炎に包まれたカネモッチを見て、献身的な影を確認するモモだが、壊れた様子はない。

じゅわあという音に慌てて振り返ると、そこには余裕の表情で笑うカネモッチが。


「な、な、なんとっ! ここまで対戦相手を一撃で倒してきた廻龍砲が、まさかのノーダメージで防がれましたっ! これは一体!」


観衆が予想外の展開、そして、一瞬で終わるかと思われた戦いが続くことに歓声をあげる。


「魔導具、変えてるんじゃないか……?」

「そうだろうね、黒で隠している以上証拠も見つからないだろうけど、美しくはないね」

「まったく、スタッフは何をやっているのだ!」


審査員席のダム、クグイ、ルマンが顔を歪ませながら舞台を見つめる。


「ふむ……どういうことだ? ルゥナよ」

「はい、ヌルド王様。恐らく、あの魔導具は先ほどまで使っていた魔導具とは全く異なるものだと予想されます」

「そうなのか? 全く、同じものに見えるが」

「黒色の魔導具はあまり好んで使われることがありません。なぜならば、魔導具の色は属性色である方が、効果が高まるという研究結果もあるからです。にもかかわらず、黒の魔導具を好んで使うものは……対人戦闘を想定した暗殺者が主です」

「成程……相手にこちらの手を読ませない為の」

「はい。本来、魔導具は一つのみのこの戦いでは、黒であることのメリットはないはずでした。が、まさか魔導具の入れ替えとは……」

「誰か関係者を買収でもしおったかな、あの金持ち貴族」


ルゥナとヌルド王の会話が繰り広げられる中、ルマンが慌てて立ち上がり口を開く。


「申し訳ありません! 王の前でこのような……すぐに彼奴らは失格に……」

「かまわん」

「……は?」

「それで負けるなら、そこまでのものだったということだ。なあ、『何も持たぬ者』カインよ……」


ヌルド王は愉快そうに口の端を吊り上げ、舞台上ではなく、舞台を見つめる黒髪のぼおっとした男に視線を向けた。

一方、戦いは、カネモッチが黒の三叉を振り回し、マコットを追い詰めようと迫る。


「ほっほっほ! ほっほっほ! ほーっほっほ!」


マコットも廻龍砲で反撃を試みるが、放たれた炎は全て受け止められてしまう。

黒の三叉は、決勝戦の前までは火属性の魔導具であった。

しかし、直前で同じ形状・色の水属性のものと取り換える。

相手の魔導具を確認した上で、入れ替え、必勝を期す。

勝ってしまえば、あとは失くしたなり壊れたなりで有耶無耶にしていまえばいい。

カネモッチはそうハウンドに伝えた時と変わらぬ厭らしい目つきでマコットを見る。


「やれやれ、これで決まりかね……とはいえ、どーも気になるなあ。あの魔導具の、色」


ハウンドは勝利を確信し騒ぐ赤のゴブリンズの面々から離れ、一人じいっとマコットの魔導具を見つめる。


「しかし、ルゥナよ。【小さな手】とやらの魔導具もそう考えるとおかしくないか」

「ええ、仰る通りです。彼らの魔導具の色も、薄い黄色と黒に近い紫色。光と闇の属性色に近いです。けれど、あの魔導具が放つのは炎。火の属性色は赤」


全員が見つめるその魔導具の正体がわかるのは直後だった。


マコットが、懐に手を入れ、茶色い魔石を取り出す。

そして、龍の尾に挟ませると、魔導具の一部を指でなぞり組み替え始める。


「刻刻、刻理。理を刻む。廻が導く。導くは解。克克、克裏。光は夜に、影は昼に、さかしまに」


その瞬間、廻龍砲の口についていた龍の頭がぐるりと180度回り上下反転する。

そして、魔力が龍の身体をぐるぐると螺旋に辿り、放たれる。

その攻撃は


「まさか! 嘘だろ! おいおいおい!」

「何度やっても、むでゃああああああ!」


泥の濁流がカネモッチを飲み込む。

カネモッチの魔導具は水。

吞み込まれ、泥を増やすだけ。

そして、呆然とするモモを含めた観衆の耳にバギイィと鈍い音が響き渡る。

カネモッチの献身的な影がペチャンコに潰れている。


「ひっ、ひっ……う、う、美しい……!」

「もう何があっても驚かんぞ」

「今日で魔工技師の歴史が三回変わったんじゃないか……」

「ぬ? 奴らはどうしたのだ? ルゥナ」

「えーと……恐らく【小さな手】が作ったものは、『四大属性全てが高いレベルで扱える』魔導具かと……私の知る限り、世界で唯一の魔導具です」

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