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四部43話 赤鬼は我慢できませんでしたとさ

時間は少し遡り、カインが【遺物の工場】に向かっている頃。

レイルの街、中央広場ではグレンとエーテ達が向かい合っていた。


『お前、一人か? 赤鬼』

「暫くは、な。遊んでくれよ、火遊びにいちゃんよ」


グレンが手の中から炎を浮かべ、同じ火属性のバリィを挑発する。


『は! 他が回復するまでの時間稼ぎか!? いいぜ、付き合ってやるよ。お前のその身体をより真っ赤にしてやる! お前の血でな!』


エーテがバリィの声を切っ掛けにグレンを囲む。

グレンは手の中の赤い炎を見せつけながら地面に叩きつける。


『あん? なんのつもりだ?』

「てめえらが来る前に詠唱はほぼ終わらせといたとっておきだ。なんのつもりかって聞いてたよな? 閉じ込めるつもりだよ……大地に眠る焔の精霊よ、〈焔陣フレアフィールド〉」


グレンが最後の節を詠唱し、魔法を発動させる。

炎が大地を走り、エーテとグレンを円形に囲み、天に向かって噴き上げられる。

その炎はドーム状となってエーテ達とグレンを囲む。


「これで、邪魔は入らねえ。俺とお前らだけの勝負だ。さあ、来いよ……!」


戦いは一方的だった。


『ぶっははははははは! おい! 手も足も出ずに殴られてるだけかよ! 赤鬼ぃいいい!』


バリィの挑発がボロボロのグレンへと向けられる。


エーテ達とグレンの速さや力といったステータス面で言えばそこまで大きな差はなかった。

だが、流石に多勢に無勢。

多方向からの攻撃にグレンの防御は間に合わず傷だらけになる。

しかし、次第に顔を歪め始めたのはバリィの方だった。


『てめえ……なぜ立ってられる? てめえのステータスよりも俺の、エーテの方が高いはずなのに!』

「俺の異能エクストラスキルのせいだな」

『な……異能だと!? 一体どんな……!』

「俺の異能は【我慢】、だ」

『……ぶ、ぶははははははは! そうか我慢か、そいつは凄いな! じゃあ、その我慢でカインが此処に来るのが先か、てめえが倒れるのが先か試してみようぜえ……』


そういうとさっきまでずっと聞こえていたバリィの笑い声が途切れる。

どうやら移動をしているらしい。

しかし、その間もエーテ達の攻撃は続き、グレンは防戦一方となる。


「……まだ、足りねえ」


そして、再びバリィの声が聞こえたとき、すでにグレンは自分の血で真っ赤に染まっていた。


『随分と過激な化粧だな、赤鬼ぃい』

「よお、ちびって声も出てねえのかと思ったよ」

『……! そんなツラでよく言えるなあ。おい、お前の大好きなお前と同じ弱い弱いカインさんが見てるぞ。ほらほら、いいところ見せなきゃ、よ!』


バリィの言葉に反応してか、エーテの拳がグレンの顔面に叩きこまれる。

グレンはよろめき、膝をつく。


「もう、限界だ……」

『あ? あは……あっはっは! ひいひい……苦しい……! あんまり笑わせるなよ。限界とか、ソロA級様が泣き言ほざいてんじゃねえよお』

「そういう意味じゃねえよ……我慢の限界だって言ったんだよ」


グレンが額からの無数の筋の血を流しながら立ち上がる。


『はあ? 我慢の限界? だったらどうするんだよ? 怒るのか? 泣くのか?』

「いや……やり返す。俺の異能【我慢】はな、受けた攻撃から魔力を得る。そして、受ければ受けるほど魔力は溜まる。倍々にな」

『……は?』


グレンがゆっくりと腕を回し始めると、その動きに吸い込まれるように赤い魔力が集まっていく。


「俺はガキの頃、自分が持っている異能が【我慢】と聞かされ、我慢強いことが俺の長所だと思い込んだ。けどな、そうじゃなかった。それを教えてくれたのがカインさんだった」


グレンの先ほどエーテに殴られた顔面にも赤い魔力が浮かび、回している腕の中心へと流れていく。


「『怒ることも必要だ』ってな。けれど、そのころにはもう俺は負け犬根性が染みついて怒り方を忘れてた。その怒り方を教えてくれたのもカインさんだった。自分が悪役を、汚れ役を引き受けて、俺に心を取り戻させてくれた」


中心部に集まる赤い魔力が揺れる。

まるで怒りに震えているかのように、そして、空気さえも震わすほどの魔力が焔陣の中を満たしていく。


「なあ、カインさん『怒る』ってのは、大事だよな。俺は今、最高に怒ってるぜ。てめえになぁあああああああ! バリィイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」


怒りの形相を浮かべるグレンの身体中から小さな炎が噴き出はじめる。

その小さな炎は繋がって広がっていつの間にかグレンの身体を包み込んでいた。


火産霊ホムスビソウ


小さく圧縮された火の魔力の塊が、星のように輝くその光がグレンの体中を覆う。

それはまるで鎧のようにグレンの全身を包み紅く輝いている。


「は! こけおどしだ! そんなボロボロで何が出来る! 痛みで動けねえだろ!」


エーテがグレンを囲み、一斉攻撃を仕掛ける。


「痛みで動けねえだろ? 自分の痛みならそうかもな……」


グレンは腕を顔の前で大盾シュテンを構え、ぼそりと呟く。

そして、思い浮かべる。


追放された時のカインの話。

破壊されたレイルの街と傷ついた人々

エーテと戦いボロボロにされた仲間たち。

そして、もう動かない彼女のこと。


「けどなぁあああ!!! 俺の大切なもん達の痛みだけはテメエに万倍にして返すまで俺は止まるわけにはいかねぇえんだよぉおお!」


エーテ達の拳が届くか否かのその瞬間、グレンは大きく咆哮する。

すると、身体の周りを浮かんでいた火の星が盾に集まり溶かし赤い鉄の棘を伸ばす。

伸びた棘はエーテ達に突き刺さり刺さった部分から溶かしていく。

脚を溶かされればバランスを崩し恐怖に腰を抜かすように地面に尻をつき、胸を溶かされれば動きは止まり死んだように、顔を溶かされれば鋼の涙を流しているようにも見えた。


「〔ヒヅクリ〕……おい、その熱は中々消えねえぞ」


よろめく鉄人形エーテ達の中で、一人の鬼は怒りに笑っていた。

目に落ちる真っ赤な血を拭うこともなくただただ遠くを見ていた。


怒りに燃える血涙の赤鬼が、エーテ達が恐怖し気絶し泣き叫ぶ紅蓮の地獄から復讐すべき男を睨みつけ、男は届くことのないはずのその怒りに怯え身体を震わせた。


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