目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

四部51話 あるところにこわれた鉄人形がおりましたとさ

カインとバリィが向かい合う。


バリィは自分が尻もち突いた状態であることに気づくと慌てて立ち上がる。

脚はまだ先ほどのヌルド王の一撃を見たせいか僅かに震えていたが、精いっぱいの虚勢で誤魔化した。


「ふん……カイン、お前一人で、俺を倒すつもりなのか?」

「ああ」

「笑わせるな。お前が俺に勝ったことなんて一度も……一、度も……ぅううう!」

「バリィ?」

「ぅああああああ! しねぇえええ! カイン!」


突如としてバリィが襲い掛かる。

黒い炎を放ちカインに迫る。

が、カインもまた、黒い鍵盤で迎撃する。


「え……?」

「なんだ今のは……」

「カイン、お前が、俺の魔法と拮抗するほどの魔法を……?」

「大した、魔法、じゃない、な。バリィ」

「ふざけるな! 俺は! 俺は! お前以外の記憶をほとんど捨て! 力を手に入れたんだ! あの赤鬼を脅かすほどの力を!」


バリィが詠唱を行い魔法を放とうとするその瞬間カインが相殺する。


「なんでだ……なんでお前が……! おい、カイン、その頭の輪はなんだおい!」


バリィが指さしたカインの頭には金色に輝く輪が嵌められていた。


「これは魔導具『金猿の王冠』。蓄積、された、知識、と、思考法、が、俺の思考、を加速、させる」


話している間にもふっとわずかに動いたバリィの指先で判断し、カインは再び術式を紡ぎ、相殺する。


「だっかっら! ふざけるな! そんなのアリかよ! 神の魔導具なんてよ!」


バリィの言葉には誤りがあった。

金猿の王冠は、元々は別のものだった。




『辿るもの、タルトよ。あの腕輪は持っていますか?』

『腕輪って、もしかして、【遺物の工場】の近くでグレンさんが見つけた?』

『あなたたちの手に辿り着いたのも正しき道なのでしょう。その腕輪は、今歪んだ道を歩まされています』

『歪んだ、道?』

『これは逆導さかしるべの灯を起こす魔石です。これで、その腕輪を焼きなさい』『は、はい……って、焼いたら……腕輪が……冠に!?』

『金猿の王冠……それをかぶれば、知恵あるものの記憶に触れ、賢者と呼ばれるほどの知恵を生み出せるでしょう』

『じゃ、じゃあ、これ、は、タルト、に』

『カイン、あなたが持っていなさい。使うべき時まで。あなたが』

『え……? わ、わかりまし、た、ジーズォ様』




恐らく今が使うべき時なのだろう。

そう判断したカインは素早く金猿の王冠を被り、バリィと戦う。

結果は、見事に嵌り、バリィを圧倒している。


そして、どんな攻撃も通じないことでバリィは悔しそうに地面を叩く。


「もう終わりか、バリィ」

「カ、カイン」

「もう終わりなのか、バリィ」


カインが静かな怒りをにじませながらバリィに迫る。

バリィの真っ黒な光無き瞳がカインの姿を捉える。

そして、少し斜め上にずらし、ふっと、笑った……。


「ああ、そうだな。終わりだ。ただし、お前がな! カイン!」


その嬉しそうな声色にカインは弾かれたように術式をくみ上げる。

一瞬で石の壁が全方位に生え、その次の瞬間には石壁に罅を入れる金属的な音が鳴り響く。


そして、がらがらと音を立てて崩れた先にいたのはエーテキングだった。


「はっはっは! 流石エーテキングだ! まだ戦える、あのバカ王と違ってな!」

「馬鹿な……アイツ動けるのか!」


ヌルド王が、初めてかもしれない驚きの表情を見せる。

しかし、そんなヌルド王に構うことなくエーテキングはカインを襲う。

紙一重でかわし続けるカインだが、一向に攻める隙を見つけることができない。

それほどまでに大きなステータス差があった。


(いや)


カインは必死に躱しながら自分の中に浮かんだ疑問を掴む。


(ステータス差があるのなら、もっと簡単にやられているはず……なら、何故)


よく見ればエーテキングの攻撃は全てバランスの悪そうな動きからつむがれていた。


(『鵞鳥の行進マーチンググース』は今ない、なら……)


カインがほんの少し深く思考したその瞬間だった。

エーテキングがいつの間にかいなくなりカインは左右を見る。

そして、左を見たその時、カインは気づく。


エーテキングの右手がカインの頭にそっと触れていることに。


「え……? あ、あぐああああああああ!」


思考に沈めたのはほんの一瞬。

そっと触れた右手とは逆、左腕を振るったエーテキングの強烈な一撃でカインは思い切り頭を殴られ、飛んでいく。

入り口近くの壁に叩きつけられ身体を壁に預けた状態でカインはエーテを定まらない焦点のまま見る。

身体は動かない。

だが、冠の力か、頭だけは働き続ける。


(今、エーテキングの右手はなぜそっと俺に触れた?)


(もし騙して両手で潰すつもりなら出来ていたはず)


(右手は逃がそうとしてくれた?)


(右手は味方? そんなことがあり得るのか?)


(明らかにおかしな動き)


(異常行動だ)


―ツ・―


(何が原因だ)


(ヌルド王の一撃で核に影響が)


(おかしくなった?)


(いや)


―ツー・ツ・ツ―


(あの動きには『意思』があった。『俺を守ろうとする明確な意思』が)


―ツ・ツー―


(もしかして、エーテキングは)


―ツ・ツー・ツ・ツー・ツ―


一瞬の間の思考。

しかし、それは飽くまで頭の中の動き。

身体は動かない。


―ツー・ツー・ツー・ツー―


エーテキングが近づいてくる。

近づく二つの足音。


(二つ?)


―ツー・ツー・ツー・ツー―


どこかで何か音が聞こえる。


カインがふと顔を上げると、そこには……。


「エーテ……!」


慌てて身構えるカインと、何も恐れるものはないと言わんばかりにただ立っているエーテ。

胸に穴を空けたそのエーテは、忘れるはずもない、ココルを襲ったエーテだ。

そのエーテにも穴が空いており、その核が少し見えている。


―ツー・ツ・ツー・ツー・ツ―


「……ああ、そうか。そうだったんだ」


カインは構えていた腕をだらりと下ろす。


「カイーン! 諦めるな! ワシが!」

「王! あんたはじっとしてろ! 俺が……!」


ハニキヌやヌルドが慌てて駆け付けようとするがそれをカインが手で制す。


「もう、いいんです。俺は、救われた……!」

「何を、言っているんだ! カイン! 君は!」


クグイの悲鳴のような声を上げ痛む身体を動かそうと立ち上がる。


エーテが腕を引き絞る。そして、


「ぎゃっはっは! やれ! エーテ!!!」


バリィの叫び声が【遺物の工場】に響き渡る。






―ツー・ツー・ツー・ツ・ツー、ツー・ツ・ツー・ツ・ツ―






「うん、俺は君が好きだよ……ココル」





エーテの拳はカインの頬をすり抜け、迫るエーテキングの顔に命中した。

その拳には、螺旋術式が刻まれた指輪が嵌められていた。


「は?」


呆気にとられるバリィ達だったが、カインは気にも止めず、エーテに抱き着く。


「核を埋め込んだの?」

「はい。エーテに身体を掴まれ逃げられないと思った私は、エーテの拳が私の胸に届くよりも早く、銀の触手で私の核をエーテに突き刺したのです」

「なんでその時教えてくれなかったの?」

「申し訳ありません。他文明のものの為、合わせるのに時間がかかり、動けるようになったのはカイン様がレイルを出たあとでした」

「〈念話〉の指輪がなかったら攻撃してたよ。持ってきたんだ?」

「二人を繋ぐ大切な指輪ですから」

「そっか」

「はい」

「ココル……だよね」

「はい、ココル、です。カイン様」


クグイは理解したのかもしれない。一瞬、呆けた顔を見せたがすぐにやさしい瞳で二人を見つめていた。


「ココル」

「はい、カイン様」

「ココル」

「はい、カイン様。あなたのことを世界一素晴らしい人だと思っているココルです」

「ココル」

「はい、カイン様。天才魔工技師のあなたに命を与えられたココルです」

「ココル」

「はい、カイン様。あなたの理想のナイスバディを体現したココルです」

「ふふ、今は違うでしょ」

「はい、街に戻ったらあの身体を直さないと」

「ココル」

「はい、カイン様。あなたのことが大好きなココルです」

「俺も大好きだよ、ココル。ありがとう、傍に戻ってきてくれて」

「此処にいますよ、いつでも。あなたの傍に。カイン様」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?