『巻き込むことは出来なかったが、てめえが死ねばアイツは泣くだろうな』
忌々しい男の声が聞こえた。
エーテの中から。
スマートマホーンを持ったココルが視線を動かす。
エーテが視界から外れていく。
背後に回り、腕を軋ませながら絞る音がする。
(カイン様『は』……か。そして、人死に『は』……必ず、守ってくださいよ、ぽんこつ棒人形の主)
それは、賭けだった。
核を強引にぶつけ鉄人形の支配を奪い去る。
そんな例は一つもなかった。
だが、今、その方法しか彼女には思いつくことが出来なかった。
銀の触手を自身の正面から身体に向かって刺さるように動かす。
出来るだけ傷つかないようにという配慮をする余裕もない。
ただ、自分の核を抉りだし、相手の身体に植え付ける。
拳で殴られればひとたまりもないだろう。
だから、カウンターパンチのような形で核を背中から飛び出させ、相手の核がある部分に思い切りぶつける。
大丈夫。
私は〔自律思考〕の術式を持つ魔導具だから。
大丈夫。
私は遺物の中でも最高傑作なのではないかとあの方に言われたから。
大丈夫。
私は絶対にもう一度カイン様に会って見せるから。
兵たちの叫び声と金属の不協和音がレイルの街正門で木霊し、続くように、レイルの街の西、東、そして、遠くから近づいてくる爆発の音が鳴り響いた。
動かない鉄人形の中で、繊細に、小さな銀の触手を持った核が少しずつ少しずつ自分を取り戻そうとたった一人で戦っていた。
「ココル……?」
遠くで大好きな人の声が聞こえた気がした。
泣き叫ぶ声が聞こえた気がした。
お別れを言われた気がした。
応えたかった。
でも、今の私には、応える口がない。
近づく足がない。
抱きしめる腕がない。
銀の触手を動かす速度が上がる。
早く、早く。
そして、鉄人形はどこかへ運ばれた。
でも、気にしない。
今は、ただ、あの人に会うために。
動かせ。
動かせ。
動かせ。
あの人を守らなければ。
あの人はみんなを守る人。
でも、あの人を守る人は私だ。
だから、早く、早く、早く。
でも、限界はあった。
最後の最後でどうしても開かない扉のような。
其処が開けばきっと……。
でも、開かない。
何度も何度も叩いていじって願って、それでも、開かなかった。
「ありがとう、では、少しの間お邪魔します。でも、決して覗いてはいけませんよ」
声が聞こえた。
そして、魔力を感じた。
魔力が変わるのを。
「ふう、さて……まだ君には退場してもらっては困るからね。彼の為に」
声が聞こえた。誰だ?
「……まりの女王……が命ず……虎の……よ、開け」
魔力の高まり……魔力反響の音交じりに聞こえたその声はどこかで聞いたことのあるような声だった。
そして、扉が開いた、気がした。
繋がる。
光が差す。
目を開いてみる。
一瞬、笑った女の口元が見えた。
「見てはいけませんよ。見られたら、君を物語から退場させなければいけなくなる」
そして、彼女は消えた。
次に映ったのは石造りの倉庫の壁、そして、ボロボロになった自分の身体だった。
どうやら、資料となるべく保管されていたようだ。
行かなければ。
あの人の下に。
隣で眠る自分の姿を見る。
その指に嵌った指輪を抜き取る。
そして、今の自分の身体に嵌め、少し壊れた鉄人形は愛する人の元へ駆け出した。
「ふざけるなふざけるな、もういい加減にしろ! あのツールの女がコイツだってのか!?」
バリィの言葉にココルは不機嫌そうに答える。
「お前を殺すために、やってきましたしねしねしね」
「うるせえよ、鉄屑。エーテキング! てめえの子分だろうが! 操れねえのか!」
エーテキングはゆっくりと首を横に振り答える。
「ち! 使えねえ。まあいい、所詮はお前の下位互換だろ、さっさと潰せ」
エーテキングは、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
右手は頭を指でとんとんと叩きながら。
「こちらを挑発しているつもりでしょうか。あの鉄屑野郎」
ココルがほとんど同じ姿のエーテキングを罵る。
「ココル、お願いがあるんだけど」
「なんでも叶えましょう。結婚ですか?」
「うん、違う。俺に、考えがある、から。しばらくの間、時間を稼いで、くれない?」
「分かりました」
「右側から俺が、行く、から。絶対になんとかしてみせる」
「はい。カイン様を信じます」
「いこう」
カインの声でココルは動き出す。
それだけで湧き上がる何かがある。
ココルは動く、彼の為に。
動く、動く、彼の為に。
自分の意志で。