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四部53話 親切おにいさんは物語を紡ぎましたとさ

 ココルは頷くとエーテキングに向かって駆け出し、左側面に回り蹴りを見舞う。

 カインは鍵盤を叩きながら準備に入った。

 先ほどから黒鍵盤が熱を持っていることに気づいたカインは、エーテとレイルの街の外で戦った時の事を思い出していた。


 あの時、共闘していた棒人形アーヴェ・ヌ・コーヴェは、エーテにバラバラにされ、動かなくなった。

 だが、その時ふわりと人型の紙がカインの下に飛んできて黒鍵盤の中に潜っていったのだ。


 その黒鍵盤が熱を持ち何かを伝えようとしている。

 その時、うっすらと菫色の魔力が灯る。

 そして、その魔力は、注意しなければ見えないほどの魔力の細い糸で、カインの頭とエーテキングの頭を結んでいるように見えた。


 その瞬間、カインの頭に何かが流れ込む。

 それは記憶。

 ジーズォが知恵あるものと呼んだ誰かの記憶。


『この人形で姫の願いをかなえるのだ!』

『駄目だ、あの方は狂ってしまわれた』

『誰かが止めねばならん』

『この人形であの方を呪う、それしか道は』

『もう、この世界は終わりだ』

『あの時助けてくれたあの男がいればあの方は……』

『儂も死ぬ、のか』

『まだ死ねぬ! 死んでたまるか!』

『儂よ、儂の願いを叶えてくれ』

『頼む、誰か助けてくれ』

『誰か』

『誰か』

『儂は、サ―』


 カインは駆け出していた。

 助けを求めたあの人の下に。


「カイン様!?」

「ココル! その人の意識をそちらに引いて!」

「はい!」


 カインはココルにエーテキングが向き直ったその瞬間を見計らって、自らに嵌めていた『金猿の王冠』を外し、エーテキングに嵌めこむ。

 そして、『金猿の王冠』と繋いでおいた黒鍵盤に叫ぶ。


「核にある〔遮断〕の術式を全て消去しろ!」


 エーテキングの中を何かが暴れまわっているのか、エーテキングはずっと痛みに耐えるように震えていた。


 カインは、今のエーテキングは模写したバリィの中身と、もう一つ別の何かがせめぎあっているのではないかと感じていた。

 原因はヌルド王の一撃だろう。

 では、どうすれば助けられるのか。

 それは、記憶が教えてくれた。

 知恵あるものの記憶が。

 知恵あるものはエーテを生み出した。

 その生み出す過程一部始終をカインは目にした。

 理解できない部分が多かったが、それでも分かったこと。


 それは、鉄人形は永遠の命を生み出すために作られ魂を封じ込める為のものだったこと。

 知恵あるものは自分が仕える人に永遠の命を、その器を与えたかった事。

 そして、その主に殺されかけ、知恵あるものは自身の魂をこのエーテキングに隠したこと。


 もし、その魂が、主やその配下によって封じられていたとしたら。

 いや、封じられている。

 そして、今もその魂は自身を救い出してくれるものを待っている。


 カインは確信めいた予感を感じていた。

 バリィの命令とは違う動きをする右手にそれを見た。

 カインの頭をそっと触る。

 左手の一撃を和らげようと引っ張ってくれた。

 何かを伝えるように頭を指で叩いていた。


 助けて欲しい。


 声が聞こえた気がした。


 だったら、助けたい。


 カインは無心で鍵盤を叩き始めた。


 黒鍵盤が素早く強く術式を消し、もう一つの鍵盤が優しく丁寧に術式を繋ぐ。


 二つの鍵盤と魔導具鉄人形の王の身体が魔力反響により音を奏でる。


 カノンのように螺旋に絡まり、繋がり、強く強く結びつける。


 不幸と幸福。


 追放と救済。


 別れと出会い。


 魂と身体。


 真実と嘘。


 過去と未来。


 いつだって、物事は複雑で単純だ。


 カインは、ふっと笑いながら、鍵盤を叩き続ける。


 閉ざされた扉を開けるべく、鉄人形の王に語り掛ける。


 思い出して、あなたのことを。


 エーテキングの中に閉じ込められた根源たる魂を黒鍵盤が助け出そうと背中を押している。


 夢見て、これからのことを。


 カインが鍵盤を叩きながら無数の道を作り出す。

 エーテキングの中で眠る魂を導く道を、筋を、物語を。


(もし、テラーの血をひかない俺でもテラーを名乗ることが許されるなら)


(今、この時、この人を奮い立たせる物語を!)


 術式は複雑で簡単だ。


 始まりがあり、結果がある。

 そして、それを導く道がある。

 すべてが繋がれば、素晴らしい結末へとたどり着く。


 それは、そう、物語のように。


 出よう。


 立ち上がろう。


 目を開こう。


 一緒に。


 カインは手を差し伸べる。


 背中を押す。


 優しく、強く。


 両手を使って。


 その間に。


 助けたい魂が在る。


 歌おう。


 あなたの歌を。


 語ろう。


 あなたのおはなしを。


 作ろう。


 あなたの物語を。


 さあ、動き出せ!


 カインは鍵盤を叩き奏で続ける。


 何かが流れ始める感覚がする。


 それはとてもシンプルな、ありきたりな、どこにでもある物語のような。


 みんなに愛されてやまない王道。


 悲しみに暮れる人が、やさしい人に背中を押され、手を引かれ、幸せになるような。


 精査、接続、潤滑。


 ただ、うまく繋がるだけ。


 それだけが、簡単で難しい。


 そんな最初の術式によって導かれる。


 そんなものかもしれない。


 そして、打ち終えた時、静寂があたりを包む。


 あとは、待つしかない。


 いつだって、差し伸べた手を取るのは、背中を押され進むのは、他人なのだから。




「君、のことを、知りたい。その為、に、助けたい」

「くだらないことをするな、カイン」


 カインがエーテキングに話しかけた言葉をかき消すように影が伸びる。

 それは、ティナス。


「いつの間に!?」


 クグイが振り返ると、乗り移った身体だけが残されている。


 影になったティナスがカインの背後を狙う。

 影を操り真っ黒な爪を生やしたティナスが襲い掛かる。

 カインが慌てて身体を捻り避けようとするが、それを誰かの手が止める。


「主殿、儂におまかせあれ」

「え?」


 カインが振り返ると鉄の匂いが風となってカインの鼻をつく。

 そして、その風の主がティナスの一撃に飛び込む。


『馬鹿な……!』

「あの時、そして、今この時助けていただいたサルーンが恩を返させていただこう」


 エーテキング、いや、サルーンと名乗った鉄人形がティナスの攻撃をいともたやすく受け止めていた。


「サルーン」

「儂の人生は今、これからまた始まる! 嗚呼、なんと幸せなことであろうか!」


 サルーンは笑って泣いていた、ように見えた。

 彼の物語はまたこれから始まるのだ。

 始められるのだ。

 諦めない限り。

 また。


「さあ、行くぞ! 第二章の始まりだ!」


 そして、サルーンは間髪入れずに殴りかかるがティナスは身を翻し、乗り移った冒険者に戻り、クグイから距離をとる。


「ち! だが、場は整えたぞ! やれ! バリィ!!」


 ティナスとは逆方向。背後に気配を感じる。

 カインに対し異常な憎悪を燃やす男が剣を構え潜んでいた。


「死ね、カイン」


 バリィが剣を横薙ぎに振るう。

 カインの服を切り裂き、懐にあった道具が零れる。

 バリィはよろめきながらも追撃を狙い、カインの心臓めがけて突きを放つ。


「はっはっは! これでお前は終わりだ! カィイイイイイイン!!」


 バリィの全力のその一撃は、カインの指一本で止められていた。


「…………………………は?」


 カインがぐっと押し返すとバリィは吹き飛ばされ、しりもちをつく。


「な、なんで? なんでだよ! なんでカイン如きに! なんでお前がそんなに強く!」


 バリィが地面に剣を投げつける。

 その地面に計測球が転がっているのを見つける。

 カインの懐から零れたものだ。


「計測球……」

「バリィ、お前、は、俺より、弱い」

「んなわけあるか! 俺は、ティナスの秘術で力を手に入れたんだ! なら、見ろ! 俺のステータスを!」


 計測球を乱暴に掴み、魔力を込める。


 計測球。

 そう呼ばれる魔導具が開発され、冒険者たちの能力を数字で表せるようになった。

 その魔導具がギルドに設置されたことで、冒険者の実力が数値化され、冒険者の依頼クエスト達成率や事故・死亡率が格段に下がった。

 しかし、それによりステータスの低い冒険者は敬遠されるようになった。


 計測球に浮かんだバリィのステータスを見てほとんどの人間が目を見開く。


「は……嘘だろ……ステータス……オール1……? 俺の、俺の強さはどこにいった!?」


 バリィの悲鳴ともいえる叫び声が【遺物の工場】に響き渡り、そして、静かに消えていった。

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