拷問室で、ワゼルは言った。高官の格好をしている。かたや、アザンギはボロ布にくるまれているだけだ。そして、アザンギはかつての顔ではない。だが、彼がアザンギであることをワゼルはすぐに察しているのだった。
「アザンギ。皮肉な話だな。村一番の痴れ者の俺が拷問官で、まさか常識人のアザンギが工作員とは」
アザンギは顔も声も違う。「アザンギ?誰のことだ。私はただの商人」
「しらばっくれるなよ。まあ、そっちの話はあとでたっぷり聞かせてもらおう。その前に俺の話だ。なんで拷問官になんかなったか、気になるだろう?」
「……」
「正直だな。お前の耳は、私の話を聞きたがっているぞ」
そう言って、ワゼルはアザンギの右耳をナイフで剥いだ。
ワゼルはアザンギの右耳であったものを嬉しそうにつまんだ。アザンギの右耳があったところには、ワゼルが細かい砂を塗って、血を止めようとしている。
アザンギは苦悶に満ちた表情でウッ、ウッと嗚咽を漏らしているけれど、それでもかなり我慢強さを見せているといっていい。
「なんで、俺が拷問官になったか、だ。昔、本当に昔のことだ。報復の話をしたのを覚えているか?」
「……」
ワゼルは笑った。「懐かしいな。俺はたしかに報復の話をした。そして、報復をするなら殺すんじゃなくて、拷問をしてやるんだというようなことを言ったはずだ」
「……」
「わかるか?いま、やってるんだよ、報復を。俺は世の中の大半のやつに報復をしてやりたいと思ってる。けれど、何者かとその家族を懲らしめて、それで官憲に捕まったらもうそれ以上は出来なくなってしまうだろ?だから、俺は拷問官になって、拷問しろといわれたやつを相手に報復をしてる。だって、世の中の大半のやつに報復したいんだ。自然とここに送られてくるやつは俺が報復したい相手なんだ」
「……」
「だがな。良い報せがある。アザンギ。お前は違うんだ。俺はお前を相手に報復なんかしたくない」
アザンギの目つきが微妙に変わった。「!?」
【つづく】