アザンギは周囲にワゼルの首筋に刃物を突き立てているところを強調しながら、馬車に乗り込んだ。そして、アザンギが馬車を動かし、馬車は街を出た。しばらくして、街がもう見えなくなると、アザンギは刃物でワゼルを脅すフリをやめ、刃物をワゼルに返した。
「しっかし、これで帰るところがなくなっちまったよ。ワゼルは人質にとられた無能な拷問官。一生の名折れだ」
「……」
「なあ、アザンギ。そろそろ、腹を割って話そうじゃないか」
アザンギが小声で何か言ったが、ワゼルは聞き取れなかったので「なんだって?」と聞き返した。
アザンギは「わたしはアザンギではない」とハッキリ繰り返した。
ワゼルは狐につままれた顔をした。
「いや、いや、え?」困惑するワゼル。
それからワゼルの懐からさきほど拷問室で切り取られた自身の耳を奪い返し、アザンギは耳があったところに、持っていった。すると、耳が再生し、くっついたのだった。
ワゼルは笑った。「なーんだ。アザンギはバケモンになっちまったのか」
「以前のアザンギは、こんなこと出来なかっただろう?」
「確かにな。それは認めるよ。お前はアザンギじゃない。じゃあ、何と呼べばいい?」
「好きに呼べ。アザンギと呼びたければそう呼べばいいさ」
「気になるんだが。前のアザンギはどうなったんだ?」
「わたしが思うに、もう人間ではなくなっている可能性が高い」
それを聞いて、ワゼルの頬にわずからなが涙が伝った。
【つづく】