ワゼルはもう何がなんだか、分からなかった。
(本物のアザンギは、もうこの世のものではない?)理解が追いつかなかった。
「ワゼル」とアザンギではないアザンギが述べた。
「おれはアザンギではないけれど、おれのことをアザンギだと思ってくれてもいっこうに構わない」
「なるほど」とワゼルは言った。
「まあ、とにかく、うーん、遠くへ行きたいな。かつての仲間のような形をした何者かと、知らない土地へ行く。これほど、バカげたことはないであろう」
「なあ」とアザンギが言った。ワゼルはアザンギではないアザンギのことをアザンギだと思うようにした。諦めたのだ。
「俺の心の中にいる本物のアザンギが何か言ってるんだ。どうして、拷問官になったのだ、と」
「それは、報復のためだと、言ったではないか」ワゼルは憤慨する。
「だが、それなら、革命家にでもなれば良かった。拷問官という官員では真逆ではないか、とそう訴えている」
「まあ、そうだな。そう思ったからこそ、いま、拷問官の仕事を放棄して、こうやって旅に出ている」
「納得がいかないようだが」
「おれは世界を知らなさすぎるんだ。狭い視野で物事を考えていた。もっと、世の中のことを知ったら、報復なんてバカバカしくなる。そう思って、いまこうやって、旅に出ている」
「なるほどな」とアザンギは言った。
「アハハハハハ」とアザンギは笑って、続けた。
「俺の心の中にいる、アザンギとやらがこう申しておる。『若かった時に、その言葉をそっくりそのまま言ってやろうと思ってたんだ。広い世界を知れば、報復なんてどうでもよくなる』ってな」
ワゼルは憤慨した。「だったら、若い時に言ってくれれば・・・」
アザンギはチッチッチと指を振った。
「自分で気付けたからこそ、意味があるのではないか」
馬車はまだいっこうに、目的地へと到着する気配もないし、もっと言えば目的地などというものもなかった。
二人がどこへ導かれるかは、天のみぞ知る・・・
【つづく】