リアム王子との対話が決裂し、彼から信頼を失ったエリナは絶望感に包まれた。それでも彼女は自分の名誉を守りたいという思いを捨てず、行動を起こす決意をしていた。家族や友人たちの中にも完全には信じてもらえない状況で、彼女は孤独に戦わなければならないと思い込んでいた。
しかし、そんな彼女のもとに予想外の訪問者が現れた。
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エリナが書斎で証拠品を整理していると、使用人が来客を告げた。
「お嬢様、カイル・ベネット公爵家の嫡男様がお越しです。」
「カイル様が……?」
エリナは少し驚きながらも、カイルとは旧知の仲であり、彼が訪ねてくる理由が全くわからなかった。彼女は一息ついてから客間に向かった。
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客間に入ると、そこには黒髪を短く整えた理知的な青年が座っていた。カイル・ベネットは、公爵家の跡取りとして知られる人物であり、その落ち着いた佇まいと鋭い瞳が彼の能力を物語っていた。
「エリナ、久しぶりだね。」
カイルは柔らかな笑顔を浮かべながら立ち上がった。エリナは少し戸惑いながらも挨拶を返した。
「カイル様、ご無沙汰しております。今日はどういったご用件でしょうか?」
彼女が直接の用件に踏み込むのは、彼女の心に余裕がないからだった。カイルはそれを察したのか、軽く頷きながら本題に入った。
「聞いたよ。君が婚約を破棄されたと。そして、周囲から不当な非難を受けていることも。」
その言葉にエリナの心が揺れた。彼女は一瞬口を開こうとしたが、カイルが先に続けた。
「僕は君を信じている。君がそんなことをする人間ではないことを知っているからだ。」
その言葉に、エリナの胸にあった重圧が少しだけ軽くなったような気がした。彼女は少し目を伏せながら、静かに答えた。
「ありがとうございます。でも、私には何が何だかわからないんです。なぜこんなことになっているのか……。」
カイルは頷き、「だからこそ、僕が協力したいと思っている」と告げた。
「協力……ですか?」
「そうだ。僕には父の影響で集めた情報網がある。それを使って、君を陥れようとしている者や、出回っている証拠の出所を調べることができる。君一人で戦うのは難しいだろう。」
エリナは驚いた。カイルの申し出は予想以上に具体的で、彼が本気で助けたいと考えていることが伝わってきた。
「そんな……カイル様にそこまでしていただくわけには……。」
エリナは一度断ろうとしたが、カイルは彼女の言葉を遮った。
「君の名誉を回復するために僕ができることをしたい。それに、これは君の問題だけじゃない。王宮内での陰謀が絡んでいる可能性もある。そうなれば、僕にも関係がある。」
その言葉に、エリナは再び心を揺さぶられた。カイルの視線は真剣で、彼が決して軽い気持ちで言っているのではないことがわかった。
「わかりました。お力をお借りしてもよろしいですか?」
エリナがそう答えると、カイルは穏やかな笑顔を浮かべた。
「もちろんだ。一緒にこの問題を解決しよう。」
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その後、カイルはエリナと共にこれまでの状況を整理し、行動計画を立て始めた。まずは、エリナの「罪」を証明する証拠や証言がどこから出てきたのかを調べるため、目撃者や証拠品の出所を探ることになった。
カイルは早速、エリナが婚約破棄された舞踏会の場で出回っていた噂の内容を独自に調査するため、情報屋と接触を始めた。エリナもリリアと共に、自宅や学院での出来事を振り返りながら、怪しい点を洗い出していった。
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カイルが去った後、エリナは自室に戻りながら、彼の申し出がどれほど救いになったかを考えていた。
「誰も私を信じてくれないと思っていたのに……彼だけは違った。」
彼の言葉は、エリナの心の支えとなりつつあった。
エリナは再び手鏡に目をやった。そこに映る自分の顔を見つめながら、彼女は自分自身に語りかけるように呟いた。
「私が私であることを証明する……それが、今の私にできることよ。」
彼女の瞳には決意の光が宿っていた。