婚約破棄から数週間が経過したが、エリナの周囲を取り巻く状況はさらに悪化していた。彼女を非難する声は日増しに大きくなり、数々の「目撃情報」や「証拠」が次々と現れていた。その中には、エリナが学院で他の貴族を侮辱したり、不正な取引に関与していたという具体的な内容が含まれていた。
「私は学院に行ってすらいないのに、どうしてこんな話が広まるの……?」
エリナは手元にある証言の書類を握りしめながら呟いた。その筆跡は確かに見覚えがあるもので、まるで彼女自身が書いたかのように見えたが、彼女には全く身に覚えがなかった。
「これは何かの間違いよ……そうに違いないわ。」
しかし、彼女がそう信じようとすればするほど、新たな「証拠」が出現し、彼女を追い詰めていった。
---
その日の午後、エリナはカイルに連絡を取り、彼の助けを借りて状況を整理することにした。彼女の話を聞いたカイルは、一通りの「証拠」を確認しながら眉をひそめた。
「エリナ、これは確かに君を不利にするものばかりだ。でも、一つ気になることがある。」
「気になること……?」エリナは顔を上げ、カイルを見つめた。
カイルは彼女の手元の書類を指しながら言った。
「これらの証拠が揃いすぎているんだ。普通、誰かを陥れようとするなら、もっと巧妙にやるものだ。だが、ここまでわかりやすく矛盾もなく揃っているのは不自然だ。」
その指摘に、エリナの胸に一筋の希望が灯った。確かに、自分が何もしていないのに証拠が次々と現れる状況はおかしいと感じていた。
「でも、こんな状況でそれを証明するのは……」
彼女がそう言いかけると、カイルは微笑んだ。
「だから僕がいるんだろう?僕はこの『証拠』を調べて、どこから出てきたのか突き止めるつもりだ。それに、この状況を信じる人が全てではない。」
カイルの言葉に、エリナは少しだけ肩の力を抜くことができた。
---
その夜、カイルは早速自分の情報網を駆使して調査を開始した。彼はまず、目撃証言の出所を特定するため、エリナが関与したとされる出来事が発生した場所や日時を調べ上げた。
「不自然だな……」
カイルが手にした証言の中には、同じ時間帯にエリナが別の場所にいたことを示す矛盾点がいくつもあった。また、証言者たちの多くが共通して特定の人物と接触していることも判明した。
「これは偶然じゃないな。」
カイルは確信を持ち、さらなる調査を進めることを決意した。
---
翌日、カイルはエリナに調査結果の一部を伝えるため、彼女を訪ねた。エリナはカイルの姿を見て、心から安堵の表情を浮かべた。
「カイル様、どうでしたか?何か手がかりは……?」
エリナの不安そうな声に、カイルは頷きながら答えた。
「まだ全てが明らかになったわけじゃないが、一つだけ言えることがある。君を陥れようとしている何者かが存在する、ということだ。」
その言葉に、エリナの瞳がわずかに揺れた。「何者かが……私を?」
「そうだ。証拠や証言の多くは、ある特定の人物の影響下で広まっている可能性が高い。ただ、その人物が君に何を望んでいるのかはまだわからない。」
カイルの冷静な分析に、エリナは一瞬息を呑んだ。
「それでも……これで私が完全に孤立しているわけじゃないと思える。」
エリナはかすかに微笑んだ。その微笑みは、これまでの絶望的な表情とは明らかに異なるものだった。
カイルは安心させるように、優しく言葉を添えた。
「大丈夫だ、エリナ。僕は最後まで君を支える。だから、自分を信じるんだ。」
---
その後も、カイルは調査を進める中でエリナを励まし続けた。彼の存在は、エリナにとって唯一の救いだった。孤立していた彼女の世界に、光を差し込むような存在として、カイルの言葉と行動はエリナの心を支えていた。
エリナは次第に、自分を疑う気持ちを少しずつ克服し、前を向くことができるようになっていった。彼女の中には、「真実を必ず明らかにする」という強い意志が芽生えていた。