カイルが次々と浮かび上がる不自然な証言や証拠に違和感を抱きながらも、冷静に調査を進めていく中、エリナの心には別の疑念が膨らんでいた。
「もしかして、本当に私が気づかないうちに……何かしているのかもしれない。」
ある夜、自室でひとり、これまでの出来事を思い返していたエリナの胸に、不安と恐れが押し寄せた。
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それは、最近の奇妙な出来事がきっかけだった。
鏡に映る自分がどこか他人のように見えたり、ふと目覚めた時に自分の部屋の物が移動していることに気づいたり。まるで、自分以外の「誰か」が存在しているような感覚がするのだ。
「これは、ただの気のせい……それとも、本当に私が無意識のうちに何かを……?」
エリナは頭を抱えた。過去の記憶を辿ると、曖昧で不確かな部分がいくつも見つかった。それがさらに、彼女の不安を煽った。
そんな中、カイルが屋敷を訪れると使用人が告げた。エリナは少しだけ安堵の表情を浮かべ、彼を応接間に迎え入れた。
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「カイル様、お忙しい中ありがとうございます。」
「僕が来るのは当たり前さ、エリナ。君を放っておける状況じゃない。」
カイルは柔らかい笑顔を浮かべながら椅子に腰を下ろした。
「何か進展はありましたか?」
エリナは恐る恐る尋ねた。彼女自身、カイルの調査に期待しつつも、心のどこかで自分自身に原因があるのではないかという思いを捨てきれなかった。
「少しだけだが、新たな事実が見えてきた。」
カイルは、目撃証言の矛盾点をいくつか挙げながら話を始めた。
「証言者の中には、君のことを直接知らない者も含まれている。それに、証拠の出所が全て特定の流通網に集中していることもわかった。」
「つまり、何者かが意図的に広めている可能性が高いということですね……。」
エリナはカイルの言葉に頷きながらも、自分の胸の中にある恐れを打ち明けるべきか迷った。
カイルはそんな彼女の様子に気づいたのか、優しく声を掛けた。
「エリナ、君は何か気にしていることがあるのかい?」
エリナは少し躊躇しながらも、意を決して口を開いた。
「カイル様……私は、もしかしたら自分自身が知らないうちに何かをしているのではないかと、最近思うのです。」
その言葉に、カイルは少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに真剣な眼差しに変わった。
「どういうことだ?」
「例えば、最近妙な夢を見るのです。夢の中で、私が誰かを罵倒していたり、何か良くないことをしているような場面を……。それが目覚めた後も、はっきりと残っていて……。」
エリナは震える声で続けた。
「それに、目が覚めると部屋の中のものが動いていることがあるんです。私は本当に正常なのでしょうか?」
カイルは黙って話を聞き終えると、静かに息をついた。
「エリナ、君は自分を疑う必要はない。少なくとも僕が見ている限り、君は何も間違ったことをしていない。君が見た夢や感じている違和感は、精神的なストレスから来ている可能性もある。」
「でも……私が本当に無意識のうちに何かをしているとしたら?」
カイルは真剣な表情でエリナを見つめた。
「その場合でも、君を守るのが僕の役目だ。」
その言葉に、エリナは胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。誰も彼女を信じてくれないと思っていた中、カイルだけは一貫して彼女の無実を信じ、支えようとしてくれている。
「ありがとうございます、カイル様……。」
エリナの目に涙が浮かんだ。それは、絶望の中で見つけたわずかな希望の光だった。
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その後、エリナは少しずつ自分を取り戻しつつあった。しかし、心の奥底にはまだ、答えの出ない疑問が渦巻いていた。
カイルは彼女を励ますために最後にこう言った。
「エリナ、自分を疑う必要はない。君は君だ。それだけで十分な理由だ。」
その言葉は、エリナにとってどれだけ救いになったか知れない。彼の冷静で優しい態度は、彼女の心に希望と安心感をもたらしてくれた。
「私を信じてくれる人がいる……それだけで、もう少し頑張れそうです。」
エリナはそう自分に言い聞かせた。