エリナは、自分が知らないところで「何か」をしているのではないかという不安を日々強めていた。それは、カイルの助けを得て調査を進める中で、ますます明白になっていく奇妙な状況が続いているからだった。
ある日の朝、エリナは自室で机の上に置いていた手紙が、全く違う場所に移動していることに気づいた。机の引き出しにしまっていたはずの証拠品の一部も、クローゼットの中から見つかった。誰かが侵入した形跡はなく、使用人に尋ねても「触れていない」と口を揃える。
「どうして……こんなことが?」
エリナは不安に駆られた。最近、些細な物の移動や、覚えのない手紙が増えていることが頭から離れない。
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その日、エリナはリリアを訪ねることにした。リリアはエリナの唯一の親友であり、信頼できる人物だった。二人は庭園のベンチに座り、紅茶を飲みながら話をしていた。
「リリア、最近、私の身の回りで妙なことが起きているの。」
エリナは、物が勝手に動く件や、知らない手紙が増えていることを打ち明けた。
リリアは眉をひそめながら聞いていたが、やがて真剣な顔で口を開いた。
「それって、誰かがあなたを陥れようとしているのではなく、エリナ自身が無意識にやっている可能性はないかしら?」
「私が……自分で?」
エリナは驚きの表情を浮かべた。
「例えば、夢遊病のような状態になって、自分の知らないうちに何かをしているのかもしれない。」
リリアの言葉に、エリナの胸がざわついた。確かに、最近妙な夢を見ることが増えている。それが現実とリンクしているのだとしたら、自分自身に原因がある可能性も否定できない。
「そんなこと、考えたくないけれど……私が二重人格だとしたら……?」
エリナは恐る恐るそう呟いた。
「エリナ、落ち着いて。まだ何もわかっていないわ。ただ、あなたが自分を疑う必要はない。もし何かが起きているのなら、一緒に解決策を見つけましょう。」
リリアの言葉にエリナは少しだけ安堵を覚えたが、それでも心の不安が完全に消えることはなかった。
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エリナが自宅に戻ったその晩、さらに奇妙なことが起きた。
寝室の窓際に置いていた花瓶が割れ、床に散らばっていたのだ。誰も部屋に入ることはできないはずだった。エリナは怯えながら、周囲を確認したが、不審者の気配はない。
それでも彼女の胸には、冷たい汗がにじむほどの恐怖が広がった。
「やっぱり、私が……?」
エリナは震える声で呟いた。もしかすると、自分が無意識のうちにこの状況を引き起こしているのではないかという考えが頭を離れなかった。
そんな中、彼女はふと鏡を見た。鏡の中の自分が、じっとこちらを見つめている。その瞳は冷たく、どこか他人のようだった。
「私……なの?」
エリナは思わず鏡に近づいた。その瞬間、鏡の中の自分が、ほんの一瞬だけ嘲笑うように口元を歪めた気がした。
「何かがおかしい……!」
エリナは鏡から目をそらし、息を整えようと必死になった。だが、その不気味な感覚はしばらく消えることがなかった。
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翌朝、エリナは再びカイルを訪ねる決意をした。自分ひとりでは、これ以上の状況に耐えられないと思ったからだ。
カイルの応接室に通されると、彼はエリナの顔を見てすぐに何か異変があることに気づいた。
「エリナ、大丈夫か?顔色が良くないぞ。」
エリナは頷きながら、昨晩起きた出来事をすべて話した。カイルは静かに話を聞き、時折頷きながら真剣な表情で考え込んでいた。
「エリナ、君が何かをしている可能性を完全に否定することはできないが、それを証明する手段もない。だが、一つだけ言えるのは、君自身が自分を信じなければ何も始まらないということだ。」
カイルの言葉に、エリナは涙を浮かべた。自分自身を信じることができない状態が、どれほど辛いかを思い知らされたからだ。
「でも、もし私が……私自身が原因だったら……?」
エリナは震える声で問いかけた。
カイルは少し考えた後、優しく微笑みながら答えた。
「その時も、僕は君を責めたりはしない。それが事実だとしても、君が何かを悪意を持ってやったわけじゃないのなら、僕は君を信じる。」
その言葉に、エリナは少しだけ救われた気がした。カイルの存在が、彼女にとってどれだけ心強いものかを改めて実感したのだった。