エリナは、最近見る奇妙な夢に苛まれていた。その夢の中で、彼女は自分自身ではない感覚を抱きながら、まるで誰か別人のように行動している。だが、目覚めた後もその夢の記憶が鮮明に残り、それが現実と区別できなくなる瞬間が増えてきた。
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その日も、エリナは朝早く目を覚ますと、何とも言えない不快感に襲われた。まるで夢の中で自分が何かをした感覚が、現実にまで引きずられているようだった。
(あの夢……私は学院で誰かと口論をしていた……?)
記憶の中では、自分が怒りの言葉を投げつけ、相手を威圧している場面がはっきりと思い浮かぶ。しかし、そんなことを現実で行った覚えは全くない。
「これじゃ、まるで私があの中傷を裏付ける行動を本当にしているみたいじゃない……。」
エリナはベッドの上で膝を抱え、心の中に芽生える不安を抑え込もうとした。
さらに奇妙なのは、夢の中で自分が身に着けていた服装や髪型が、普段の自分とは微妙に違っていたことだ。目覚めて鏡を見ても、自分の顔に違和感はない。だが、夢の中の自分はどこか冷たく、まるで「別人」であるように感じられた。
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その日の午後、エリナはリリアと会うために街のティールームへ向かった。最近の不安を誰かに打ち明けたかったが、リリアなら信じてくれると期待していた。
「リリア、聞いてほしいの。」
席に着くなり、エリナは最近の夢について話し始めた。リリアは真剣な表情で耳を傾けながら、彼女を心配そうに見つめた。
「夢の中で、私はまるで誰かを傷つけるような行動をしているの。それがただの夢だとわかっていても、どうしても現実との区別がつかない瞬間があるのよ。」
エリナの声は震えていた。彼女自身、夢がただの夢なのか、それとも何か深い意味を持つものなのかを理解できていなかった。
「それ、本当にただの夢だと思う?」
リリアは少し考え込んだ後、慎重に言葉を選びながら答えた。
「エリナ、もしかしたら無意識のうちに何かをしている可能性もあるわ。でも、それが本当にあなたの意思によるものなのか、それとも何か別の力が働いているのか、まだわからない。」
「別の力……?」
エリナはリリアの言葉に引っかかりを覚えた。
「例えば、何らかの呪いや魔法が関与している可能性よ。あなたのような立場の人が狙われるのは珍しいことじゃないわ。」
リリアの言葉は確かに現実的だった。侯爵令嬢としての立場が、誰かに妬まれたり敵意を向けられる理由になり得る。
「でも、そんな証拠はどこにもないのよ。それに、もし呪いなんてものだったとして、どうやってそれを証明すればいいの?」
エリナは自分の中に沸き起こる疑問を抑えきれなかった。
リリアは静かに頷きながらも、エリナの手を取って言った。
「エリナ、まずは自分を責めるのをやめて。それが夢であれ現実であれ、あなたが何か悪いことをしたという証拠はどこにもないのだから。」
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その夜、エリナは再び夢に苛まれた。夢の中で、彼女は暗い廊下を歩き、誰かに冷たく命令を下していた。相手の顔はぼんやりとして見えなかったが、自分の声だけがはっきりと耳に残っていた。
「あなたがここから出て行かなければ、ただでは済まないわ。」
その言葉の冷たさに、エリナ自身が驚いていた。
目が覚めると、汗が額に滲んでいた。胸が早鐘のように鼓動している。
(本当に私が……?)
彼女は鏡の前に立ち、自分の顔をじっと見つめた。だが、そこに映るのはいつもの自分。どこにも夢の中で見た冷たい目をした自分は存在しない。
「私は私……よね……?」
エリナは自分に問いかけたが、その答えは返ってこなかった。
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翌日、エリナはカイルに相談するため、彼の元を訪ねた。彼にだけはこの状況を話し、助けを求めることができると感じていた。
カイルはエリナの話を聞き終えると、少し考え込んだ後、静かに口を開いた。
「エリナ、まずは落ち着こう。君の話を聞く限りでは、夢の中で見たことと現実の間にどれだけの繋がりがあるのかは、まだわからない。」
「でも、もし私が夢の中でしていることが現実にも影響しているとしたら……?」
エリナの声には恐れがにじんでいた。
カイルは優しい表情で彼女を見つめながら答えた。
「それでも、君が悪意を持って何かをしているわけではない。それは断言できるよ。君が自分を疑う必要はない。」
その言葉に、エリナは少しだけ心が軽くなるのを感じた。カイルの冷静な分析と支えが、彼女にとってどれだけ心強いかを改めて実感したのだった。
「ありがとう、カイル様。私、もう少し自分を信じてみます。」
エリナはそう言いながら、微笑みを浮かべた。その微笑みはまだ弱々しいものだったが、彼女の中に希望の光が見え始めていた。