カイルからの報告を受けて以降、エリナの心にはある種の覚悟が芽生え始めていた。自分を陥れようとしている「なりすまし」の存在。それが何者であれ、必ず正体を暴いてみせるという決意が固まっていた。しかし、その正体に近づくほどに、彼女の胸には奇妙な緊張感と恐れが広がっていく。
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その夜、エリナは再び不安定な眠りに陥った。彼女の夢にはまた、自分そっくりの女性が現れた。夢の中のその女性は、エリナと同じ顔、同じ声、同じ仕草をしていた。しかし、その冷たく不敵な笑みはエリナ自身のものではなかった。
「私はあなた。あなたは私。」
夢の中の「もう一人のエリナ」は静かに囁いた。
エリナはその言葉に息を呑んだ。目が覚めた時、胸の奥に残る恐怖と違和感に耐えきれず、すぐにカイルを訪ねる決意をした。
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翌朝、カイルの屋敷に向かったエリナは、彼に夢の内容を話した。カイルは彼女の話を聞きながら、真剣な表情で頷いた。
「夢の中に現れる君そっくりの人物が、現実でも目撃されている『なりすまし』と同一人物である可能性は高い。」
カイルはそう断言した。
「でも……どうしてそんなことが?私には何の理由も思い当たらないわ。」
エリナの声は震えていた。
「理由がわからないからこそ、真相を探る必要がある。」
カイルは優しく言いながら、彼女の手に触れた。
「エリナ、これ以上君が一人で抱え込む必要はない。僕が君と共にその正体を突き止める。たとえどんな危険が伴おうとも、僕が守る。」
その言葉に、エリナの瞳には一筋の涙が滲んだ。
「カイル様……ありがとうございます。」
彼の言葉とその温かさが、彼女の心にわずかな希望を灯した。
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その日の午後、カイルはエリナと共に調査を進めるため、侯爵家の敷地内を巡っていた。これまでに不審な物音が聞こえたり、エリナが目撃したという「影」が現れた場所を確認するためだ。
「ここが、影を見たという場所だな。」
カイルは廊下の一角を見回しながら言った。エリナが頷くと、彼は静かに周囲を観察し始めた。
「特に目立った痕跡はないが……確かに、この場所は人目につきにくいな。」
カイルがそう言いながらさらに調べを進めていると、不意に遠くの廊下で何かが動く音がした。
「……誰かいるの?」
エリナが小さな声で問いかけたが、返事はなかった。
カイルはすぐに動き出し、その音のする方へ向かった。エリナも後を追いかける。二人が廊下を進んでいくと、曲がり角の先に何かの影が見えた。それは、まるでエリナ自身の背中のようだった。
「エリナ……これは……。」
カイルが声を潜めながら言った瞬間、その影がふっと消えるように動き、見えなくなった。
二人は急いでその場所へ向かったが、そこには誰もいなかった。ただ、床に落ちたエリナと同じ形のペンダントが、不気味に光っているだけだった。
「これは……?」
エリナが拾い上げたそれは、彼女が以前失くしたと思っていたペンダントと全く同じものだった。
「まさか……なぜここに?」
エリナの心臓が高鳴った。それは、明らかに「なりすまし」がこの場所にいた証拠であり、同時に自分がその存在に直接近づいていることを示していた。
「ここまで近づいたのは初めてだ。次は、正面からその正体を突き止める必要があるな。」
カイルの言葉に、エリナは緊張しながらも強く頷いた。
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その夜、エリナは窓辺で月を見上げながら、昼間の出来事を思い返していた。もう一人の自分がこの世にいるという感覚。それが現実味を帯びるほどに、彼女の中には恐れとともに、正体を暴きたいという強い意志が湧き上がっていた。
「次に会った時、必ずあなたの正体を突き止める。」
エリナは静かに呟いた。その瞳には、決意の光が宿っていた。