エリナとカイルは、ドッペルゲンガーの正体に近づくため、これまでの調査のすべてを整理し直していた。エリナの目撃証言や、「影」が現れるたびに残していった痕跡――特に侯爵家に伝わる「双子の呪い」に関連する記録が、真実への糸口となりそうだった。
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ある日、カイルが新たな手がかりを持ってエリナの元を訪れた。彼は手に古びた文献を抱えており、興奮した様子で話し始めた。
「エリナ、これを見てほしい。侯爵家の過去の記録に、これと似た現象があったことが分かった。」
彼はその本を広げ、一つのページを指差した。その記述にはこう書かれていた。
「影は、己を持つ者の心に巣食う不安や後悔から生まれる。影は実体を持ち、己の存在を証明するために本物と衝突することを目的とする。」
「影は……私の心が生み出したもの?」
エリナはページをじっと見つめながら、声を震わせた。
「君が悪いわけじゃない。これは呪いとも言える力だ。誰にでも起こるものではないが、特定の条件が揃えば現れる。君のような立場にある人間にとって、この現象は珍しくないのかもしれない。」
カイルの声は冷静で、エリナを安心させようとしていた。
エリナは深呼吸をしながら、頭の中でこれまでの出来事を整理した。
「でも、この『影』を止めるにはどうすればいいの?ただ逃げ続けるだけでは、きっと……。」
カイルは頷きながら言った。
「影は君と対立するために存在する。つまり、君自身が影と向き合わなければならない。その時が来たら、僕も傍にいる。だから、心配しなくていい。」
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その後、カイルはさらに影の動きを調査するため、自分の情報網を駆使した。そして数日後、ついに「影」が出没する可能性の高い場所を特定した。それは侯爵家の庭にある古い温室だった。温室は長年使われておらず、ほとんど忘れられていた場所だった。
「ここが……影が現れる場所なのですね。」
エリナは温室の前に立ちながら、胸の奥に広がる恐怖と闘っていた。
「間違いない。影はこの場所で君を待っているはずだ。」
カイルは静かに頷いた。
エリナは一瞬目を閉じ、深く息を吸い込んだ。そして目を開けると、決意を宿した瞳でカイルを見つめた。
「行きましょう。私、自分自身と向き合います。」
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温室の中は薄暗く、古びた植物の枯れ枝や埃が舞っていた。二人が足を踏み入れると、奥から微かに人の気配が漂ってきた。
「待っていたわ、エリナ。」
その声は、確かにエリナ自身の声だった。だが、どこか冷たく、嘲笑を含んでいた。
薄暗い奥から姿を現したのは、エリナと瓜二つの「影」だった。彼女は冷ややかな笑みを浮かべながら、じっとエリナを見つめていた。
「あなたは……私なの?」
エリナは震える声で問いかけた。
「そうよ。私はあなた。そして、あなたの弱さそのもの。」
「影」はそう言い放った。
「弱さ……?」
エリナの声は驚きに揺れていた。
「そう。あなたが自分を信じられなくなった瞬間から、私は生まれた。あなたが自分自身を疑い、周囲の中傷に負けたからこそ、私がここにいるの。」
「影」の言葉は冷たく、エリナの心を刺した。
エリナは拳を握り締め、冷静さを保とうとした。
「でも、私はあなたに負けない。私は私自身を取り戻す。」
「取り戻す?それは無理な話ね。私はあなたを完全に乗っ取るためにここにいるのだから。」
「影」は冷笑を浮かべ、エリナに一歩近づいた。
その時、カイルが間に割って入った。
「エリナは君に負けない。僕が彼女を守る!」
カイルの言葉に「影」は目を細め、不機嫌そうに言い放った。
「あなたが彼女を守る?愚かね。彼女自身が私を受け入れない限り、この戦いは終わらない。」
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エリナはその言葉に深く息を吸い込んだ。そして、カイルの後ろに立ちながら強く言った。
「あなたの言う通り、私は弱かった。自分を信じられず、疑い続けた。でも、私はもう迷わない。私は私――それが真実よ。」
その瞬間、「影」の表情が僅かに歪んだ。
「ほう……自分を信じると?」
「そうよ。あなたが何者であれ、私は負けない。」
エリナの言葉に、「影」は笑みを消し、エリナに向かって手を伸ばした。その瞬間、カイルが「影」を押し戻し、激しいもみ合いが始まった。
エリナはその場で必死に冷静さを保ちながら、カイルの背中に向かって叫んだ。
「カイル様、気をつけて!」
しかし、もみ合いの末、「影」は不意にバランスを崩し、足元のガラス片に躓いて後方に倒れ込んだ。そして、その体は消えるように霧散した。
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エリナはその場に崩れ落ち、カイルがそっと彼女を支えた。彼は優しく言った。
「エリナ、君は君だ。それが全てだよ。」
その言葉に、エリナは涙を流しながら頷いた。彼女の中に少しずつ平穏が戻っていくのを感じていた。