エリナとカイルは「影」の正体に迫りつつあった。二人が温室で「影」と対峙してから数日が経ち、エリナの中には徐々に覚悟が生まれていた。これ以上、自分を惑わす存在に怯えるわけにはいかない。自分の人生を取り戻すため、エリナはもう一度「影」と向き合う決意を固めていた。
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その夜、カイルはエリナに手がかりを伝えるため彼女の部屋を訪れた。
「エリナ、調べがついた。『影』が再び現れる可能性が高い場所がわかった。」
彼の声は落ち着いていたが、その中には明確な緊張感が含まれていた。
「どこですか?」
エリナはすぐに尋ねた。
「侯爵家の北側にある廃屋だ。使用人たちによれば、そこから時々妙な光が漏れているらしい。それに、以前『影』が目撃された場所とも一致する。」
エリナは頷き、静かに答えた。
「行きましょう。次は逃げません。」
カイルは彼女の瞳に強い決意を見て、頷き返した。
「君は一人じゃない。僕が傍にいる。」
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二人は深夜、静まり返った廃屋へと向かった。月明かりが道を照らし、夜風が二人の頬をかすめる中、エリナの胸は高鳴っていた。これが全てを決着させる戦いになるかもしれないという思いが、彼女の心を緊張させていた。
廃屋に到着すると、中はひどく荒れ果てており、埃が薄い靄のように漂っていた。二人は慎重に足を踏み入れ、周囲を観察した。
「ここにいる……そんな気がします。」
エリナは直感的にそう呟いた。その瞬間、廃屋の奥から低い笑い声が響いてきた。
「やっと来たのね、エリナ。」
冷たく響くその声は、エリナ自身の声と全く同じだった。
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廃屋の中央に立っていたのは、「影」――もう一人のエリナだった。彼女は冷ややかな微笑みを浮かべながら、二人を見下ろしていた。
「どうして私をこんなに探してくれるのかしら?」
「影」はそう言いながら一歩前に出た。
「あなたは私になりすまして、私を陥れようとした。それがどれほどの苦しみを生んだか、わかっているの?」
エリナは強い声で問いかけた。
「苦しみ?それはあなた自身が招いたものよ。私が現れたのは、あなたが自分を信じられなくなったから。つまり、あなたの弱さが私を作り出したの。」
「影」の言葉に、エリナは唇を噛みしめた。
「それでも、私はもう迷わない。私は私を取り戻す。たとえあなたが何と言おうと!」
「影」は冷笑を浮かべたまま答えた。
「では、試してみる?本当に自分を取り戻せるかどうか。」
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その瞬間、「影」がエリナに向かって突進してきた。カイルは咄嗟にエリナをかばい、二人の間に立ちはだかった。
「エリナには指一本触れさせない!」
カイルは声を張り上げながら、「影」ともみ合いになった。
「あなたが彼女を守るつもり?無駄よ。彼女自身が私を消さない限り、何も終わらないわ。」
「影」はそう言い放ちながら、鋭い視線をエリナに向けた。
エリナはその場で立ち尽くしていた。自分がこの戦いを終わらせなければならない――その事実が、彼女の体を動かなくしていた。
「エリナ!」
カイルの叫び声が彼女の意識を呼び戻した。
「そうだ、私が……終わらせるんだ!」
エリナは震える足で前に進み、「影」と対峙した。
「あなたは私の一部だとしても、私はあなたに屈しない!」
エリナの声は力強く響き渡った。
「影」は一瞬だけ驚いたような表情を浮かべたが、すぐに笑みを浮かべて言った。
「なら、証明してみなさい。」
エリナは深呼吸をし、自分の胸の中にある不安と恐れを押し殺した。そして、カイルがもみ合っている「影」に向かって歩み寄り、冷静な声で言った。
「私は……私だ。それ以上でも、それ以下でもない。」
その言葉に、「影」の動きが止まった。彼女はじっとエリナを見つめ、やがて小さく呟いた。
「……そう。それなら、私は……。」
その瞬間、「影」の体が霧のように消えていった。
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「終わったの……?」
エリナはその場に崩れ落ちた。カイルがすぐに彼女を支え、優しく囁いた。
「君は君だ。それで十分だよ。」
エリナは涙を流しながら頷いた。その瞳には、確かな決意と新たな希望が宿っていた。
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