目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第2話 偽りの誓約2: 白い結婚の始まり

 結婚式の翌日、レアリナは新たな屋敷での生活が始まることを覚悟していた。カイゼルと共に過ごす初めての朝、彼との夫婦生活がどのようなものになるのか、少しだけ期待と不安が入り混じっていた。しかし、現実はそのどちらとも異なる冷たさを伴って彼女を迎えた。


 朝食の時間、長いテーブルの片側に座るレアリナは、向かいにいるカイゼルに何を話せばよいのか分からず、ただ皿に視線を落としていた。食事は完璧に整えられ、召使いたちも隙なく動いている。しかし、その静寂はどこか息苦しかった。夫婦としての会話は一切ない。


「今日は何かご予定がありますか?」

 勇気を出して尋ねたレアリナの声は、静まり返った広間に小さく響いた。だが、カイゼルは一瞬も目を合わせず、食事を続けるだけだった。数秒の沈黙が続き、やっと彼が口を開いた。

「必要なことがあれば、執事に伝えろ。」

 その言葉に、レアリナは心の中で小さく息を呑んだ。彼の冷たい言葉は、距離を強調するものでしかなかった。


 食事が終わると、カイゼルは特に別れの言葉もなく立ち上がり、広間を後にした。彼が去った後の静けさが、レアリナには耐えがたいほど重たく感じられた。

「……これが私の結婚生活なの?」

 口に出したその言葉が自分の耳に虚しく響く。形式的な挨拶、心の通わない会話、そして孤独。それがレアリナの結婚生活の始まりだった。



---


 その日、執事やメイドたちが新居の案内をしてくれた。アルトリウス家の屋敷は壮麗で広大だった。石造りの廊下、精巧に彫られた家具、そして美しく整えられた庭園。すべてが完璧だった。しかし、レアリナの心に安らぎをもたらすことはなかった。


「お嬢様、こちらが主寝室です。」

 侍女の一人が言った。レアリナはその扉を開け、部屋の中を見渡した。高い天井に吊るされたシャンデリア、広々としたベッド、そして窓から見える美しい景色。だが、何かが足りないと感じた。いや、正確には、すべてが「空虚」だった。


 カイゼルの部屋は別にあると聞かされていたが、それを改めて実感したとき、彼女は小さくため息をついた。結婚前から予想していたとはいえ、これほどまでに夫婦としての絆がない生活を強いられるとは思っていなかった。


「何かご不便なことがあれば、私たちにお申し付けください。」

 執事が丁寧に言う。だが、その親切さもどこか形式的で、心がこもっているようには感じられなかった。



---


 その日の夕方、レアリナは一人で庭園を散歩していた。結婚式以来、まともに会話を交わしていない夫のことが頭から離れない。カイゼルはどこに行ったのだろう。屋敷にいながらも、彼の姿を見ることはほとんどない。


「何をしているのかしら……?」

 小さな声で呟いたその瞬間、誰かが足音を立てて近づいてくるのを感じた。振り向くと、そこには見知らぬ中年の男性が立っていた。彼はレアリナに深く一礼し、静かに口を開いた。

「お嬢様、カイゼル様はしばらく外出されます。」

「外出……?どこへ行ったのですか?」

 質問を投げかけたものの、男性は「申し訳ありませんが、それ以上は存じません」と短く答え、再び頭を下げた。


 それから数日、カイゼルが帰宅する気配はなく、彼女は完全に孤独な日々を過ごすことになった。屋敷の者たちもどこか冷たく、彼女の不安や疑問を解消する者はいなかった。



---


 1週間が経った頃、ついにカイゼルが帰宅した。夜遅く、扉が開く音を聞いたレアリナは急いで廊下に出た。そこで見た彼の顔は、疲れた様子もなく、むしろ何かを楽しんできた後のように見えた。


「カイゼル様、おかえりなさいませ。」

 勇気を出して声をかけたものの、彼は一瞥をくれただけで何も言わずに通り過ぎていく。その背中を見送りながら、レアリナは胸の中に押し込めていた不安が、徐々に確信に変わり始めていることを感じた。


 ――この結婚には、何かがおかしい。


 それからの日々、カイゼルの不在がさらに増え、彼が何をしているのか、どこに行っているのか、何一つ分からないまま時間だけが過ぎていった。


 屋敷は華やかで美しく、すべてが整っているはずなのに、レアリナの心には冷たい風が吹き続けていた。この「白い結婚」の生活が、彼女の人生をどれだけ蝕んでいくのか、まだこの時点では知る由もなかった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?