孤独な生活が続く中、レアリナは屋敷での小さな日常にしがみついていた。カイゼルとの接触は最小限に抑えられ、彼が帰宅することすら珍しくなっていた。孤立した状況に耐えながら、彼女は自分の役割を果たすことだけを考えようと努めていた。家名のために、この結婚を守らなければならない――そう自分に言い聞かせて。
しかし、ある日のこと、偶然耳にした召使いたちの会話が、彼女の平穏な日常を打ち砕いた。
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昼下がりの庭園。レアリナはバラの手入れをしている庭師たちに挨拶をし、敷石の小道を歩いていた。目の前には美しい花々が咲き誇り、鳥のさえずりが聞こえる穏やかな空間。しかし、その平和な光景とは裏腹に、心の中には常に孤独の影が潜んでいた。
ふと、近くの木陰から低い話し声が聞こえてきた。声の主は召使いたちだとすぐに分かった。普段は彼らの私語など気に留めないが、耳に飛び込んできた言葉が、彼女の足を止めさせた。
「……最近、旦那様が頻繁に外出されてるの、知ってる?」
「ええ。奥様には何もおっしゃってないみたいだけど……どうやら別の女性と会ってるらしいですよ。」
「まあ、奥様は気づいてないんでしょうね。お気の毒に。」
一瞬、レアリナの心臓が止まるような感覚に襲われた。足元がふらつき、近くの木に手をついて支えた。彼女は息を呑み、声を漏らさないように必死に耐えた。
――別の女性?
召使いたちは彼女に気づくことなく会話を続けている。
「旦那様、外出先でよく噂になるらしいですよ。あの秘密の社交場に通ってるとか。」
「ああ、あそこね……でも、奥様が気づいたらどうなるんだろう?」
「気づいたとしても、奥様は何も言えないんじゃない?結婚は家同士の契約だし、あの旦那様だもの……。」
彼らの言葉は、レアリナの胸にナイフのように突き刺さった。足早にその場を立ち去り、自室へと戻ったものの、動揺は収まらなかった。
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部屋に戻ると、レアリナは大きな鏡の前に立ち、自分自身を見つめた。召使いたちの言葉が頭の中で何度も反響する。カイゼルが別の女性と会っている――それが真実なら、彼は自分を完全に裏切っていることになる。
「……どうして……?」
鏡越しに見える自分の姿は、結婚式の日と同じように美しく装いを整えられている。しかし、その内側には深い悲しみと絶望が渦巻いていた。カイゼルに愛情を期待していたわけではない。それでも、結婚という形を取る以上、最低限の信頼は築けると信じていた。
その夜、レアリナは眠れぬままベッドの中で考え続けた。召使いたちの噂が真実なのかどうか。確かめたいという思いと、知るのが怖いという思いがせめぎ合っている。もしもそれが事実なら、彼女の人生はさらに大きく変わってしまう。だが、知らないままでいるのはもっと耐えられない。
「確かめなければならない……。」
彼女はついに決意した。何があろうとも、真実を知ることでしか前に進むことはできない。
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翌日、レアリナはいつも以上に召使いたちの様子を注意深く観察した。誰が何を知っているのか、誰がカイゼルの行動について詳しいのかを見極めようとしていた。そして、彼女は気づいた。召使いたちは皆、カイゼルについて話すとき、どこか不自然に言葉を濁している。彼らが何かを知っていることは明白だった。
特に執事の態度は怪しかった。以前から、カイゼルの予定について質問してもはぐらかされることが多かったが、その理由が今なら分かる。彼は知っていて隠しているのだ。
「執事に聞けば、何かを掴めるかもしれない……。」
レアリナは心に決めた。
その日の夕方、レアリナは執事を呼び出し、直接問いただした。
「カイゼル様が最近どこへ行っているのか、教えてください。」
執事は一瞬驚いたようだったが、すぐに冷静を装った。しかし、その目が動揺を隠しきれていないのをレアリナは見逃さなかった。
「申し訳ございませんが、カイゼル様の行動についてはお話しできることはありません。」
その言葉を聞き、レアリナはさらに確信した。執事は何かを隠している。だが、それ以上問い詰めることはせず、レアリナは静かにその場を後にした。