カイゼルの不正が暴露され、彼の地位と名誉が崩れ去る中で、レアリナは一瞬の安堵を感じた。だが、その安堵が長続きしないことは、彼女自身も理解していた。権力と富に執着し、自らの行いを省みないカイゼルが、このまま静かに身を引くはずがない。
事実、カイゼルは完全に追い詰められた立場に置かれながらも、彼女を睨みつけ、その瞳には怒りと憎悪が燃え盛っていた。その場では何も言わず立ち去ったが、彼が何かしらの形で報復を試みるだろうことは明白だった。
それから数日後、レアリナはエドワードの事務所に身を寄せていた。カイゼルの追及が始まったことで、屋敷内の状況は緊迫し、彼女自身の身の安全が脅かされる可能性があったためだ。エドワードは彼女を守るため、しばらくの間、自分の保護下に置くことを提案した。
「レアリナ、君の行動は間違っていない。ただ、カイゼルが何をしでかすか分からない以上、君を安全な場所に避難させる必要がある。」
エドワードのその言葉に、レアリナも同意せざるを得なかった。彼女はすでに戦いの覚悟を決めていたが、それでも無謀な危険に飛び込むつもりはなかった。
しかし、その夜――彼女の身に予想外の危険が迫る。
夜遅く、エドワードの事務所で資料を整理していたレアリナは、不意に窓の外から物音を聞いた。何かが物陰を移動するかすかな気配。それがただの動物か、風が木々を揺らしているだけの音であればいいと願ったが、胸騒ぎは次第に大きくなっていった。
「エドワード……。」
彼女は小さな声で呼びかけたが、彼は別室で対応している書記官と話し合っている最中だった。
その瞬間、窓ガラスが割れる音が響いた。鋭い音と共に飛び込んできたのは、黒い覆面を被った男たちだった。
「レアリナ・アルトリウス……貴様だな。」
低く冷たい声が部屋に響く。彼らはカイゼルの命令を受けた刺客に違いなかった。
レアリナは恐怖に足がすくむのを感じたが、必死に冷静さを保とうとした。
「……何のつもりですか?」
震える声で問いかけると、男の一人が嘲笑混じりに答えた。
「お前のせいで、旦那様はすべてを失った。だが、奴にはまだ力が残っている。それを忘れるな。」
男たちが近づいてくる中、突然、廊下の方からエドワードの声が響いた。
「動くな!警備隊を呼んだ!」
その声と同時に、エドワードと事務所の警備員たちが部屋に駆け込んできた。男たちは一瞬ひるんだが、すぐに反撃しようとした。
混乱の中、エドワードがレアリナの手を引いて部屋の外へ導いた。
「ここは危険だ!君は別の部屋で隠れていてくれ!」
レアリナは躊躇したが、エドワードの強い目を見て頷いた。
彼女は別室に移動し、警備員たちの奮闘を耳にしながら、震える手を胸に当てて祈るように息を潜めた。
しばらくして、廊下の足音が静かになり、エドワードが部屋に戻ってきた。彼の表情には安堵の色が浮かんでいた。
「大丈夫だ、刺客たちは全員捕らえたよ。」
その言葉に、レアリナは全身の力が抜けるような感覚に襲われた。
「カイゼルがこれほど早く行動を起こすとは……。」
彼女の呟きに、エドワードは力強く答えた。
「彼が何をしようと、僕たちは負けない。君を守るために、できる限りの手を打つつもりだ。」
刺客たちが捕らえられた後、彼らからカイゼルの命令を受けていたことが明らかになった。その報告はすぐに貴族会に届けられ、彼に対するさらなる非難が巻き起こった。
だが、レアリナの心には新たな決意が芽生えていた。
「私はもう、ただの犠牲者ではない。自分の力で未来を切り開く。」
彼女は自分の中にある恐れを振り払うように深呼吸をし、その目には強い光が宿っていた。
この危機を乗り越えたことで、レアリナは確信した。カイゼルがどれほど報復を試みようとも、彼女にはエドワードや新たな仲間たちがついている。彼女はもう一人ではない。そして、この戦いが終わった先に、本当の自由が待っているのだと信じていた。
――革命の終わりは近い。レアリナの心には、そうした確信が静かに広がっていた。