「転生……というと、生まれ変わりということでござるか?しかし、拙者は………………っ!」
無明は昨日、草原で目覚めた時より前の事を思い出そうとして、頭がズキリと痛んだ。忍びはその任務の性質上、拷問への耐性をつける必要がある。その為、普段から身体を痛みに慣らしているので苦痛には強いはずなのだが、それはあまりに耐え難い痛みで、無明は思わず唸りそうになった。しかし、流石は一流の忍び。無明は決して呻き声を出さず、何事もなかったかのように取り繕っていた。お陰で、二人には異変を気付かれていないようだ。
「えと、実はこの世界には、転生者の伝説というものがあるんです。無明さんの仰る通り、他の世界で暮らしていた人が、この世界に生まれ変わってくるっていうものなんですけど。それが単なる伝説じゃなくて、歴史に残っていたりするんですよ」
そんな無明を横目に、エスメラルダは緊張と興奮を半々にしたような様子である。やや早口で説明する辺り、それらの伝説に興味があるのかもしれない。無明は自らの不調を気取られないよう、ゆっくりと頷き、話の続きを促した。
「転生者って、色んな世界からやってくるので、たくさんのタイプがいるらしいんですが、手っ取り早く確認するにはスキルの確認が一番なんです!」
「すきる……?すまぬが、すきるとはなんでござるか?」
「スキルというのは、この世界の住人誰しもが持つ特殊な能力のことだ。女神の加護を受けて生まれる我々は、生まれた時に一つだけ、その女神からスキルと呼ばれる力を賜るんだ。例えば、エスメラルダのスキルは『予感』だな」
ジークリンデがエスメラルダに代わって説明してくれたのは、まさに、目から鱗な情報であった。人間に色々なタイプがいるように、スキルもまた千差万別であるという。先日の賊は無明にとって敵にもならない弱兵だったが、彼らにもしも特殊なスキルがあれば、無明でさえも足元をすくわれる可能性があっただろう。もちろん、相手がどんなスキルを持っているかなど解るはずもないのだが、そうした知識を持っているのといないのとでは対応できる幅が段違いである。
現に、エスメラルダのスキルである『予感』は、使いようによっては恐ろしい能力であった。本来は、自分がどんなスキルを持っているかなど家族くらいにしか打ち明けないものだが、確かにそれも納得だ。自分にとって最良の結果を保証してくれるという『予感』は、有能な軍師などの手に渡ればこの上ない武器となるだろう。僅かに産まれた時代が違うので無明に直接の面識はないが、名軍師と呼ばれる竹中半兵衛や黒田官兵衛は言うに及ばず、無明の祖父・才蔵が仕えた真田信繁こと真田幸村のような軍略に長けた人物ならば、喉から手が出るほどに欲しがる力である。
「なるほど。して、何ゆえにそれを調べるのが一番なのでござる?」
「この世界の人間ならば当たり前に持っているスキルだが、転生者の中にはスキルを持っていないものもいるのさ。今までの反応からして、少なくとも君はスキルを持っていないだろう?転生者の記録自体がそう多いものではないが、スキルを持っているかいないかだけでも、ハッキリする事は多いはずだ。ということで、エスメラルダ、アレを」
「はい、お姉様」
エスメラルダはやや食い気味に応えると朗らかに笑って部屋を出ていった。ただ、一つ気になったのは、さっきからエスメラルダはごく僅かにジークリンデから微妙な距離を取ろうとしていることだ。その理由を無明は解っているが、ジークリンデは解っていないらしい。否、認めたくないだけ、なのかもしれないが。
「……無明君、どうもさっきから、エスメラルダから距離を感じるんだが、何故だと思う?」
「………………さて。それを拙者の口から申すのは流石に酷というものでござるからして。あ、出来れば拙者からも一尺ほど離れて頂いて」
「臭いか!?臭いのせいなんだな?!おっのれぇ!やっぱり貴様のせいじゃないか、せめて一発殴らせてもらう!」
「そいつは真っ平御免でござるよ」
「お姉様、お持ちしました。……まぁ、お姉様ったらそんなに元気になられたんですね。それに二人共、とっても仲が良さそう。うふふ」
「くっ、このっ、待て!というかエスメラルダ、これのどこが仲良く見えるんだ!?」
エスメラルダが戻ってきた時、無明とジークリンデは部屋中を使って追いかけっこしていた。いくら病み上がりとはいえジークリンデは割と全力で追っているのに、無明は「ハッハッハ」と笑いながら逃げる余裕がある。そんな二人を見て、エスメラルダは満足そうに笑ってみせた。
エスメラルダが持ってきたのは、拳二つ分くらいの大きさをした水晶玉だった。それは不純物や気泡もなく、良く磨き上げられていて、かなり値が張りそうな代物だ。無明がいた時代の日本であれば、かなり名のある僧侶が持っていそうなものである。
「はぁっ…はぁっ…と、とにかく!君のスキルを調べるぞ!」
「ふむ。この水晶玉で、でござるか?確かに中々の逸品と見たが……これでどうやって調べるのでござる?」
「この水晶、通称『女神の瞳』には、特殊な鑑定魔法が付与されているんです。この女神の瞳に触れれば、その人が持つスキルや能力などの情報が表示されるんですよ」
エスメラルダはそう言って、胸を張ってみせた。無明には魔法というものが何なのかがまずよく解らないのだが、ここでそれを聞いても話が先に進まなさそうなので、一旦、スルーすることにしたようだ。エスメラルダはしげしげと水晶玉を見つめる無明の為に、まず自らの手をそこに乗せてみせた。
「調べる時は、ただこうやって手を乗せるだけでいいんです。ほら」
「お?おお、光ったでござる……むむっ?!」
彼女達が女神の瞳と呼ぶ水晶玉がぼんやりと光を放つと、その光は水晶の中で文字へと形を変えた。そして、今度はそれが空中に投影されていく。これには流石の無明も面食らったようで、ほんの一瞬ではあるが我を忘れたように身を固めていた。映し出された文字は、この世界の言語でエスメラルダの名前、更に各種身体能力の評価値。更に所持しているスキル『予感』も、最後に映し出されている。
「これが、女神の瞳の効果だよ。この世界の人間ならば、物心ついた時には必ず一度、これに触れて己のスキルを確かめるものなんだが……その様子だと本当に初めて見るようだな。それだけでも、君が別の世界からやってきたという証拠になりそうなものだ」
「いやはや……これは驚いた。マホウというものが何なのか見当もつかなかったが、なるほど、この世界には凄まじい術があるのでござるな。これは流石に我らの忍術でも再現できぬでござる」
「ニンジュツ?」
「では、拙者もやってみるとしよう。これに手を載せればいいのでござるな?」
また無明から聞き慣れない単語が出てきて、ジークリンデ達は疑問符を浮かべている。だが、無明はそれを気にせず何やらワクワクした様子で女神の瞳を見つめていた。どうやら彼はかなり好奇心が強い性格をしているようだ。普通の人間ならば、あまりに自分の常識から外れたものを見れば物怖じしたりするものだが、そんな様子は一切ない。むしろ楽しもうという気さえするのだから、大したものである。
意気揚々とした無明が女神の瞳に手を載せると先程のエスメラルダの時と同様に女神の瞳は輝き始めた。光は一瞬強く輝き、やがて文字へ変わって空中に投影される。
「これが無明君のステータスだ。………………って、なんだこれは!?文字化けしてほとんど読めないじゃないか!こんな事は初めてだ。どうなっているんだ……!」
ジークリンデは驚愕して大声をあげた。それも無理はない、エスメラルダの時は名前から身体能力の評価、そして所持しているスキルまでが映し出されていたというのに、無明のそれはほぼ全てがデタラメな文字や数字に変わっていたのである。ちなみにこの世界の言語は、無明が元々いた江戸時代頃の日本語とは似ても似つかない異言語なのだが、どういう訳かそれを苦も無く読み取る事ができた。昨晩借りた図鑑をすんなり読めて、シャフレールの実を取ってこられたのも、それが一つの理由である。
そんな無明からしても、映し出された文字は意味不明なものだ。辛うじて読めるのは、
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「ん?おい、何か様子がおかしいぞ?女神の瞳から煙が……って、うわっ!?」
ジークリンデが気付いた時には、もう遅かった。無明がずっと手を乗せていた女神の瞳から、謎の煙が立ち始めたかと思うと、一気に亀裂が入ってそのまま勢いよく砕け散ってしまったのだ。呆然とする三人は、しばらくの間、誰も口を利かなかった。無明はこの世界に於いて、切腹がどの程度の価値を持っているのか、壊してしまった女神の瞳と比べて頭を悩ませていた。