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第6話 忍者、冒険者になる?

 どのくらいの時間が経ったのだろうか。絶句し、呆然としていた三人の中で、真っ先に動き出したのは無明であった。彼は流れるような動きで正座をし、その場で土下座をして、ジークリンデとエスメラルダに頭を下げた。いつの間に用意したのか、その傍らには清らかな白紙と辞世の句を書いた紙が置かれている。肩に帯びていた忍者刀は、いつでも腹を切れるように右手に握られていた。


「ジークリンデ殿、エスメラルダ殿。大変申し訳ない事をした。この通り、お許しくだされ……!この頭で足りぬとならば、腹を掻っ捌いてでも謝罪の意を示す覚悟にて!」


「はっ!?いやいやいや、待て待て!待ってくれ!そんな事をする必要はない!女神の瞳は多少高価ではあるが、命と引き換えにするようなものではないんだっ!」


「しかし、拙者は異郷から参った身ゆえ、かように高価な物を償う事など出来ぬでござる!というか、びた一文持っておらぬ文無しであるからして……」


「だぁぁぁっ!だからって、自殺はやり過ぎだろう!?エスメラルダ、早く彼から武器を取り上げろ!」


「そ、そうです!無明さん、お金なんて稼げばいいんですからっ!」


「むうううっ!?ええい放せっ!お放し下され!忍びとて武士もののふの端くれでござる!」


「ち、力つよっ……!?お姉様、私の力では無理です!止められませんっ!」


「くっ?!なんなんだこの男はっ!お、おい!誰かっ!誰かいないかっ!?」


 二人がかりで羽交い絞めにしても足りず、結局騒ぎを聞きつけてきた使用人十数人がようやく力を合わせて、無明の切腹を取りやめさせることが出来た。ジークリンデはこうみえて、女だてらに剣を学んでいる女剣士でもあるのだが、無明を取り押さえるには足りなかったようだ。


「ふ、不覚!よもや、屋敷中の使用人が集まって来るとは……!」


「というか、これだけの人数を集めてやっと止められるって、どういう腕力してるんだ君は!?私達と違って魔力で肉体を強化してる訳じゃないというのに。転生者というのはこんな化け物ばかりなのか……?」


 結局、あまりにも無明の力が強いので屋敷中の使用人と力を合わせて取り押さえた後、止むを得ず無明をロープで縛り上げる事になった。不審者を取り押さえるのならまだしも、恩人を縛り上げるのは心苦しいが、こうでもしないと無明を止められないのだから仕方ない。ジークリンデは溜息を吐いて動けなくなっている無明を横目で睨んだ。なお、使用人達は無明を縛り上げた時点で安全と判断し、持ち場へ戻って行った。


「何も返せるものの無き身で、かような迷惑ばかりをかけてしまうとは……なんと無様な……これでは、ご先祖様に申し訳が立たぬ!」


「迷惑をかけたくないというのなら自殺なんかしないで欲しいのだが!?」


「自殺ではない、切腹でござる!」


「自分で腹を斬ったらそれは自殺だろうがっ!」


 侍にとって、切腹は最上級の責任の取り方であり、ある意味では名誉の死とも言えるものだ。それは忍び、つまり忍者であっても変わらないようだが、そんな心の機微など、異世界人である彼女達には理解出来るはずもない。互いに譲れない、かつ非常に深い溝を残しつつジークリンデと無明は睨み合っている。そんな二人の横で、エスメラルダは何かを考えこみ、ふと呟いた。


「あの、無明さんが転生者だとして、これからどうするんですか?」


「む。本来であれば腹を斬って責任を取りたいのだが、それ以外という事でござるか?」


「え、ええ……出来れば無明さんには死んでほしくないですし…」


「ふむ。出来るなら元の世界に帰れればと思っているが、その方法も、そもそも帰れるかどうかも解らぬ。当座をやり過ごす為には、速やかに仕事を探して金を得ねばなるまいが……生憎、拙者は忍びの仕事しか知らぬ。あまり目立つような事はしたくないでござるな」


「シノビというのが何なのかは解らないが、目立たない方がいいというのは同意見だ。何せ、伝説の転生者だからな。国に知られれば、とんでもないことになるぞ」


「それは困るでござるなぁ。……やはり、腹を斬って死ぬべきでは?」


「それはダメだと言ってるだろうっ!?」


「……それでしたら、冒険者になるというのはどうでしょう?無明さんの実力ならお金だってたくさん稼げますし、よっぽどのことが無い限りは、国に見つかる事もないと思います」


「冒険者と言うものがなんなのかいまいち解らぬでござるが、拙者に出来る仕事なのであれば任せて頂きたい。金が稼げるなら、先程の償いも出来るでござるしな」


「君ほどの腕があれば、間違いなく大金を稼げるさ。……って、いつの間に縄から抜け出したんだ!?というか、どうやって?!」


 既に無明は縛られた縄から脱出し、ジークリンデ達の隣に立っていた。驚くジークリンデをしり目に、無明は関節の動きを確認しながら事も無げに答えた。


「あの程度の縄抜けなど、忍びにとっては朝飯前もいいとこでござるよ。拙者を縛り上げたいのであれば、両の手足を折って縫い合わせるくらいのことをせねば」


「こ、このバケモノめっ…!」


 もはや何度目か解らないほど、ジークリンデは無明が途轍もない怪物だと思い知らされていた。エスメラルダもここまでだとは思っていなかったようだが、確かに、無明がな人だという評価になるのも頷ける。二人にとって、無明はとても一言では言い表せない力の持ち主なのだ。


「だ、だがしかし、そうなるとまずはギルドに行って冒険者登録をしなくてはいけないな。その前にダンジョンの中に入ってもらわねばならないが」


「むぅ……拙者、房中術は苦手でござるよ。男と女の仲に割って入るなど、向いてはおらぬで」


「男女の仲じゃない!ダンジョンの中、だ!何で冒険者となる為に横恋慕をしろなどと言うか!」


「だんじょん?とは何でござるか?」


「そこからか……やっぱり、転生者なのは間違いないな。ダンジョンを知らない人間なんていないからな。これは、ボロが出ないようにするのは大変かもしれないぞ」


 頭を抱えるジークリンデとは対照的に、エスメラルダは少し楽しそうな顔をして説明を始めた。


「私達が暮らしているここ、オルデには試練のダンジョンと呼ばれる洞窟があるんです。そこは冒険者ギルドが管理しているんですが、まず冒険者になる為には、そのダンジョンに入って最奥のボスを倒さなくてはいけません。といっても、初心者向けのダンジョンですから、無明さんならきっと大丈夫ですよ」


「おお、なるほど、洞窟でござるか。それならそうと言ってくれればよいものを。だんじょんなどと言うから伝わらないのでござるよ、洞窟なら慣れているので問題なかろう。若輩の頃はよく修行で各地の洞窟を回ったでござるなぁ、懐かしや」


 (なんか、嫌な予感がするな……)


 ダンジョンの意味が解った無明は覆面をしていても解るほどに陽気な声でテンションを上げている。一方、これまでのやり取りから、無明が調子に乗る事に対して一抹の不安を覚えたジークリンデは、冷や汗を垂らすのだった。

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