――ライトニング領オルデ、冒険者ギルド。
ワイワイと賑わいを見せるその建物の中には、大勢の若者がひしめき合っていた。大体、誰も彼も十代後半といった所だろうか?冒険者は、この世界で生きる若者にとっては人気の職業だ。
街を離れればそれなりに危険なモンスターも生息するこの世界では、特に生まれ持ったスキルが戦闘向きな人物の場合、それを合法的に活かすには冒険者になるのが最も効率的である。人々の安全を守る騎士や兵士もいいが、彼らは公務員に近い扱いなのでそれほど儲かる訳ではないからだ。
もちろん、冒険者とて命の危険は伴うし、特定の誰かに仕える訳ではない為に儲けは保障されないのだが、一発当たれば大きいのも冒険者の特徴であり旨味である。そうした性格も手伝って、野心に溢れた若者達は、冒険者になりたがるのだ。
そんな彼らをふるいにかけ、選別するのが、初心者向けダンジョンと呼ばれる『試練のダンジョン』である。ここで結果を出せないものは、冒険者としての身分を登録できず、冒険者になる事は出来ない。なお、冒険者の仕事のほとんどは、冒険者ギルドからの
「ここが冒険者ぎるど……なるほど、人が大勢いるでござる。うむ、中々活気があってよろしい。侍の仕官試験を思い出す、冒険者とは人気の商売なのでござるな」
「彼らの大半は既に冒険者として働いている者達ばかりだよ。その実力に応じてランク分けされていて、今いるのは若いCとDランク帯の冒険者達だな。ちなみに一番下がDランクで、次がC、そしてB・A・S……と上がっていく訳だ。それと、Aランクより上の上位冒険者は、今日ここにはいないようだ。彼らはもっと難易度の高い場所で仕事を受けているからね」
「ふむふむ。
「なんか発音が変なような……?」
無明の言葉に若干の違和感を覚えながらも、エスメラルダとジークリンデはさっさとギルドの奥へと進んでいってしまった。ここへ来た目的は、無明の冒険者登録である。やや遅れて歩いていた無明が二人の後を追おうとした所へ、一組の男女がその行く手を阻んだ。
「おい、テメーちょっと待てや。どこいくつもりだ?」
「む?ああ、拙者ここで冒険者というものになろうかと思ってな。知り合いに連れてきてもらったのでござるよ。はぐれてしまうのでそこを退いてくれまいか」
「おいおい皆!一人じゃ迷子になっちゃう兄ちゃんが冒険者になるんだってよ!笑わせてくれるぜっ」
赤く短い髪を逆立てた男が無明を嘲笑う。絡んできたのは二人だけだが、視線からしてどうやら近くの席に座っている三人も仲間のようだ。他にたむろしてやり取りを聞いている連中もほとんどが彼らの味方らしく、無明達のやり取りを聞いてドッと室内に笑いが起こり、中には「そんなんで試練受けられるのかよー」「ダンジョンで迷っちまうんじゃねーの?」などと煽って囃し立てる者もいた。
しかし、無明は特にそれを気にする様子もなく、淡々と話を続けた。
「拙者、単独行動には慣れておるのでな、心配無用でござる。今はただ、連れに迷惑をかけないように急いでいるだけでござるよ」
「ござるござるって変な喋り方しやがって、室内じゃ帽子を取るってマナーも知らねぇ田舎者がよ!」
「いや、これは帽子でなくて覆面なのでござるが」
「そういう事言ってんじゃねぇっ!ふざけてんのか!?」
「どうせ実力もない癖に田舎から出てきて一旗揚げようって腹でしょ?覆面で顔隠してるけど、アンタどう見ても二十歳過ぎのロートルじゃない。今日は私達の大事なスタートの日なんだから、いい加減な奴が割り込んで邪魔しないで欲しいわね!」
「ふむ」
所々言葉の意味は解らないが、因縁をつけられているらしい事は解る。どうやら、彼らも冒険者となる為に試練を受けに来た者達のようだ。無明は知らないことであるが、冒険者の試練は希望者複数が同時に試練を受ける事になる。当たり前だが、試練のダンジョンは一つしかないからだ。
試練のダンジョンは、そこに立ち入った者の実力をダンジョンコアが正確に読み取って、ダンジョンの難易度や内容を決めるという特殊な性質を持ったダンジョンだ。つまり、同時に挑戦する者達が多ければ多い程、ダンジョンは複雑化して、難易度が上がる。
立ち入る者達がパーティを組んでいようといまいと関係ないのは、冒険者達は時として、連帯して事に当たらなければならない職業であるから、らしい。一流の冒険者であれば、急ごしらえの即席パーティでさえ、十分過ぎるほどの連携を見せて結果を残す。それが自然に出来てこその一流なのだが、彼らはどうやら一流を目指すというよりも、まずは確実に冒険者になりたいと考えているらしい。無明にとって、その堅実さは嫌いな考えではなかった。
チラリと彼らを盗み見てみれば、絡んできた五人は皆同じような年頃で、揃えたように新品と思しき装備を身にまとった集団だった。前衛と後衛では装備が違うものだが、目の前にいる五人は、同じタイミングで装備一式を誂えたのが丸わかりである。よくみれば歳も似たような感じだし、恐らく彼らの方こそが田舎から出てきて一旗揚げようと団結しているのだろうなと、無明は思った。
(どうしたものか。こやつらを蹴散らして黙らせるのは赤子の手をひねるより容易いが、それをやるとジークリンデ殿にとても怒られるような気がするでござる。いや、ジークリンデ殿はともかく、エスメラルダ殿も悲しむであろうな。あんな良い姉妹にこれ以上迷惑はかけられぬが。はてさて……)
「おい!何やってる!?揉め事を起こすようなら試練は受けさせんぞ!」
「ぎ、ギルドマスター!?ち、違うんです、俺達は別にっ」
奥の部屋から出てきたのは、ギルドマスターと呼ばれる中年の男だ。彼はまさに鶴の一声で、それまで煽っていた者達も含めてピタリと嘲笑を止めさせた。そして彼は、「ついて来い」とだけ言って、あの五人組と共に奥へと入って行った。
しかし、ギルドマスターという言葉の意味は解らなかったが、彼は他の職員達とは少し毛色が違っていて、鍛えられた身体がパッと見でもよく解った。その影響力も含め、間違いなく、このギルドの中では最も強い男だと無明は判断したようだ。
(あの御仁は中々のお方とお見受けした。ふむ、この場にいる冒険者とやらが束になってかかっても勝てるかどうか……世が世なら、名のある武将として歴史に残ったでござろうな。
十兵衛とは、伝説の兵法者と謳われたあの柳生十兵衛のことに他ならない。かつて無明が幼い頃に剣を習った師匠筋に当たる人物で、本来、忍びである彼に剣は必ずしも必要ではないのだが、無明の才能を見抜いた一族の者達が探し回り、伝手を使って十兵衛に行き着いた。無明自身が扱うのは主に忍者刀であり、十兵衛の教えが全て役に立った訳ではないのだが、基礎の部分では間違いなく血肉となっている。
そんな風に、ふと過去の自分について思い出してみたが、特にあの時のような頭痛はない。考えてみれば、忍びの技や秘薬の事などは問題なく覚えている。思い出せないのは何か、一部の記憶だけなのだろうか?そんな風に考えを巡らせていると、突然、腕を誰かにぐいと引っ張られ、ハッとした。
「何をやっているんだ、無明君!着いてきていないと思ったら、勝手に揉め事を起こさないでくれ」
「……ああ、ジークリンデ殿。拙者は因縁をつけられただけでござるよ。今は何も問題など起こしておらんからして」
「本当か?君の事だ、余計な事を言って怒らせたりしたんじゃないのか?」
ジト目で睨んでくるジークリンデは、すっかり違う意味で無明を
「うぅむ。今はジークリンデ殿の信頼が痛いでござるなぁ……」
「何を訳の分からんことを、ほら、行くぞ!」
「フフフ、お姉様と無明さん、すっかり仲良くなりましたね」
「仲良くないっ!」
エスメラルダの指摘に対し、更に怒りを見せたジークリンデは、無明を逃がすまいとより強く腕を掴んで奥へと引っ張っていく。無明はそれをやれやれと受け入れながら、自分達に突き刺さる冒険者達の視線も受け流すことにした。