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第12話 新しい仲間

 試練のダンジョンでの騒動から数日。相も変わらず、無明はライトニング伯爵邸の一室を借り受けていた。一点、それまでと違う所があるとすれば、それは。


「ふあああああ……人間の屋敷って、落ち着くのだぁ。天国はここにあったのだぁ」


 何故か無明が借りている部屋で、あの魔族の少女が一緒に生活していることだろう。あの後ジークリンデに引きずられて屋敷へ戻ってきた無明が、たっぷり一晩かけてお説教を貰った後、宛がわれた部屋に戻った時には既に彼女がそこにいたのだ。それ以来、彼女はずっとこの部屋にいる。正確に言えば、無明の傍から離れようとしなかった。


「こら、リジェレ。だらけてないで着物くらい畳むでござる。拙者はまだしも、お主は本来、この家に招かれている客ではないのでござるぞ。お主の滞在にかかる費用は、後々拙者が返済することになるのだ。少しは役に立つでござるよ」


「むー。そう言われても、私はまだ子供なのだ?子供を働かせるだなんて、人間は酷過ぎるのだぁ」


「何を言うか。お主が見た目通りの童だとも思っておらんが、日ノ本では大人も子供も関係なかったでござる。働かざるもの食うべからずと言ってな。せめて、自分の着るものくらいちゃんとせい。…………仏の顔も三度まででござるぞ」


「っ!わ、わかったのだ!今やるから待って欲しいのだ!」


 魔族の少女、リジェレは、ベッドの上から飛び起きて洗濯から戻ってきた服を丁寧に畳み始めた。無明はそれを見て、ふっと怒りの気配を消す。彼女が来てからというもの、これが日々のやり取りになっていた。


 結局、無明とインフィニティ・レゾナンスの面々は、試練のダンジョンをクリアしたものとして認められたらしい。現在、ロイドが彼らの冒険者ランクの判定に入っているというので、その結果を待っている状態だ。無明としては、彼らの邪魔をしてしまった気がするので合格を貰っても微妙なのだが、身分もろくにない身で手っ取り早く安定して金を手に入れるには、冒険者になるのが一番だと言われては断る気にもなれない。切腹して責任を取るという行為が、ジークリンデ達には禁忌の沙汰と思われているらしいから尚更だ。せめて、世話になった分の借りは返したい所である。


 (まったく。返すものの無き身で厄介事ばかり抱えていては、申し訳が立たんでござるな。やっぱりさっさと追い出しておくべきでござったか)


 溜息を吐いて己の甘さを恥じる無明。そもそも、どうしてリジェレがここにいるのかと言えば、それもまた無明のせいであった。


 どうやらリジェレは何者かに追われて試練のダンジョンへ逃げ込んでいたらしい。何に追われているのかは口を割ろうとしないものの、そもそも彼女は魔族なので、それだけでも敵は多いようだ。


 この世界に於いて、魔族は既に滅んだとされる種族である。魔族は、かつて存在したという魔王の手によって生まれた生命で、見た目こそ人間に似ているが、知能と身体能力は人間寄り高く総じて狡猾な種族であるらしい。魔王存命中は人間と争っていたが、魔族を指揮する魔王がいなくなったことで数を減らし、今では絶滅したとされていた。なお、魔王を討ったのは異世界から来た勇者である。つまり、無明と同じ転生者だ。


 リジェレが試練のダンジョンに潜んでいたのは、あそこがこの世界で最も安全な場所だと思っていたからだという。しかし、試練のダンジョンを容易に踏破する無明という存在を知った以上、今は無明の傍にいるのが一番安全だと言って押しかけてきたのだ。無明も言葉では容赦しないと言うものの、自分を頼って来た弱いものを無碍にはできなかったらしい。彼女を強く拒絶することが出来ず、なし崩し的に同居を余儀なくされてしまった。幸い、ジークリンデもエスメラルダも、リジェレを快く受け入れてくれた為に何とかなっているが、彼女の生活費は後から無明が返済すると約束してしまったので裏切りを嫌う無明にはそれを違える訳にはいかないのだった。


 (やはり、拙者はどこかおかしいのでござるよな。以前の拙者ならもっと……以前、以前とは?…………く、頭が)


 拭いきれない違和感を覚え、自分について考えようとすると頭痛がする。何か大切な事を忘れてしまっているような、焦りのようなものも相まっていつも無明は思い出しきれずにいた。


「なあ、無明」


「……ん?なんでござるか」


「無明は異世界から転生してきたのだ?なら、その……魔王ってどう思う?」


 当たり前だが、一緒に暮すようになってしまっては、無明の出自を隠しきれるものではない。その為、無明は彼女を追い払えないと解った時点で、自分が転生者である事を話していた。本音を言えば、それを聞いて逃げ出してくれればと思ったのだが、リジェレは逃げる所か、頑として居座る覚悟を決めてしまったのだから困ったものだ。


「どうって、。しかし、魔王……信長公か、かのお方ならこの世界でも国盗りに励んでいたであろうかな」


「ノブナガ?無明の世界の魔王はそんな名前だったのだ。やっぱり、そんな奴がいたら倒すのだ?」


「……さてな。忍びは暗殺も仕事の内ではあるが、訳もなくそれをやろうとは思わぬ。信長公は敵対者にこそ容赦なかったが、民に悪政を敷く人物でもなかったと聞くしな。少なくとも魔王と言えど、明確に敵対しない限り拙者は何もせぬでござるよ」


「そっか……そうなのだ。やっぱり、無明の傍が一番安全なのだ」


「?」


 突然話を切り出したかと思えば、リジェレは勝手に納得して無明の背中に寄りかかって来た。子供らしいと言えばそうだが、無明にはリジェレが何を考えているのかがまだよく解らない。無明にとって、リジェレは手のかかる娘や親戚の子のようなものだ。実際に子供がいてもおかしくない年齢のような気もするのだが、本当にいたかどうかは思い出せないのが困りものであった。




 その日の午後、昼食を終えてしばらく経った頃の事だ。無明は宛がわれた部屋で指二本で逆立ちをし、集中している。かれこれ二時間はこうしていて、時折指や腕を替えては逆立ちを維持していた。どうやら、鍛錬の一部らしい。初めは無明のやる事をじっと見つめていたリジェレだったが、あまりにも代わり映えがしないからか飽きてソファで昼寝をしているようだ。


 そんな時、コンコンと部屋のドアをノックする音がした。無明は人が近づいてきたことを既に気配で察していて、特に驚いた様子はない。逆立ちの姿勢はそのままに、涼やかな声で応えた。


「応、どなたでござるか?」


「セバスでございます。無明様にお客様がいらしております。お通ししてもよろしいでしょうか?」


「ああ、お頼みするでござる。しかし、拙者に来客とは珍しい。知人など限られているはずでござるが」


 そう呟いて、無明はようやく逆立ちを止めた。そして、リジェレがまだ眠っている事を横目で確認してから、椅子に掛けてあったタオルを手に取り覆面を外す。ほとんど汗すら掻いていないその素顔を拭くとどこからか取り出した新しい覆面を被り直し、客が来るのを待つことにした。


「失礼、邪魔をする。よう、無明、元気そうだな」


「おお、ロイド殿でござったか。考えてみれば、拙者がここで厄介になっていると知っているのはそなたくらいのものか」


 しばらくしてセバスが連れてきたのは、ギルドマスターのロイドであった。無明がライトニング伯爵邸で食客になっていると知っているのは、今の所ロイドだけだ。となれば、当然尋ねて来られるのも彼だけになる。とはいえ、無明には彼が何の用で尋ねてくる必要があったのか解らなかったので、思い至らなかったのだ。


「して、何か用でござったか?」


「ああ、二つほど用件があってな。しかし、その前に聞きたい事が増えた。は大丈夫か?もし、何か危険な事や不都合があったなら……」


 アイツというのは、ソファで眠りこけているリジェレのことだ。どうやらロイドは、リジェレが無明の元に押しかけていた事を知らなかったようである。リジェレは今でこそ世にも珍しい魔族だけあって、ロイドの中には警戒する気持ちが強いようだ。だが、無明にとってリジェレなど、何の脅威にもならない存在である。当然、他の魔族の事を知識としても知らない事も手伝って、ロイドがそこまで警戒する理由も解らないようだった。


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